| 群馬県桐生市よりレポート(平成15年度) |
| 群馬弁護士会 柿沼 祐三郎 |
T 自己紹介 私は,1958年(昭和33年)9月14日生まれで,現在45歳である。地元群馬県の小・中・高等学校(高校は太田高校)を出て,東京大学に進学。大学卒業後は紆余曲折があり,大学卒業の10年後に司法試験に合格した。司法修習は48期であり,1996年(平成8年)4月に群馬県で弁護士登録をした。当初は,群馬県桐生市で池末登志博弁護士(33期)の個人事務所にイソ弁として勤務をしたが,3年目からは同弁護士と事務所を共同経営しており,事務所の名称も,「わたらせ法律事務所」に改め現在に至っている。現在の事務所の人員は,弁護士2名,事務局員5名である。 U 地域の実情 群馬県の弁護士人口は,この10年ほどは,新人弁護士の登録が1ないし3名程度であったために,全体として120名程度でほとんど変動がなかった。しかし,2003年(平成15年)10月には7名の新人弁護士の登録があり,ようやく司法試験の合格者増の影響が出てきたようにも思われる。しかし,今後この傾向が継続するかどうかは不明である。 私の事務所がある群馬県桐生市は群馬県の東部に位置する人口約11万人程度の小都市である。かつては織物の町として栄え,現在でも織物関係の中小企業がかなり残っているものの,経営的には楽ではないようである。むしろ最近では「三共」や「平和」といったパチンコメーカーの本社があることで知られている。また,現在日本ハムに在籍する正田投手を擁した桐生第一高校が夏の甲子園大会で優勝したことで桐生の名を聞かれた方もおられるであろう。 群馬県桐生市には,前橋地・家裁の桐生支部及び桐生簡裁があり,判事1名と簡裁判事1名が常駐しておられる。桐生支部は,かつては甲号支部であったが,事件数の減少とともに,現在では,判事は1名という寂しい状況になっている。 そうした現況を反映してか,私個人の業務の関係でも,前橋地・家裁の桐生支部及び桐生簡裁,群馬県太田市にある前橋地・家裁の太田支部及び太田簡裁,栃木県足利市にある宇都宮地・家裁の足利支部及び足利簡裁における事件が9割以上を占めている。 ちなみに,群馬県桐生市,群馬県太田市は,群馬県では東毛地区と呼ばれており,栃木県足利市とは境を接していて,3市がほぼ等距離にあり(相互に車で30ないし45分程度),1つの経済圏をなしている。 なお,前橋地・家裁の桐生支部の管轄内人口は,約18万5000人であり,前橋地・家裁の太田支部は,約37万7000人,宇都宮地・家裁の足利支部は,約28万6000人で,3地域の人口を合計すると約84万人以上にも達している。しかし,弁護士数はそれぞれ,8名,11名,6名であり,合計しても25名で,弁護士数が絶対的に不足している。従って,形式的には弁護士過疎とは言えないが,弁護士ニーズに応えることができるだけの弁護士が存在していないという意味では,実質的な弁護士過疎にあると思う。このことは特に太田支部内で顕著であり,年間の刑事国選事件の受任が60ないし70件などという数に反映している。東京等で勤務弁護士をされている方にこの3地域内での開業を是非お勧めしたいところである。 V 業務等の状況 地方で働く弁護士の常として,私の受任している業務も雑多である。最も多いのは債務整理事件・商工ローン関係事件であり,年間で60ないし70件程度は毎年受任をしており,それ以外の民事一般事件・家事事件は,30ないし40件程度であろうか。また,刑事事件は国選事件が毎月1,2件であり,私選事件が年に3,4件である。少年事件は1年に1回あるかないかである。 私は,弁護士登録して間もなく後に「クレジット・サラ金問題対策協議会」に参加し,1998年(平成10年)12月に「日栄・商工ファンド被害対策弁護団」に結成された後には,これにも参加している。そして,クレサラ・商工ローン関係の事件について比較的熱心に取り組んできたので,自然とこの種の事件が多くなっている(他の先生から紹介されてくることも多い)。また,全国各地で開催されているこれらの団体の会議等への出席で休日が費やされることも多かった。その意味で,対日栄,対商工ファンド問題においてようやく最高裁における成果が得られたことには感慨深いものがある。しかし,クレサラ問題,商工ロ−ン問題は今後も簡単に解消されない問題として残っていくことが予想されるので,しばらく業務の中心にならざるをえないであろう。 弁護士会活動については,事務所が所在する桐生市から弁護士会館のある前橋市まで車で約1時間かかるため,業務が忙しくなるとなかなか委員会への出席が困難になってくるのが実情である。群馬弁護士会では,会員は毎年4つ程度の委員会に所属することになっているが,私の場合はそのうちの消費者問題対策委員会だけはなんとか出席しようと努力しているといったところである。 なお,私は,2000年(平成12年)10月から2年間,某弁護士団体の本部事務局次長を引き受けたため,平均して週1回くらい東京の本部まで会議等のために行っていた。それで,この間は一般業務をセーブしていたが,退任して1年で,また元の繁忙状態になっている。 W 趣味について 業務が繁多になってくると運動不足に陥りがちである。その意味で私にとっては,司法修習生時代に始めたゴルフが貴重である。 群馬弁護士会では,毎年夏と冬に,二日間のグロススコアで弁護士会のベストエイトを決定する8強戦と称するコンペを開いているので,このコンペを一つの目標として,私も直前にはまめに練習をしたりしている。その成果からか,私も最近は上位8人には滑り込むようになっている。しかし,群馬弁護士会のゴルフレベルの高さは,関弁連大会の親睦ゴルフの団体戦で圧勝することで示されているとおりで相当高く,頂点にはとても届かない。8強戦の優勝者は,二日間の平均が70台であったりするのである。反則である。まじめに仕事をしているとは思えない。 それでも,天気のよい青空の下でするゴルフは気分爽快であり,精神的にもリフレッシュできるので,今後ともゴルフは長く楽しんで行きたいと思っている(シングルハンデプレーヤーになるのは無理かな)。 X 終わりに 弁護士登録をして約8年が過ぎたが,自分自身がどれほど成長したであろうかという思いがある。一つ一つの事件について,十分な準備なり,研究・検討なりができているかというとかなり疑問である。こうして今回一つのレポートを書かせてもらったことにより,自分の仕事スタイルについても改めて考える機会をもらうことになったところである。 この8年弱を振り返ると,色々と精神的に苦しい局面もあったりするが,弁護士業は,社会にある様々な仕事の中でも,やりがいのある恵まれた仕事であろうと思える。だから,今後も仕事のスタイル等については改良をしつつ,地方での生活をエンジョイしながら,黙々と淡々と研鑚を重ねたいと思う。 |