T はじめに
- 私が「ひまわり」創刊号の原稿を書いたのは平成8年夏頃であり,それから早や6年半の月日が流れた。当時は館山市に法律事務所を開設して2年目であったが,間もなく満8年を迎える事になる。弁護士登録12年,年齢42歳となった今,少し立ち止まり,自分自身を見つめなおさなければと考えている。
私が,館山市に事務所を開設しようと考えたのは平成6年夏頃であり,当時私は東京弁護士会に所属していた。その頃,私の妻が千葉県鴨川市で義母と共に司法書士事務所を営んでいたため,半別居の生活をしていた。私の長男が3歳となり,通園や養育のためにも変則的な生活を解消しようと考えていた。結局,私が鴨川市へ転居し,事務所を館山市に設けて家族3人完全同居の生活を送る事とした。
前回の報告の際には子供は長男だけであったが,その後次男,三男が誕生し,家族は5人となった。毎日,子供相手にも奮闘しなければならず,充実した生活(?)を送っている。
U 現在の悩み
- 現在,私が憂慮しているのは,田舎の教育の荒廃ぶりである。事務所開設当時3歳であった長男は,今,小学校5年生であるが,彼に学校の様子を尋ねると答えはいつも「授業が全然進まない。○○君が集団で殴られていた。」といった類のものであった。私は半信半疑ながら授業参観にいってみたところ,担任の先生は子供達の私語,ふざけをやめさせられず,おろおろするばかりで時間が過ぎ終業ベルが鳴り,親も廊下で私語ばかりという状態であった。学級崩壊の姿が目の前にあったのだ。長男は,小学校から持ち上がりとなる公立中学校には行きたくないと言いだした。その理由は今の同級生と共に授業を受けるのは嫌だという事であった。私も妻も,学校の現実を見ているため反対はできない。しかし,この安房の地に私立中学校は無い。最も近い中学校は木更津であり,バスで1時間はかかってしまう。子供の養育のためと思って鴨川市に転居したにもかかわらず,何とも皮肉な事である。
- 最近,このような事があった。私が帰宅すると長男が目の横に絆創膏を貼っていたので尋ねてみると,クラスの子に体が机に触ったという理由だけで突然殴られたと言う。そして長男は得意そうに「でも,そいつの仲間もかかってきたから,一発ぶん殴ってやったら泣いて逃げたよ。」と話した。以前の私であったら,「理由は何にせよ暴力はいけない。」と諭していたかもしれないが,その時は思わず「良くやった。」と長男の頭をなでていた。私の心も荒廃を始めたのだろうか。
- 次男の通う市内唯一の私立幼稚園も少子化の影響で閉園の方針が決まってしまった。田舎での教育の選択肢がまた無くなった。公立教育の疲弊を目のあたりにしても,なす術がないという過疎地の閉塞感が我が家を直撃している。いくら構造改革,司法改革と叫んでみても子供や親の心が蝕まれていては国の将来に展望はないのではないだろうか。
V 現在の業務の状況
- 館山支部管内の法律事務所は,当事務所の他に1つであることは6年前と変わりがない。
- 国選弁護は,従前,当地の先輩弁護士がほとんど担当されておられたが,現在はその方が御高齢であるため,身柄勾留場所が館山警察署である事件を担当され,私は他の身柄事件,在宅(業務上過失致死関係),否認事件を担当するようになった。そのため,現在は年に20〜30件ほどの国選事件を扱っている。私選事件は年に3〜5件位である。
当番弁護士は,当地は待機制ではなく,申し込みがあると随時弁護士会から連絡があり出動するが,最近2年間は申し込みが増え,年30〜40回出動している。しかし,受任に至るケースはほとんどない。
このような現状であり,刑事事件の負担が増している。
- 民事,家事各事件は6年前より増えてはいるが最近2年間では自己破産,破産管財事件が激増している。同時廃止見込みの破産申立てについては,本人申立てを勧め,申立書の記載をチェックしてあげるといった扱いが多い(相談料の範囲内で済む)のが実情である。
- 事件受任に至らない,法律相談の件数も比較的多く,1カ月20〜30件の相談業務を行い,朝から夕方まで法律相談に終始するという日もかなりある。
- 公務的業務であるが,まず裁判所関係では民事調停委員,家事調停委員,鑑定委員の委嘱を受けている。調停委員としての実働は月2回程度であるが,調停協会の研修の企画,実施を担当しており,この負担が若干重荷となっている。その他の官公庁の関係では警察署協議会委員,警察署犯罪被害者支援連絡協議会委員,4市町村の情報公開条例不服審査委員,東京都児童養護施設サービス点検委員といったところだろうか。
これらの業務について,かなりの時間が費やされている事は確かであるが,お引受けした以上,出来る限り出席するよう心掛けている。
- 地方公共団体等の主催する無料法律相談については,弁護士会から派遣される形式となっており,年に5件ほど担当している。
館山支部管内では,安房支庁(県の機関),各市町村の社会福祉協議会,郵便局が主催する無料法律相談が定期的に行われていると共に,鴨川市に弁護士会が設置した法律相談センターがあり(週に1日実施),住民の弁護士へのアクセスはかなり容易になった。むしろ都会の住民の方が弁護士へのアクセスが難しいのではないだろうか。
- 弁護士会の会務については,2〜3年に一度常議員をさせていただいており,(地区会の人数割当のため),できる限り出席するよう努力している。しかし,他の委員会活動については,ここ数年ほとんど出席できない状態となっている。この点は大変心苦しく申し訳ないと思う反省点の1つである。
W おわりに
- 先に述べたように田舎での生活等には閉塞感が伴うのは確かであるが,心身をリフレッシュしてくれる自然に恵まれていること,狭い地域社会であるがゆえに全体を見渡すことができ,まさしく弁護士業務を実感することができる。私の田舎弁護士業務はまだまだ続きそうである。
- 何とか大過なく8年間館山市にて弁護士業務を行ってきたがこれも家族をはじめ私を支えてくださる方々,諸先輩方の御助言等のおかげである。事務所開設当時から現在まで念頭に置いてきた事が3つある。1つめは,家族を護れない者に人は護れない(家族を仕事の犠牲にするのは本末転倒である)。2つめは,欲を強く持たず,頑固と思われるほど自分を律すること,3つめは相談者,依頼者の目線に合わせてまず話を聞く事である。これからもこの視点は忘れないつもりである。
- 司法改革が今まさになされようとしているがその弁護士増員論と弁護士過疎地対策が関連して議論され「弁護士人口が増えれば都会で食えない者は田舎へ行く。」という発想を聞いたことがある。私は,この発想は誤りであると考えている。田舎であればあるほど,より強い倫理観と使命感が強く要求され,軽い気持ちでの開業は本人にとっても住民にとっても不幸な結果を招く。これは,私自身に対する戒めでもある。
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