| 空の玄関成田にて(平成10年度) |
| 千葉県弁護士会 小林 幸也 |
私は1991年4月に弁護士登録をし、現在8年目を迎えている。私は登録してすぐ成田中央法律事務所に入所し、今日に至っている。 T 成田というところ 成田といえば今では空港で知られる日本の空の玄関である。しかし、成田の狭い市街から、あるいは空港から一歩でれば昔とさほど変わらない、のどかな田園地帯である。成田は地理的にも、役割的にも都会と田舎の中間みたいな所だ。正月になれば成田山新勝寺の参拝客で賑わうが、それ以外はのんびりした町である。 成田市は地裁の管轄でいうと千葉地裁佐倉支部管内にあって、弁護士会でも佐倉地区となっている。佐倉地区に所属している弁護士は6名、うち4名が佐倉市内に事務所を構え、成田市内で業務を行っているのは2名、いずれも成田中央法律事務所の所属である。佐倉地区の弁護士はわたしが登録後8年間変化はない。これは、佐倉が千葉市内から電車でわずか20分の所にあって、あえて千葉市から出て佐倉に事務所を構えるメリットを感じない弁護士が多いためだろう。 U 成田で弁護士をしている理由 私は千葉県八日市場市で生まれ、幼少の頃からその隣の旭市で育った。大学とその後の司法試験受験時代は東京で暮らしたが、根は旭に残したままだった。司法修習生になった当初から弁護士志望だったが、登録場所についてはまず東京を考えていた。東京で修行していずれ地元に戻るのがいいのではないかというくらいで、別に深い考えがあったわけではない。 その考えが変わったのは宇都宮での実務修習中で、指導担当の先生方からは、いずれ地元に戻るのならはじめからそこで登録した方がいい、特に田舎は狭いから早くから弁護士同士で信頼関係を持っていた方が絶対に将来のためになる、といった助言を受けてからである。いずれ千葉に戻るつもりでいたから、諸先生方の助言に納得して千葉県内で登録することを決めた。県内でも成田にしたのは、現在所長の後藤裕造弁護士が熱心に勧誘してくれたことと、実家に近いからというのが理由である。すぐに実家の両親と住むつもりはなかったが(現在もそうである)、どちらもいい年だし、長男であるわたしが近くにいれば安心するだろうという気持ちだったからだ。 V 成田での弁護士稼業 成田での弁護士稼業だが、毎日忙しい日々を送っている。 民事については、相談者は個人か零細企業が大半で、相談分野も特殊なものはほとんどない。不動産関係(とりわけ境界紛争は多い)、家事、金銭貸借、サラ金など一般的な相談が広く寄せられる。田舎のニーズに応え、なおかつそれなりに事務所経営を成り立たせるにはこれらの相談に広く対処せざるを得ない。相談を受けた時点で弁護士にも依頼者にも経済的なメリットが少ない事件が多いが、弁護士の少ないところでたらい回しにするのは気の毒なことが多く、経済的な観点を多少無視してでも相談に乗ってあげなければ田舎弁護士はつとまらないと覚悟を決めている。相談のルートとしては過去の依頼者からの紹介の他、弁護士会や成田市の無料相談からの紹介、電話帳を見ての飛び込みまで多様である。原則としてどのルートでも相談には応じている。これも市民のニーズに応えるためだ。 また、ここ数年地裁八日市場支部、佐原支部の破産管財事件をかなり引き受けてきた。とりわけ佐原市には一人しか弁護士が登録していないために、同支部の破産管財事件のうちのかなりが私に回ってくる。大きな事件はないが、それでも両手の数を超えるくらいになるとなかなか手が回らなくなってくる。 刑事に関しては、千葉の本庁管内では国選弁護は割当になっているが、佐倉地区はその対象になっていない。また、地裁佐倉支部はほとんど刑事を扱わないために、一昨年までは刑事事件は年間数件の純粋な私選と、年2〜3回の当番弁護士の機会に受任するくらいだった。しかし、1997年から、地裁八日市場支部の先生方がかなり高齢になって、この地区の4人では国選事件をこなしきれないという理由で、八日市場から一番近い私も国選を担当することになった。これが1997年には31件(銚子簡裁を含む)、1998年には24件だったため、一気に刑事事件が忙しくなってきた。他にいくつか弁護団事件(刑事再審、労働、消費者等)があるので、仕事に振り回されている毎日である。 いつも自動車で移動しているが、年間3万キロくらい乗っているから、寝る時間も含めた生活時間の1割近くを自動車の運転に費やしていることになる。これはこれで結構体にはきつい。また、時間のロスも多い。 W 弁護士過疎の実感 このように、成田での弁護士業務は幸か不幸か、こちらが追いつかないくらいの仕事量がある。それくらい地方でも弁護士に対するニーズがあるということだし、一方では千葉県東部に弁護士が少ないということの証でもある。千葉県東部に事務所を構えている弁護士は、地裁佐倉支部管内が先に述べたように6人、八日市場支部管内が4人、佐原支部管内が1人と、明らかな弁護士過疎地域である。佐倉は千葉市から近いからまだしも、八日市場や佐原では弁護士にアクセスするのもなかなか大変なようだ。破産管財事件や国選事件が回るようになってきて、一層この地域の弁護士不足を感じている。もちろん、この地域の人口は決して多くはないので、何十人も弁護士が必要とは思わない。しかし、せめて今の倍くらいは必要ではないだろうか? X 田舎の人々との接し方 地方で弁護士をしていると、まだまだこの地域の人々には弁護士は敷居が高い存在だと思われているのを痛感する。その分、事務所に相談に来られた方は熱弁をふるわれることが多い。どうしても自分の言い分を聞いてもらいたいということだろう。そこで私が心がけているのは、相談者の話をよく聞いてあげること。これは当たり前のことなのだが、特に田舎のおじいちゃん、おばあちゃんの場合、弁護士が話を聞いてあげるだけでガス抜きが出来て、満足して帰られることが多い。逆に、十分に言わせてあげないと、たとえ弁護士としては適切な助言を出来たと思っても、どことなく不満げな顔をされることがある。また、時には話し方を相手にあわせてあげることも必要だと思われる。その点私はこちらの育ちで方言も大体わかるので、その辺の融通は利く方だと思う。 相談者が弁護士に手土産を持参するというのはよくある話だが、地方にいると時々うれしくもあり、逆に困る物をもらうこともある。たとえば、数年前米の凶作の時には都合40キロくらいの米を頂いていたので、輸入米に箸をつけることはなかった。困るのは生もの、とりわけ魚類。千葉の田舎では結婚式の料理でもそうだが、とにかく質より量。量が少なくては格好悪いという土地柄なので、弁護士向けの手土産も量が大事と言わんばかりに、生のサンマが発泡スチロールのケースに3つも届いたり、生のウナギを袋いっぱいに持って来られたりして、対処に困ったこともある。こういった田舎気質の人たちと日常業務の中で接するので、とりわけ情を交わしあうことが大切だと考えている。 Y その他雑感 一方で、一生を「田舎弁護士」で終わるのではなく、時には変わった事件もやってみたいと思うことが多い。そういう事件はある程度都会に行かないとチャンスがない。地元をベースにしつつも千葉や東京にも出られる場所、ということで成田は割といい場所である。おかげで刑事再審請求事件や労働事件、行政事件、消貴者問題事件など地方において一人で開業していては関与できそうもない事件に加わることが出来た。 最近は忙しいばかりだが、子供とは長く接することを心がけている。従って、せめて日曜日だけは出来る限り仕事をしないようにしている。今我が家の子供たちは5歳(女)、3歳(男)、1歳(女)の3人だが、小さい子供たちと一緒にいることは、私にとっても大いなる安らぎのひとときとなる。子供が大きくなれば、なかなか親など省みなくなるだろうし。しかし、各種会議、集会などお呼びがかかる行事は多く、なかなか思うとおりにはならない。 成田というところにいると、田舎そのものの事件から都会的な事件まで、多種多様な事件に接することが出来る。仕事の量にも事欠かない。そういった意味で、とてもやりがいのある場所で、そのことに私は大変感謝している。まだまだ先の長い弁護士人生だが、大いに奮闘していきたい。 |