東京では珍しかった20のお客(平成16年度)
沖縄弁護士会  市川  尚
(日弁連公設事務所所長弁護士)

 私は,東京で8年間くらい弁護士業務に従事した後,平成15年5月に当地沖縄県宮古島に赴任したのだが,以来2年のあいだに当地でお目にかかった以下にあげるような来訪者(顧客,相談者ら @ないしS)には,東京で開業していた当時は滅多にお目にかかることがなかったといえる。
 その筆頭は,なんといっても,@ 法律相談がタダだと思っている来訪者 である(したがって,私たちは,法律相談の予約をとる際に,有料相談ですけどいいですか,と必ず念を押すようにしている)。そのような来訪者の中には,国選弁護の被告人の身内でついでに被告事件と無関係なほかの民事事件についてタダで法律相談を受けようとするチャッカリ組もいる。
 他方,A 約束の時間より2時間も早く事務所に来る来訪者 には,弁護士過疎地域における法律事務所に対する期待の大きさを見る思いがする。あるいは,沖縄県人は時間にルーズだなどと不当なレッテルを貼られることが多いけれども,相談時間に遅刻する人はそれほど多くない。
 ただし,B 相談予約を無断でキャンセルする来訪(予定)者 が最近とくに多くてとても困っている。もっとも,予約のキャンセルが続出するときに限って,不思議なことに当番弁護士の出動要請がやってくることが多い。時間のやりくりという意味では,実のところこのような無断キャンセルに助けられている場面も多い。
 さて,C 相談に関係のない親族まで多数連れ立って来訪する来訪者 というのは当地に限らぬ地方ならではの情景ではないだろうか。私の事務所は18坪あるが,このようなことを予想していなかったため相談スペースがちょっと手狭である。最初からこれをもうちょっと広げておけばよかったと思っている。ただ,D 連れが相談に同席しようとしているのだがその連れが何者かを教えようとしない来訪者 には困る。だいいち気味が悪いし,これでは利益相反関係のチェックなどもできない。ただでさえ,当地では,E 事件の相手方筋の来訪者 が多くて困っているのだ。しかたないので,そういう連れには席をはずしてもらうようにしている。
 ところで,ちょっと辟易としたのは F 子供づれで事務所に来訪したその子供が事務所の中を駆けずり回り,暴れまわる来訪者 であった。ただ,当事務所の来訪者には母子家庭の方も多く,これにもやむを得ない面がある。
 次に,G「とりあえず」事務所に来る来訪者 というのもいる。たとえば,自分で出した内容証明の配達証明の葉書が届いたがこれは何か・・・と相談に来る人。「配達証明が届いてひと月くらいおいても何の反応もなかったら,訴訟をするかどうか改めて相談しましょう。」という前回のアドバイスを私が再度繰り返したのは言うまでもない。
 それから,H 「どういうご相談ですか」と聞いたら「何がなんだかわからんのだ」と言い放つ来訪者 には,どのようなアドバイスを送ればいいのか途方に暮れた。しかし,何が困りごとのポイントなのかを本人に代わって見極めてあげるのも弁護士の仕事かもしれない。
 時間のテンポがゆるやかな土地柄なためか,I 20年前の事件について相談に来る来訪者 も幾人もいた。賃料請求の案件などでも,不払い期間が年単位になっているケースが珍しくない。……時間のテンポというより,やはり法律相談へのアクセスが不十分だったからこういうことになるのだろうか。いずれにせよ,相談の中で時効完成の事実を避けて通れない事案が日常茶飯事である。
 J 裁判が終わって,判決が確定してから相談に来る来訪者 といった,手遅れの相談者も少なくない。
 困るのは,K 自分が申し立てた裁判手続(たとえば,調停)がその後どうなったのかさっぱりわかっていない来訪者 である。裁判所で窓口指導を受けながら本人申立をしたはいいが,その後実際にどういう経過になっているのか,調停は成立したのか,それとも不調だったのか,全然わかっていない……。こういう例にもしょっちゅう出くわす。
 L 裁判を起こされた,相談に乗ってほしい,と言いながら肝心の訴状も持ってこない来訪者 もいる。まして不動産がらみの相談者のほとんどには,不動産登記簿謄本の持参など期待しうべくもない。ちなみに,M 持参してもらうもののリストに「印鑑(三文判も可)」と書いておいたら,印鑑証明書を3通持ってきた来訪者 もいたが,ご愛敬というべきか。
 否,相談者の目線に合った説明を懇切こまやかにする必要があるということを,私は当地で改めて学んでいる。ましてや,通知を出してこと足りるなどと思ってはならない。
 ただでさえ当地では何よりも口頭のコミュニケーションが重視されているように思える。たとえば,N いちいち会って話すまでもない要件なので手紙を出して連絡したのに,その手紙のことについてどうしても会って直接話を聞きたいと言ってわざわざ来訪する来訪者。その手紙というのは,某サラ金への返済額が○○円と決まりましたからいついつまでにそれを支払うように,という内容だった(むしろ,まちがいのないよう書面に書いて送ったつもり)。
 当地では所得水準が低いので,満足に教育も受けることができず,O 自分の名前や住所が書けない来訪者 といった非常に気の毒な人(とくに高齢者)も少なくない。そのため,やはりいろいろな局面でだまされたり,損をさせられているケースを目にする。
 同様に気の毒なケースとして,P 精神病に罹患している来訪者 もかなりのウェイトを占める。Q 相談のデスクでぐったりしてうつ伏せになったまま不機嫌にしてほとんどしゃべらない来訪者 に対しては,正直なところ私も対応に苦慮したものである。
 いずれにせよ,法律扶助の適用となる依頼者が非常に多く,刑事事件で私選弁護などありえないのは当然としても,民事・家事関係の依頼者についてもほとんど二人にひとりは扶助適用といった実感がある。中には,R お金がないと言うので,法律扶助制度を利用したらどうかと提案し,扶助申請のために住民票や戸籍謄本が必要ですよと案内したが,住民票や戸籍謄本を取る費用もないからどうにかしてくれ,と半ば食ってかかってきた来訪者 も。・・・私は,結局この人からの依頼は謝絶してしまったが,果たしてそれでよかったのかどうか,今も自問自答している。
 最後に,東京にはいなかった感動的な来訪者,それは,S 証人尋問のためのシナリオを作って渡してあげたら,それを完全に丸暗記してきた来訪者(情状証人) である。
 弁護士が珍しい土地柄だけに,私に「アンタ」と気さくに呼びかけてくれる人もいる反面,弁護士の教えることをこうして重んじてくれる人もけっこう多いのである。この人たちの信頼に,誠実に答えていかなければならない。……要するに手を抜くことができないなぁ,と,毎日,自分としてはこれでも頑張っているつもりである。