関東弁護士会連合会は,関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

「関弁連がゆく」(「わたしと司法」改め)

従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが,このたび司法の枠にとらわれず,様々な分野で活躍される方の人となり,お考え等を伺うために,会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。

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株式会社南部美 代表取締役社長
久慈浩介さん

とき
平成30年2月
ところ
岩手県二戸市
インタビュアー
会報広報委員会委員 小南あかり

今回は,「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)2017」の日本酒部門で世界一となった「南部美人」の蔵元を訪ねてきました。蔵元5代目の久慈さんには,発酵の面白さから日本酒の飲み方など,とても興味深いお話をしていただきました。今回の記事を読まれた方はきっと日本酒が飲みたくなるはずです。どうぞお楽しみください!

まずは会社の歴史について教えてください。

久慈さん 1902年創業,今年で116年目です。代々久慈家で酒造りをやらせていただいており,私で5代目です。「南部美人」という銘柄は私の祖父が戦後に名付けたもので,その前は「堀の友」という名前でした。「南部」というのは,この地を治めていた旧南部藩の名前です。南部の国で美しい酒を造りたいという願いを込めて,「南部美人」と命名させていただきました。

子供の頃から家業を継ぐことを決めていたのですか。

久慈さん いえ,僕は17歳までは蔵元を継ぎたいと思っていませんでした。酒蔵には人も集まるからプライベートがないんですよ。毎日人が入り浸って飲み会。昔は酒造りのために60,70歳のじいさんたちが冬の間6か月くらいずっと住み込んで,飯も一緒に食べていました。それがすごく嫌で,学校の先生になろうと思っていました。それが,高校2年生のときにアメリカのオクラホマ州に1か月間留学して,ガラっと変わりました。

何があったんですか。

久慈さん ホストファミリーのお父さんがワイン好きな方で,日本酒をお土産に持って行ったら,「なんて美味しいお酒を造れるんだ,素晴らしい。お前は蔵元を継ぐんだろ」と言われて,「No,僕は先生になるんだ」と言ったら,「学校の先生になんて誰でもなれるだろ,お前は蔵元にならないとだめだ」と1か月間毎晩言われたんです。毎晩毎晩言われると,こっちも,初めての海外,人の家での生活という初めてだらけで不安も色々あって,吊り橋効果じゃないけども,「そうなんだ」と思えるようになってくるわけです。そして,その留学中,ニューヨークでエンパイア・ステート・ビルに登って,100万ドルの夜景見て,アメリカの力というのはとんでもないなと感じさせられたんですが,昼に和食レストランに行ったら,80年代のニューヨークでみんな当たり前に和食を食べていて,日本もすごいなと。この留学がきっかけで,絶対自分の酒をアメリカに持ってこようと思って,帰国して進路先を「東京農業大学醸造学科」と書きました。

その後,醸造学科へ進学されたんですね。

久慈さん そこには,小泉武夫先生という有名な発酵学の先生がいらっしゃって,その先生との出会いで発酵の世界にはまっちゃいました。

発酵の面白さとは何ですか。

久慈さん 発酵の面白さって,「発酵と腐敗の違いを述べよ」という質問に尽きるんです。発酵と腐敗の違いは1点だけ,人体に有害か無害かです。発酵も腐敗も実は同じことなんですよ。でもそれがもたらす効果が人体にとって無害で有益なものだったら発酵。有害だったら腐敗。おなかを壊すものもあれば,おなかを良くするものもあるし,その曖昧な部分がすごく面白い。小泉先生は「発酵は,人類史上最強の錬金術だ」と言っていました。錬金術というのは,無から有を生むことをいいますよね。発酵だけは無から有を生み出しているんです。

久慈さんは錬金術師になられたんですね。

久慈さん 究極の錬金術師です。こんなに人間に有益なものはないと思って発酵の魅力に取りつかれているんです。醤油も味噌もパンもみりんも酢も全部発酵ですから。世の中にはすごい発酵物が色々あって,中国では鳥の糞から作るお酒がありますし,メキシコではリュウゼツランという植物の樹液を発酵させる飲み物があります。人類って何でもかんでも酒にしてしまう。

「君の名は。」という映画に登場した「口噛み酒」は本当にできるんですか。

久慈さん 口噛みの酒というのは,弥生時代には出来ていた酒です。米が酒になるには,2つの条件が必要です。1つは発酵のために米を液体化すること。もう1つは,米には糖分がないから,デンプンを糖分に変えること。弥生時代は,デンプンを糖分に変えるものが唾液の中にある糖化酵素だったんですよ。米を百回噛むと甘くなるのは,唾液の中にある様々な酵素の中に,糖化酵素が含まれているからです。糖化酵素で米が甘くなって,天然にいる酵母がその甘さである糖分を発酵させるんです。米を噛むと唾液の水分も一緒に入るので,酒に必要な2条件が整うんです。噛んだ米をぺっと吐いて,おかゆみたいな状態で置いておくと,アルコール1%ぐらいの半固体の状態になります。これが口噛みの酒なんです。口噛みの酒は何のために開発されたかというと,これを舐めるとなんかフワフワすると。古代人は酔うという感覚を知らないから,これこそが神様との一体化,トランスレートなんだと。だから昔は神事のための道具として,神社の未婚の巫女さんが作ってたんです。それが日本酒の発祥です。現代の日本酒は,糖化酵素は麹カビによって作り出しています。人体に有益なカビですね。この方法で酒を作るようになったのが600年ぐらいです。

なんでカビでお酒が作れると気付いたんでしょうね。

久慈さん すごいですよね。2018年の今,車が自動運転になる,AIは人を超えるなんて言ってる。そんな現代でも,酒造りの半分くらいは江戸時代から前までのやり方と変わらないんですよ。400年も500年も前のことを,今の時代の科学が超えられないんです。例えば,酒には防腐剤は入れてなくて,当時からずっと火入れという方法で熱殺菌しています。世界史の教科書には,フランスのルイ・パスツールという人が1866年にワインの火入れ法で世界で初めて熱殺菌をあみ出したと書いてあるんですが,これは誤りです。その300年も前に,日本では火入れで日本酒を熱殺菌しているんです。多聞院日記という文献では,「六月二三日 酒ニ(煮)サセ樽へ入了」と書いてあります。1500年代の日本人は,酒ってこのぐらいの温度まで熱くすれば日持ちするなと気付いていたんです。酒を腐らせる火落ち菌という乳酸菌が60度で死ぬからというのが理由なんですが,当時の日本人はその理由までは知らないでしょうね。

当時と比べて酒造りの道具は変化したと思いますが,酒の味も変化したんでしょうか。

久慈さん はい。精米機が日本酒を根底から変えました。戦前の日本でもお米を磨けば酒は絶対良くなると分かっていましたが,磨く術がなかったんです。昔は米を足で踏んでいただけなので,玄米からお酒を造っていました。その後水車精米ができて,7%ぐらい磨けるようになりました。そこから精米機を作って,現在では米を50%以上まで磨けるようになって,今の酒ができるようになったんです。吟醸酒とか大吟醸というのは,この50〜60年で生まれた酒で,100年以上前の日本には存在しない酒です。日本酒は古いけど,吟醸酒は新しい酒です。

昔のお酒って美味しかったのですか。

久慈さん あんまり美味しくないです。酵母は自然界にいますが,アルコール耐性があって,良い香りを出す酵母なんて簡単には見つけられない。それで日本は約100年前に日本醸造試験所というのを作って,酵母の分離を一生懸命やり始めました。どこどこの蔵ですごく良い酒ができると聞くとそこに行って酵母を採ってきて,そうして分離培養して作ったのが協会酵母という酵母です。協会酵母は,1号から19号までありましたが,1~5号は今は廃盤になっています。協会6号酵母というのは,秋田の「新政」という蔵で70〜80年前に分離培養された酵母です。

ある酒蔵でたまたま見つけた酵母を培養したということですか。

久慈さん そうです。それを全国の蔵に配ることが出来るようになってはじめて,日本中の蔵のレベルが上がったんです。

同じ酵母を使うとどの蔵も同じ味になるのでは。

久慈さん 培養酵母を使っても,空気中の天然の酵母が入るので100%培養酵母だけで発酵するわけじゃないんですよ。元々それぞれの蔵にいる酵母が入ることで味も変わります。

日本酒は,どういう順番で飲むべきというものはありますか。

久慈さん あります。人の心情からいくと,1番高い純米大吟醸から飲みたいと思いますが,それをやると他の酒の味がよく分からなくなります。順番は,お米の精米歩合が磨いてない方からが良いです。純米酒から入って純米吟醸酒に行って,純米大吟醸に行くみたいな感じです。

酒の選び方というのはありますか。

久慈さん まず1つは地域で選ぶ。東北や新潟のお酒はとてもきれいで,繊細なお酒が多い。西に行けば行くほど,味が強くて力強いタイプのお酒が多い。ご自身の出身地のお酒をまず選ぶのがいいと思います。DNAに一番染み込んでいるから合いますよね。次は,製法の違いで選ぶという方法。製法が違うと,香りが高いか,フレッシュか,重たくどしっとしているかという味の違いが出てきます。香りが高いのが好きであれば大吟醸や純米大吟醸,軽やかで軽快なタイプですっきりしたものなら,純米吟醸や吟醸,どんっとしたタイプなら純米酒を選べば良い。さらに,冷やして飲みたいなら,大吟醸や純米大吟醸。燗して飲みたいなら,山廃とか生酛とか古酒。

「南部美人」の世界進出のきっかけを教えてください。

久慈さん 私も含めて,全国の若手蔵元の中には世界に酒を持って行きたいという人がいたんですが,90年代にはどうやったら良いか分からなかった。それで,蔵元がそれぞれやっても無理だから,まず1997年に日本酒を啓発する団体として日本酒輸出協会を作りました。そうしたらすぐに,ニューヨーク・ジャパン・ソサエティー(* アメリカに住むアメリカ人に対して,日本の伝統文化を紹介する団体)というところから電話があったんです。「日本酒のセミナーと試飲会を計画しているが,これまでは誰に頼んでいいのか分からなかった。是非来てもらえないか」と。僕らまだ輸出もしていないのに,「すぐ行きます!」と即答して,酒担いでみんなでニューヨークに行きました。それで日本酒のセミナーをやったら,スタンディングオベーションでした。その後,200人近いアメリカ人と試飲会をすると,「私がニューヨークで飲んでいる日本酒はこんな味はしない,これは何のワインですか」と聞かれるんです。だから,「ちゃんとした日本酒はこうして冷やして飲むと香りも非常にあって美味しいんですよ」と言ったら,「じゃあ私が飲んでいるのは何ですか」というんで,「フェイクだね」と(笑)。アメリカで造っているものもあるし,輸出しているうちに悪くなっているものもあるんですよ。僕達はその試飲会の時に,本物のメイドインジャパンの日本酒は世界に絶対通用すると思いました。そこから輸出が始まっていくんです。

海外戦略は順調でしたか。

久慈さん 色んな課題も出てきました。例えば,外国にある日本人しか来ない日本食レストランでは,有名な酒しか要らないと言われました。他方で2000年代の前半にニューヨークでは,アメリカ人によるアメリカ人のための日本食レストランができるんですよ。コートクロークがあって,ちゃんと予約して,ウェイティングバーがあって,通されて座ると,箸と和の雰囲気とフュージョン・ジャパニーズと,日本酒が飲めるという店です。そこのソムリエたちは,銘柄に関係なく美味しいと思った酒を入れてくれるから,僕らはそっちに舵を切ったんです。あとは日本酒の価値を高めるために,ワインの世界の人たちにもっと日本酒を知ってもらおうということになりました。世界で日本酒を飲んでくれている人には4つのポイントがあります。1つ目は日本好きな人。2つ目は健康志向の人。健康志向の人は和食を食べるんです。3つ目はある程度お金のある人。この3つが揃うと寿司を食べるんです。ただこれだけでは酒までは行ってくれない。最後の1つがワインを飲む人。この4つが揃って初めて日本酒までいくんです。世界では,ワインの感覚で日本酒を飲んでいます。僕らもこの人たちにはワインの言葉で話さないといけません。僕らが当初失敗したのが,「dry or sweet?」という質問です。「sweet」って言った瞬間に,ワインの人達は,デザートワインの頭になって,食中酒の中に入れようとは思いません。そこは「off dry」と言わなくてはいけない。それがワインのもの差しです。

ワインの世界は繊細な表現をしますよね。

久慈さん ワインの人達にさらに知ってもらうために,ワインの世界で最も権威のあるコンテストで日本酒の部門を作りたいと思いました。2000年代の前半に,ロンドンでインターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)をやっているソムリエたちと出会う機会があって,依頼を受けてソムリエスクールで日本酒の話をしたときに,受講生の中にIWCの最高責任者でマスター・オブ・ワインのソムリエがいたんです。マスター・オブ・ワインというのは,世界で300人しかいないワインの最高峰なんです。日本人では1人だけ。その最高責任者のソムリエが「日本酒面白い」と。それで我々は,「移動代,ホテル代,全て持ちますので,日本に来てくれませんか」と。約10の蔵元が自腹で呼んで,日本酒をとことん伝えたんです。そうしたところ,「日本酒は素晴らしい。これこそ世界に伝えなければいけない」と言ってもらって,僕たちも世界最大のコンテストに酒を出したいとお願いしました。それで2007年に,IWCに酒部門ができました。最初は,「なんだそれ」と言われていたのが,11年やるとIWCの表彰式には日本の蔵元は全員羽織袴で行っていて,今ではワイナリーの人たちがみんな知っている部門になりました。2017年には「南部美人特別純米酒」が世界一のチャンピオンサケとなりました。このときは,全員スタンディングオベーションです。2007年に初めて開催したときには,埃にまみれてジャージとかで酒の準備を全部やっていたのが,11年かけてそこから這い上がってきました。ちなみに,海外の人は「なんぶびじん」と言えないので,「サザンビューティー」という名前をつけました。

受賞おめでとうございました。とても興味深いお話が続きますが,誌面の都合でこの辺りで。本日はありがとうございました。(この後世界一のお酒を購入して大変美味しくいただきました。)

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