フェニックスの舞う空から(平成17年度)
新潟県弁護士会   星野  徹

T はじめに
 私は平成16年10月に,新潟県長岡市の高野毅法律事務所に就職し,現在2年目になる勤務弁護士です。平成16年10月といえば,23日の新潟県中越大震災のことを思い出した方も多いと思いますが,私はまさに地震の直前に,東京都世田谷区から長岡市に引っ越して来たのです。
 私は,昭和62年3月に中央大学法学部を卒業後,16年間世田谷区役所に奉職いたしました。住民基本台帳事務,庶務,教育委員会,戸籍の総括事務を経て,傍ら司法試験の勉強を続け,平成14年の司法試験に合格しました。
 世田谷区での勤務を通じて,自分の生まれ育った地域の人の役に立つことに魅力を感じ,合格後,故郷の長岡市で弁護士となりました。

U 地方の弁護士という職業
 自分の故郷で弁護士をすることに魅力を感じる方もおられるでしょうが,ここでは,より一般的に,地方の弁護士業についてご説明します。
 地方の弁護士業について,私は以前,「地方では法律問題は多くない。」「問題が起きても交渉でまとまるから,訴状は書かなくていい。」というイメージがありました。しかし,それは大きな間違いでした。考えてみれば,地方にも人間の悩み・問題が渦巻いて,それは大都市と全く変わらない訳ですし,信用できる相談相手に乏しい分,地方の方が深刻とも言えるようです。
 そして私が,地方にいて強く感じることは,事件の数と弁護士の数とがいかにアンバランスであるかということです。地方裁判所の支部レベルの弁護士1人当たりの人口割合は,都会とは桁が違います。人口数十万人に弁護士1人という地域もあります。
 依頼される仕事の内容も,交通事故や離婚訴訟が多いことは事実ですが,知財に関する相談や,新しい事業を起こすための相談など,専門家の意見を求められる機会は,むしろ都会より多く多種多様なのではないかと思われます。
 また,地方銀行や商工会議所が発行する雑誌から,法律コラムの連載記事を依頼されたり,地方自治体の専門委員のメンバーに弁護士会からの推薦が求められたり,責任ある立場に就くことも,地方では少なくありません。弁護士であることは,地方にとって直ちに名士の候補になることを意味します。
 このように地方は,弁護士という法律専門家に飢えていて,飢餓状態の地域もあると言って過言ではないと思います。

V 新潟県という地域での弁護士
 新潟県と言うと,少し昔は,雪国,美人,スキー(スノボ),お米にお酒というイメージが一般的でしたが,冒頭申し上げましたとおり,最近は「中越地震」という新しいイメージが頭に浮かぶかと思います。私は,幼少の頃,新潟地震を経験していますが,確かな記憶はありません。「新潟に行けば,東京にいるよりも地震の心配はない。」などと妻に話して長岡に来て,中越大震災に被災したのですから,悪いことはできないものだと痛感しました。
 地震のことはさておき,先に申し上げました「弁護士一人当たりの人口割合」を新潟県について見ると,次のようになります。
 新潟地裁本庁(新潟市)では人口8,600人に弁護士1人,同佐渡支部(佐渡市)では人口35,000人に弁護士1人,同長岡支部(長岡市)では人口42,000人に弁護士1人,同三条支部(三条市)では人口53,000人に弁護士1人,同高田支部(上越市)では人口104,000人に弁護士1人,同新発田支部(新発田市)では人口330,000人に弁護士1人という状況(新潟県弁護士会ホームページより)です。
 新潟市内は,法人を顧客とするビジネス分野での法律家需要が盛んですから,このような比率になるのでしょう。佐渡市は,特殊な環境にあるので,別としても,その他の地域は,「数万人対1」や「数十万人対1」のレベルです。おそらく支部の法律事務所では,相談依頼の申し込みの電話が毎日のように鳴り,現在の仕事で手一杯の弁護士と事務員が,「少しお待たせするけどいいですか。」と半ば断りのような対応をしているのではないでしょうか。いわば,「目に見えない行列」の出来ている法律相談所という状況にあると思われます。
 また,同じ県内でも,これほどに人口比率が異なりますし,新発田支部は,現在まさに「ゼロ・ワン」地域であり,この地域の県民は新潟市まで出て行かなければ,法的サービスを受けられないのが現状なのです。
 平成17年には,公設事務所として長岡市に「中越ひまわり法律事務所」が,上越市に「上越ひまわり法律事務所」が開設され,意欲ある若手弁護士が活躍されています。新潟県の多くの弁護士は,若手弁護士が,新潟県それも支部の地域に就職されることを大いに期待しているはずです。
 ところが,地方の支部への就職を希望する若手弁護士にとって障害になるのが,支部の勤務弁護士の就職難です。なぜか,地方の弁護士は,事務員と2人での事務所経営にこだわって,勤務弁護士を採用しない方が多いのですが,新潟県もその例外ではないようです。
 それはそれで深刻な問題ですが,だからと言って諦めずに,是非新潟県の就職説明会を訪ねてみていただきたいと思います。これからの法化社会において,弁護士需要は必ず増えるはずですから,それを見越した賢明な弁護士,新潟市内から勢力を支部に広げようとする弁護士法人など,新たな需要が皆さんを待っていると思います。私は,幸いにも,そうした賢明な弁護士の一人であるボスに採用され,現在長岡市の高野毅法律事務所に勤務しているのです。
 私が,長岡に就職できたきっかけは,少しドラマチックです。私は,弁護士の実務修習を東京弁護士会の高木徹先生にお引き受けいただいたのですが,高木先生に「将来は長岡に戻って弁護士をしたい。」と志望をお話したところ,高木先生が,ご自分が研修所で刑事弁護教官をなさっていたときの修習生だった高野先生を思い出され,長岡での就職状況を打診してくださったのです。そのころ,高野先生は,税理士や社会保険労務士とのワンストップサービスの事務所を検討されており,高木先生のお話を聞いて,就職を希望する私と長岡で会っていただいて,就職が決まったのです。
 なんだか,とんとん拍子に進んだ運のいい話にも聞こえますが,進路を希望して進んでいけば,その思いが幸運を招くひとつの例と思っていただければと思います。

W 地震とフェニックス
 その日は土曜日でした。私は朝から頭痛に悩み,外出を控えて家にいました。居間で夕暮れの空を見上げて横になっていると,突然,ふすまや家具がガタガタ音を立て始めました。とたんに寝ている私の背中を畳ごと突き上げるような衝撃があって,テレビが台ごと横に動き,壁のエアコンが外れて落ちました。最初,何が起こったかわからなかったのですが,しばらくして「これは地震だ。」と気が付きました。
 長い揺れに「早く終われ。」と祈りましたが,やっと収まったと思ったら,大きな余震が何度も襲いました。夜は恐ろしくて家の中では眠れません。車の中で眠りました。
 地震の前に地鳴りが鳴るのを何度も聞きました。道路が壊れ,下水管とマンホールが路面に飛び出しているのを見ました。救援のヘリコプターの音が怖くなりました。何度も救急車とすれ違いました。学校や図書館は避難民でいっぱいでした。
 それから半年間の私の仕事も,特殊なものになりました。地震を機会にそれまで頑張ってきた会社をたたむ人の相談を受け続けました。被災した建物を建替えるので,店子に退去を求めたいという大家さんの相談がありました。大家に追い出されそうだが,行く先がないという店子の相談も受けました。
 それでも私が,長岡にいてよかったと思うのは,両親や友人の安否を遠い土地から思うより,そばにいて励ましあうことができたことです。
 長岡では,毎年8月2日と3日に花火大会があります。私は,毎年この花火を見に来ていました。花火は,私と長岡を結ぶものだったのです。子どものようですが,私は花火が大好きです。花火は,打ち上げる人が見る人に特別の報償を求めないものであって,「善意の象徴」のように思えるからです。
 そして今年,この長岡の花火に,震災復興祈念花火「フェニックス」が,市民の有志の力で打ち上げられました。フェニックスは,その規模の大きさといい,打ち上げ時間の長さといい,今までみたことのないすばらしい花火でした。私は,このような花火が,長岡市民の有志の力で打ち上げられたことに,心から感動しました。
 本来,長岡の花火は8月1日深夜の空襲による戦没者を慰霊するため,その後の戦災復興を祈念するための花火でした。それが,終戦後60年を経たその年に,震災復興という新しい意味が加わったことに,私は何かの縁を感じます。
 どうか,機会があれば,是非長岡の花火をごらんになってください。そして,長岡の市民の人情や,新潟県の人となりに触れて,気に入ってくださるようでしたら,是非新潟県に,特に支部の地域に就職することをご検討ください。
 フェニックスの舞う空より,新潟への就職をお待ちしています。