北海道の公設事務所へ(平成14年度)
旭川弁護士会  亀井 真紀

T 公設事務所に行くことに決めた
 私は,平成13年10月に登録をした54期で,平成15年1月現在,東京渋谷にある桜丘法律事務所のいわゆるイソ弁であります。私が桜丘法律事務所を選んだ最大の理由は,桜丘法律事務所が弁護士過疎地に日弁連が作る公設事務所に弁護士を派遣する協力事務所であったからです。今でこそ,日弁連ひまわり基金を利用して作られた公設事務所は全国に12力所あり,「自由と正義」の後ろの方の頁にも大々的に広告していますが,私が修習時代に桜丘に押しかけた時は,確か石見の1カ所だけで,「公設事務所」という言葉自体非常に怪しげな雰囲気を持っていたように思います。私が,そんな公設事務所に興味を持つようになったのは,受験時代に偶々桜丘の所長の公設事務所構想の講演を聴いてしまったことと,裁判所支部があるが弁護士が0人か1人しかいないという地域が数十力所あるという現実,そして,そのシビアな現実に対してまだ僅かな人しか本気で何とかしようとは思っていないことを知ったからです。受験時代,民事訴訟法でも刑事訴訟法でも,お経のように「適正手続き」というキーワードを答案に書いていた私ですが,弁護士に相談したくても事実上できない人,利用するのが困難な人が,この狭い日本ですらまだ大勢いるなんて信じられないと思いました。そして,結局,適正手続きなんて絵に描いた餅!それ以前の問題!などと思いめぐらし,また新らしもの好きの性格が相乗して,弁護士過疎地に自分自身が行くことを決めたのであります。弁護士過疎問題をさてどうしようと外で考えるよりも,自ら動く駒になる方が性にあっていると思ったのです。

U 事務所に就職して
 桜丘法律事務所は,新人弁護士を雇って,基本的に1年後に所長が選択した弁護士過疎地に派遣し,2年ないし3年の任期がすめばまた事務所で受け入れるというシステムを採っています。実は,このような協力事務所は今や東京で10個以上あるのですが,中でも桜丘の特徴は「1年後」という点と「所長が選択した」というところだと思います。他の協力事務所の多くは,2年後派遣で,かつ自分で選ぶのが原則としているのです。タダでさえ,弁護士過疎地に行ってもいいという奇特な修習生なんて少ないのに,こんな条件をつけて大丈夫なのか?と,当事者ながら思わないでもないのですが,弁護士は1年目であろうと10年目であろうとバッジを持っている以上は同じであり,また一番困っている地域に行かせることに意味がある!という所長の理念に,あまり深く考えず,何となく納得してしまっている私だからこそ,「公設事務所」という怪しげな言葉にも惹かれてしまったのでしょう。一応,私も,弁護士過疎地に行くことを前提に就職先を決めるということについては,人並みに真剣に悩み,ある程度の覚悟をして決意したわけです。そして,その決意の壁を乗り越えてしまった以上は,「いつ」「どこに」というのは,あくまでも二次的な問題なのかもしれません。「いつ」「どこ」に行くことになるにせよ,絵に描いた餅を本当の餅にしなければならないと思った以上,躊躇する理由はなく,むしろ赴任地がその時に必要とされているというタイミングで決まること自体を楽しんでいるようなところがあります。
 さて,私は,そんなわけで,1年後にどこかの弁護士過疎地に派遣される予定でイソ弁生活を始めたわけですが,仕事自体は,いたって普通の一般民事事務所と同じで,裁判所も東京に限らず,横浜,さいたま,千葉の本庁はもちろん,松戸,横須賀,越谷,川越等の多くの裁判所の事件を抱えることができました。過疎地に行って必要とされるのは,とにかくごくごく普通の仕事,具体的には,金銭,不動産訴訟,家事事件,国選,債務整理などを淡々とやっていくことと,遠く離れた裁判所であろうと飛んでいくというフットワークの軽さなので,とてもいい経験ができました。また,私が近いうちに過疎地に行くということは,日弁連の公設委員会でも周知でしたので他の過疎地派遣を控えた新人弁護士との勉強会を行って頂いたり,他の事務所の弁護士と事件を共同受任したりというチャンスにも恵まれました。事務所でも,新人弁護士を対象にした刑事弁護ゼミを月1でやって頂いたりと,この上ない贅沢な環境を頂きました。接見に行くとボスに嫌な顔をされるという事務所の話はよく聞きますが,接見回数が少ないと何故か怒られ,少年事件にいたっては毎日面会に行くのが当たり前じゃないかとまで言われたりもするという事務所も,珍しいのではないのでしょうか。

V 紋別への赴任が決定
 弁護士になり,1年間が瞬く間に過ぎ,私の赴任を正式に決める時期になりました。実は,桜丘法律事務所からは,52期の松本三加弁護士が派遣され,平成13年4月から北海道紋別に公設事務所を開設していました。そういうわけで,松本弁護士の2年の任期切れに伴い,私が後任として赴任するという噂(?)は随分前から出ていました。もっとも,松本弁護士が紋別に残ることや他の弁護士(桜丘からの新人でなくともよいのです)が名乗り出る可能性もあったのでぎりぎりになるまでは分かりませんでした。ただ,結局そういうことはなく,私の赴任地はほぼ自動的に北海道の紋別に決まりました。桜丘に入ることを決めた時には,北海道オホーツク海に位置し冬には流氷まで来るような紋別に,しかも後任として行くことは全く予想していませんでした。どこでもいいとは思いつつも,究極の冷え性の私にとって,正直寒い所は避けたかったのです。しかし,今となっては,私にとってベスト・プレイスが紋別であったのだろうと思えているから不思議です(というより単純なだけかもしれませんが)。それは,紋別に足を運ぶたびに思うことであります。というのは,紋別は,羽田から直通で2時間弱,紋別オホーツク空港から市内まで車で約15分という驚くほど便利な場所にあり,また何よりも住んでいる人々が温かく,外から来た者を歓迎するというムードに満ちているからです。一方,周囲からは,後任は大変だろう,プレッシャーはないのか,そんな寒いところに大丈夫か・・・・・・等々有り難いお言葉をいくつも頂戴しているところですが,特に楽をしたくて公設事務所に行くことを決めたわけでもないですし,そうかと言って,重い十字架を背負って行く気でもないので,あまり気になりません。「やりがいがあって,楽しそう」という気持ちは今でも全く変わりません。また,北海道の冬の寒さの厳しさよりも,全道中の温泉,登山,グルメ・・・・・・どうやって楽しもうかとそっちばかりに関心がいってしまっている始末です。そして,日々の仕事の中で,感じるプレッシャーやしんどさは,実際,どこに行こうとも,また,そもそも東京で弁護士を続けていたとしても,感じ続けるのは当然のことだと割り切っています。

W これから
 私は,あと1ヶ月足らずで,紋別へ移動して,引継ぎの準備にとりかかろうとしています。実は,私は,夫を東京に残して単身赴任で行くのです。確かに寂しい気持ちはあるのですが,外国に留学するわけでもないし,お互い自分のやりたいことを尊重し合っての結果ですので,前向きに考えています。なお,夫は,私が公設事務所へ行くことについては,決心した当初から応援してくれており,最近は紋別をすごく気に入って,拠点ができることをすごく楽しみにしています。
 また,東京では,各所で送別会や壮行会なるものも開催して頂き,嬉しく思うと同時に,応援してくれるたくさんの人に出会ったというのがこの1年の一番の収穫かもしれないなと思えるようになりました。
 そして,これから2年間,北海道では,それ以上にたくさんの素晴らしい出会いがあるものと期待しています。