| 駆け出しの地方弁護士の生活と意見(平成9年度) |
| 埼玉弁護士会 渡辺 晋 |
T はじめに 私が、浦和地方裁判所川越支部管内で弁護士をするようになって、早いもので3年目になる。私のような経験も知識も乏しい弁護士が、本誌に相応しいことを書けるかどうか疑問であるが、駆け出しの弁護士から見た川越支部における弁護士生活とその感想のようなものが書ければ幸いである。 U 弁護士となった動機 弁護士になった理由は人それぞれ異なるであろうが、私の場合は少し経歴が変わっているかもしれないので、そのへんから書き始めたい。 私はもともと理科系で、高校時代の志望は、医者、弁護士、建築家の順であった。担任から、「お前の志望には一貫性がない」といわれたが、私には一応の一貫性はあったつもりである。いずれもサラリーマンではなく、自由業として開業できる仕事である。ところが、私は根っからの根性なしというのか、進路に対して柔軟性がなかったというのか、第一志望の医学部に落ちて、法学部ではなく、理科系の学部(東北大学理学部地学科)に入ってしまった。今から考えれば、司法試験合格に何年もかかっているのであるから、第一志望を貫徹し、浪人して医者になればよかったのかもしれないが、当時は浪人したくないとの一心で、全く自分の志望とは異なる学部に進学してしまったのである。このように、自分の責任とはいえ、積極的に進路選択をしていない者の大学生活がどのようなものかは、およそ想像できるというものである。大学にも行かず、寮でゴロゴロし、バイトとマージャンに明け暮れる毎日であった。その結果、自分の進路も見いだせぬまま留年してしまった。当時の大学は、まだ教養課程と専門課程に分かれており、教養課程の単位をとらないと専門学部に進学できないことになっていた。私は、情けないことに英語の出席日数が足りず落第したのである。わずか2単位か4単位ではあったが、そのためだけに1年間棒に振った。ただ時間だけはたっぷりあった。そこで、私はさらにバイトに精を出してお金を貯め(全く反省していないといわれそうだが、ちゃんと単位も取得した)、外国旅行に行くことにした。ヨーロッパを中心に半年間放浪したが、旅先でいろいろな人に会い、いろいろな事物を見ることができた。以前は全く無関心であった絵や音楽も鑑賞できるようになった。外国に出ると皆多かれ少なかれ知識欲が出るようである。私の場合も例外ではなかった。ヨーロッパ(特にドイツなど)では、大学生といえば知識階層に属し、日本の大学生もそのような目で見られ、現地の人々から日本についていろいろと質問された。ところが、私は単純な質問にも全く答えられなかった。自分の無知をいやという程痛感し、「何でもいいから勉強したい」と思って帰国した。もちろん何を勉強して良いかは全くわからなかったが、「このまま理科系の仕事についても仕方ない。何か人に関わる仕事に就きたい」と思うようになった。そのときふと高校時代の進路希望が思い浮かんだのである。無謀にも、「司法試験なら、学部は関係ない、とにかく試験に合格すればいいんじゃないか。」と考えたのである。今から考えると何とノー天気なことだろう。司法試験の難しさなど、露ほどにも知らなかったのであるから。 よく、人から、「なぜ理科系の人が大きく方針転換したのか」と聞かれる。弁護士に対する理想やあこがれのようなものもあったろうし、無鉄砲かつ楽観的な私の性格によるところも大きかったと思う。自分がどうみても理科系の仕事にむいていないと思ったこともあった。それにまだ進路変更できる年代であったこと等、いろいろな理由があったと思う。 V 弁護士になって では現実に弁護士となってどうであろうか。自分が望んで就いた仕事ではあるが、やはり現実は想像以上に厳しい。 ともかく時間がなく、いそがしい。弁護士というのは、事件ごとにじっくり研究しながら処理できるアカデミックな面もある職種だろうなどと思っていたが、とんでもない。ゆっくり調べて対処できる時間など全くないのである。もちろん私の要領の悪さからくることもあるが、事件数や職場の地理的位置も関係しているように思う。 後に述べるように、川越支部は、裁判官にとっても全国でも有数の事件数の多い支部であるが、弁護士1人あたりの事件数も他の支部よりも多いように感じる。例えば、私のような駆け出しの弁護士でさえ、国選事件は月々平均すると2ないし3件はあるだろうか。それ以外に事務所の事件、個人事件と抱えている。本稿を書くために現在の事件数を数え てみたところ、国選も含めて50数件あった。1日1件こなしたとしても、ほぼ2ケ月かかる勘定である。「自転車操業」とは全く自分のことで、少しでも休んだら倒れてしまい、事件の「自己破産」をきたしてしまう。加えて、自治体の市民法律講座での講師や大学での講師の仕事もある。とにかく時間に追われる生活である。 また、地方なので、移動に時間がかかることも忙しい原因だと思う。 ただ忙しさの効用もある。私は、一年に一度は大風邪をひいて寝込んでいたのであるが、不思議なことに、弁護士になって風邪をひかなくなった。「何とかは風邪をひかない」といわれそうだが・・・・・・。 W 川越支部における事件の傾向について 川越は「小江戸」とも呼ばれ、江戸時代より城下町・商業の街として発展してきた。 現在は、JR埼京線の他、西武新宿線、東武東上線等が通り、蔵造りの街、観光の街として有名な埼玉県西部の中心都市である。 川越支部は、川越市の他、飯能市、所沢市、富士見市、上福岡市など、東京のベッドタウンをその管轄に抱えており、事件数も支部の中ではかなり多い。ちなみに、平成8年度の事件数を示すと、民事訴訟事件が589件、民事執行事件が1549件、破産事件が340件、刑事事件が371件となっている。民事訴訟事件だけをみても、さすがに千葉地裁松戸支部や八王子支部にはおよばないが、宇都宮地裁、水戸地裁、前橋地裁、静岡地裁、甲府地裁等の各本庁の事件数よりも多い。特に著しい増加を示しているのが破産事件で、前年に比べて44.7パーセントの増加である。 私の勤務しているのは、富士見市にある清水徹事務所というところである。所長の他、イソ弁が3名で、弁護士は合わせて4名、事務員さんも3名おり、支部の中では比較的規模の大きい事務所といえる。抱える事件数はかなり多く、種類も、民事、刑事、商事等と何でもある典型的な地方の事務所のひとつであるといえよう。 ところで、私の乏しい経験ではあるが、やはり法律的紛争にも、その時代や場所等の事情が反映すると思う。 川越支部における民事事件の傾向としては、@自己破産が多いということ、A離婚事件・不倫事件等、広い意味で家族事件が多いということ、そして、Bやはり相続問題、特に老人に関する問題が多いことである。 自己破産の多さは、日本経済が不景気なため、その影響かとも思われるだろうが、少なくとも川越支部での私の経験によれば、そうではない。典型的なパターンは、20代の若者が、旅行や買物等自己の消費欲を充たすためにサラ金に手を出し、それを返済するために、別のサラ金から金を借り、雪ダルマ式に負債が増えて行ったというものである。やむにやまれざる理由というより、消費欲・購買欲を自己の経済力の範囲内でコントロールできなかったことが破産の原因であり、従前と質は異なるように思う。 家族関係も、昔の「家族の絆」のようなものは徐々に失われつつあり、もはや「子はカスガイ」ではない。子供の親権を巡っての熾烈な争いもある。かつて講談の大岡越前の話にこんなものがあった。ある子供を巡って、「自分が本当の親だ」と言い張る母親が2人も出てきて、大岡裁きとなった。どちらの供述を聞いても本当の親が判明しない。そこで、越前は、両名に子供の腕を引っ張らせたところ、子供が痛がって泣き出した。越前は、そのような子供の様子を見て、いち早く腕を引っ張るのをやめた者を本当の親と認め、さすが大岡様だといわれたという話である。今では、子供をとりあって、腕を引っ張り、脱きゅうさせてもなお引っ張るのをやめないような親が増えたような気もする。 不倫も日常茶飯事とはいえないが、「許容」する人々が増えているようである。「既婚」が「異性とは付き合わない」というバリアーにはなっていない。「付き合った人がたまたま既婚者だった」という感覚の人も多くなったように思う。マスコミも小説も、不倫を美しく描くきらいがあるが、ただ、現実の不倫には、まだ大変な代償を必要とするというのが実感である。 老人問題はやはり痛感させられる。耳の聞こえない人、十分に話のできない人、頑固でこちらの話を聞き分けられない人等が相談者や依頼者としてやって来る。そのような人々でも、自己の権利の決定権はもっているわけである。いろいろ苦労して「このような方針でいこう」と説明し、その人々の承諾を得ていざ行動しようとすると、今度はその人々の子供であるとか、関係者が横槍を入れてくる。一体だれが決定権をもっているのか全く分からなくなってしまい、せっかく解決できそうな事件も頓挫してしまうのである。成年後見制度等の必要性を感じる。 他方、刑事事件の特徴としては、外国人事件が多い印象がある。実際、通訳の方に聞くと、外国人事件は、都市部の中心からその周辺地域に移っている傾向があるとのことで、その影響が川越支部にも及んでいるようである。 X 弁護士の資質とは 「弁護士にとって最も必要な資質は何か」と聞かれる。事情を知らない人は、「知力」だとか、「頭の良さだ」とか、「交渉力」だとかを挙げるであろう。しかし、私は、まだ数年の経験しかないけれども、体力・精神面も総合した「タフネスさ」こそが、一番の資質だと思っている。研修所では全く習わなかったが・・・・・・。 地方で弁護士をしていると、裁判所も含めて、いろいろなところに出掛けざるをえない。極端な日程を挙げれば、午前中は川越少年刑務所(川越拘置所)に接見、その後熊谷の裁判所で弁論、お昼を食べる間もなく、浦和地裁に弁論に行き、いったん事務所に戻って書類を置き、最後は東京地裁で和解などということも珍しくない。車で移動することが多いのであるが、一日の平均走行距離は、100キロメートルを超える。弁護士の資質の第一は、1にも2にも体力と言わざるを得ないのである。 ただ、ここで「体力」といっても、それは肉体的なものに限られるわけではない。数々の精神的なプレッシャーにも耐えうる「精神的タフネスさ」も含む。こちらが不利な交渉事件など、依頼者にはせっつかれ、相手方や相手方代理人からはせめられ、にっちもサッチもいかなくなっても、「そのうち何とかなるだろう」というくらいの余裕が必要である。証人尋問の準備が間に合わなかったとしてもあわててはいけない。ジャズではないが、アドリブの質問こそが勝負である。証人尋問で、相手方から痛いところをつかれたとしても、ポーカーフェイスを装わなくてはいけない。不利な事件につき、依頼者にどう説明して納得させるか胃を痛くするようではいけない。ここは、「にっこり笑って」までとはいかないが、事態を冷静かつ客観的に説明し、できるだけ依頼者にとって有利な解決策を模索しなければならない。 ただ、栄養ドリンクのCMではないが、どんなに体力があっても、「こう見えても、疲れまんネンなあ。」という仕事なのである。 Y ストレスの解消 こんな忙しい生活では、やはりストレス解消の手段を模索せざるを得ない。 私も、酒以外に、ゴルフ、ジョギング、スキー、瞑想、オーディオ等、いくつか趣味はもっている。これらの中で、最近、私が一番凝っているのはオーディオである。私は、学生時代からジャズが好きで、いろいろ聴いてはいたが、経済的な裏付けもなく、ソフトにもオーディオにも十分金をかけられなかった。弁護士になってからは、移動の車の中で、カーステレオでジャズを聴いていることが多いが、「大好きな音楽を、もっと良い音で聴きたい」とずっと思い続けていた。最近ソフトの数も増えた(CDとLPとを合わせて約2000枚弱)こともあり、また、事務所の先輩である杉本直樹弁護士が、評論家はだしの熱烈なジャズファンであることもあって、「さらに良い音で聴きたい」という思いを現実化することにした。オーディオ機器を一新し(スピーカーはJBL4343マークU、パワーアンプはMcINTOSHのMC500、プリアンプは同じくMcINTOSHのC40)、自分の音を目指そうと考えたのである。オーディオの音は、オーディオ機器に左右されるのはもちろん、ビン・ケーブル、スピーカー・コード、カーテン、ジュータン等により、微妙に変化する。また、単にオーディオ機器に金をかけさえすれば、必ずしも良い音が出るものではない。この点にオーディオ趣味の奥深さがある。「好きな音楽をできるだけ良い音で聴く」、これが私の現在のストレス解消法である。 Z 終わりに 弁護士という職業は、良い意味でも悪い意味でも、その人の個性が現れる仕事だと思う。まだまだ勉強不足ではあるが、私も、諸先輩の助言を得つつ、自分の個性を業務に反映させ、社会正義を実現すべく、その末端を担っていきたいと考えている。 |