首都圏の弁護士過疎地「下妻」での再出発(平成15年度)
茨城県弁護士会  門井 節夫

T はじめに
 私は研修所23期,弁護士登録34年目,年齢はまもなく58歳になる。東京の共同事務所で30年近く過ごした後,2000年2月に故郷の水戸地方裁判所下妻支部管内に事務所を移し,近々5年目を迎えようとしている。この下妻支部には年間400件を超える国選事件があり,私も他の5名の弁護士と共に70件近くを担当し,その他破産や債務整理など多種多様な事件に追われ,東京時代とは一変した生活を送っている。下妻支部での私の弁護士生活の実情を報告したい。

U 東京での私の弁護士生活
 私の現在を知ってもらうために,30年近く過ごした東京での弁護士生活に触れておきたいと思う。
 私は,青法協問題や宮本判事補の再任拒否問題など「司法の危機」が叫ばれた時期である1971年に弁護士登録をした。少しは社会的な事件にかかわりたいと考え,当時家永三郎教授が原告となって提起した教科書検定違憲訴訟(いわゆる教科書裁判)を中心的に担当していた東京中央法律事務所に入り,弁護団の事務局に加わった。この事務所では,教職員組合や国鉄関係の組合などの事件もしていた関係で,刑事弾圧事件や労働基本権をめぐる裁判なども担当し,全国を駆けめぐった。先輩弁護士が朝日訴訟に関与したこともあって年金など社会保障に関わる事件もあった。全体として見ると,憲法の基本的人権に関わるいわゆる憲法訴訟的な事件が多く,国や地方自治体相手に憲法論を論ずることが多かった。
 また,私は1審で無期懲役を宣告された大森勧銀強盗殺人事件の被告人と出会い,控訴審からの弁護を担当し,友人弁護士たちとの10年近くの弁護活動の結果無罪判決を得たこともあった。さらにこの事件の後,同じ事務所の弁護士が鹿児島夫婦殺人事件上告審で破棄差戻の判決を得たので,福岡高裁での差戻審に加わって無罪判決にも関与し,その後の国家賠償訴訟にも加わったことがある。
 私の東京での弁護士活動は,以上のような憲法訴訟や冤罪事件などどちらかというと大型事件が中心であったが,他方で,私は生まれ故郷が冒頭述べた水戸地方裁判所下妻支部管内の石下町という農村(長塚節の「土」が有名)で,自宅の松戸市から自動車で1時間の所であったので,上記のような事件に関わる傍ら,故郷の農協などで法律相談などをずっとしてきていた。この地域が極端に弁護士が少ないこともあって,私の依頼者や顧問先も,東京よりも故郷の方が次第に多くなっていった。
 長らく関与してきた家永教授の教科書裁判も1997年8月に最後の第3次訴訟最高裁判決が出され,東京での仕事にもー区切りがついたのを契機に,私の残りの弁護士生活をどのようにすべきかを考えるようになった。松戸の自宅を中心に東京と故郷の仕事を続ける従来の活動スタイルもそれなりに定着しており,また事務所の運営に責任もあるし同僚弁護士らへの愛着もあった。他方,これまでの活動スタイルを変えて,弁護士過疎地である故郷で,どっぷりと町医者的弁護士をしてみようかとの思いもあった。そのころの数年間は,次第に故郷での仕事が多くなり,下妻の裁判所や弁護士会に出入りする機会も増え,地元の弁護士とも親しくなりつつあった。しばしば弁護士会を利用するので,少額であるが弁護士会への賛助金も出させてもらった。故郷での弁護士活動が多くなればなるほど,故郷の人達が弁護士不足で困っていることを実感するようになり,次第に私の気持ちは東京から故郷へと傾いていった。

V 弁護士過疎の故郷
 私は前述の石下町で生まれ,高校は下妻一高を卒業した。この地方は茨城県の県西部に位置し,筑波山を望む農村地帯である。裁判所は下妻市にある水戸地方裁判所下妻支部が管轄するが,この下妻までの鉄道の便が極めて悪い。取手から関東鉄道で約1時間30分かかるが,便数が少なく,1時間に1本運行の時間帯もあって,待ちぼうけをされたり,タクシーで飛ばすことを余儀なくされた方も多いと思う。またJR宇都宮線古河駅,常磐線土浦駅からは車で約40分かかる。このような地域であるから自動車が不可欠であり,下妻に登録する弁護士は全員マイカー族である。2005年秋にはつくばエクスプレスが開通し,都心とつくば市が45分で行き来できるようになる。下妻市はつくば市の隣の市で車で20分の所にあるので,今後は随分と便利になる筈である。
 下妻支部は昔のいわゆる甲号支部で,裁判官は簡裁を含め5名いる。弁護士は,2000年2月には私が加わって6名となり,その後1人増えて現在の登録人数は7名である。ただし1人が病気で休んでいるので実働6名である。
 下妻支部の管轄地域は,常磐道谷和原インターを下りてその西側と北側に続く。水海道市,岩井市,古河市,下妻市,下館市,結城市,そして郡部の結城郡(石下町,千代川村,八千代町),猿島郡(猿島町,境町,五霞町,総和町,三和町),真壁郡(明野町,真壁町,関城町,協和町,大和村)で,この地域に住む県民数は57万5130人である。支部に登録する弁護士は7名であるから,弁護士1人当たりの県民数は8万2161人となる。別表1で水戸支部と土浦支部の数字を掲げたが,水戸,土浦も決して弁護士の多い地域でないが,下妻支部の弁護士数の少なさが際だっている。
 また別表2に平成13年の裁判所毎に通常民事,破産,刑事の新受件数をまとめたが,水戸と土浦との事件数と弁護士数とを対比すると,やはり下妻支部の弁護士の少なさが良く理解できよう。弁護士が少ないから,民事事件などは支部の弁護士ではなく,土浦や水戸さらには隣接する栃木や埼玉あるいは東京の弁護士が受任することが多い。民事事件は他の地域の弁護士が担当できるが,刑事の国選事件はそうはいかない。下妻支部の弁護士は,平成14年度に合計449件(簡裁事件も含む)の国選事件を担当している。実働6人の弁護士であるから1人平均74件にものぼる。おそらく弁護士1人当たりで担当する国選事件数は日本でもトップクラスであると思われる。

別表1.各支部の弁護士数と人口割合
  弁護士数 県民人口 弁護士1人当たりの人口
水戸本庁 62 1,432,836 23,110
土浦支部 27 981,864 36,365
下妻支部 7 575,130 82,161
※弁護士数は平成14年4月1日現在
※県民人口は平成14年5月1日現在
(出典「茨城の地域司法計画」)

別表2.支部ごとの事件数
  民事通常事件 破産事件 刑事事件 国選事件
水戸本庁 992 1238 975 724
土浦支部 635 766 952 642
下妻支部 355 463 623 449
※事件数は国選事件を除き平成13年度のもの。
(出典「茨城の地域司法計画」)
※国選事件数は平成14年度のもので茨城県弁護士会刑事弁護センターの資料による。

W 新たな出発と事務所
 東京で10数人の弁護士と相当数のベテラン事務員のいた事務所から,故郷といっても1人で事務所を開設するのであるから,それなりの心配がなかったわけではない。幸いにも,経済的な面では,故郷にそれなりの依頼者や顧問先もあり,また私の3人娘もほとんど学校を終わろうとしていたので,余り心配はなかった。ただ東京時代には,前記のように国や地方自治体相手の事件が多く,また地方出張が多かったので,国選刑事事件も若い時には相当やったが次第に少なくなり,破産事件などはほとんどやっていなかった。下妻に移れば,国選事件や破産事件,債務整理などがどっと押し寄せてくるのが分かっていただけに,これらの仕事に慣れた事務員もいないのに大丈夫かというのが最大の心配であった。
 結局,身体が元気な今のうちに新しい出発をしようと考え,2000年2月に事務所を東京から下妻に移した。私が満54歳になろうとしていた時の再出発であった。
 新しい事務所は,幼い頃から仰ぎ見ながら育った筑波山が一望できる田圃の中のビルを借りた。天気が良ければ,日光連山や遠く富士山も見える絶景の場所である。事務スペースの2階部分と風呂と和室のついた3階も借り,飲んだ時にはいつでも泊まれるようになっている。事務員は当初2名であったがその後3名に増え,また経理関係を妻が見ているので,現在は私も入れて総勢5名である。それぞれがマイカーなので,駐車スペースを考え,田圃の中のビルとなった。

X 下妻支部での仕事の具体的内容
@国選刑事事件
 仕事の内容としては当初の予測どおり,まず国選刑事事件が多い。私が昨年1年で担当した件数は70件近い。そんなに多数の事件をきちんとやれるのかとの疑問を持たれる方も多いと思われるが,私も含め下妻支部の弁護士達は良くやっていると思う。身柄事件については,担当を弁護士事務所の所在地の近くの警察毎に分けるなどの工夫をしている(当番弁護士も同様)。私が主に担当している水海道署には,現在4名の国選事件の被告人が身柄拘束されており,一度行くと全員に接見をするので,私選の弁護士よりも私の方が面会が多いと言われることもある。また事件数が多いことによる混乱防止の意味もあるが,私は国選事件でも原則として弁論要旨を提出している。被告人が否認している事件や争いのある事件は争うべきところはきちんと争っているつもりである(私選事件であるが,昨年1月に業務上過失傷害事件で無罪判決をとり,控訴なしで確定している)。私選の方が面会の回数が多いことはあるが,基本的には私選も国選も同じように弁護活動をしている。国選事件の方が気がねなく争えるし,報酬のことを考えないで済むので,むしろ国選の方がやりやすい側面もある。
A破産管財人,民事再生の監督委員等
 破産事件はこれまで余りやっていなかったが,下妻では管財事件も含めて担当せざるを得ない。現在私は破産管財人を法人3件,個人4件,民事再生事件の監督委員2件,個人再生委員を4件担当している。これ以外に私が申立代理人となっている破産や個人再生事件が相当数ある。これらの事件は3人の事務員の補助が不可欠である。事務員が司法書士の勉強をしていて法的知識があったり,パソコンに精通しているので大変助けられている。
Bその他裁判所から依頼される事件等
 上記の国選刑事事件や破産事件などの他にも裁判所から依頼される仕事も多く,相続財産管理人や不在者財産管理人,それに後見人を依頼されているものが数件ずつあり,また家裁の調停委員にもなっている。
C法律相談等
 各種の法律相談活動も分担して行っている。支部弁護士会の法律相談,市町村主催の法律相談など月2〜3回担当し,これ以外に私は個人的な関係で農協の法律相談月4回,商工会と村の法律相談月各1回行っている(いずれも半日単位)。
 また法人会や商工会などから依頼される講演,学校から依頼される出前授業などもだんだん多くなっている。
D弁護士会の活動への参加
 弁護士会の活動にはできるだけ参加したいと考えているが,委員会が平日の夕方に水戸で行われることが多く,水戸までは車で2時間近くかかるのでなかなか出席できない。その分を前記のような国選事件や当番弁護士をしていることで容赦願っている。なお昨年から司法修習生に刑事弁護の講義を担当することになり,これまでの体験を踏まえて私なりの刑事弁護の話しをしている。

Y 収入について
 私には従前からの顧問先等がそれなりにあったが,下妻に事務所を移してから新たに10件近く顧問が増えている。お互いに負担にならないように顧問料は低くしているが,それでもこれによって収入も増えた。また,上述したような国選事件など裁判所から依頼される事件が飛躍的に多くなり,この報酬も相当額になる。国選事件1件の報酬は低すぎると思うが,上記のように70件近くもやるとある程度の金額になるし,破産管財人等の報酬も加えると,人によって異なるが,裁判所から支払われる報酬だけでも相当の金額になると思われる。金銭のことを余り気にせずに,依頼された仕事をし,その結果それなりの収入が確保できる下妻での弁護士生活は恵まれていると思う。

Z 問題点
 私が事務所を下妻に移して早くも丸4年になろうとしている。仕事も収入も順調で良いことづくめとも言えるが,上記のようないろいろな仕事に追われ過ぎているというのが率直な印象である。電話帳を見て電話で相談してくる人,予約もなく突然事務所に相談に来る人なども多い。各地と同じくサラ金等からの多重債務者やヤミ金等の被害者等の相談も多いが,とてもこれらの事件に応えきれず,お断りせざるを得ないことも多い。一緒に仕事をしてくれる弁護士が欲しいが,なかなか来てくれる人がいない。

[ 下妻支部への登録のお誘い
 下妻支部の裁判所と私の弁護士生活について述べてきたが,最後に皆様方にこの下妻支部への登録のお誘いをしたい。既に述べたように下妻支部には,民事,刑事とも多くの事件があるが,現在の登録7名(実働6名)では決定的に弁護士が不足している。茨城県弁護士会の地域司法計画によると,下妻のあるべき弁護士数は25名とされており,現状は18名不足と指摘されている。
 私は出身地であるだけに地縁,人縁があってやや特別という側面はあるが,地縁,人縁がなく初めから登録した弁護士でも,国選事件等裁判所から依頼される仕事が相当あるので,十分に事務所を運営できると思う。この地域が田舎過ぎて,ネオンや文化から遠すぎると考える人は,下妻から車で20分余り,来年秋には都心まで45分で行き来できるようになるつくば市に住み,下妻に登録することも考えられよう。
 狭い地域社会であるが,裁判所の裁判官や書記官,検察官等との距離が近く,一般の市民とも直接肌を接するようなごく身近な関係の中で,弁護士としての仕事ができるのは,とても楽しくやり甲斐がある。私の故郷に移ってからの4年間の弁護士生活は,それまでの東京での生活以上に充実したものとなっているように思う。
 若い人でも熟年の方でもどなたでも下妻支部に登録していただきたい。私たちは下妻支部に登録される方を心から歓迎したい。