関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

「関弁連がゆく」(「わたしと司法」改め)

従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが、このたび司法の枠にとらわれず、様々な分野で活躍される方の人となり、お考え等を伺うために、会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。

写真

株式会社資生堂名誉会長
福原義春さん

とき
平成21年7月6日
ところ
株式会社資生堂 本社
インタビュアー
会報広報委員会副委員長 岩田武司

 今回の「わたし」は,㈱資生堂の名誉会長の福原義春さんです。
 福原さんは,昭和6年(1931年)東京都生まれの78歳。1953年に慶應義塾大学を卒業後,資生堂に入社し,’87年社長,’97年会長を経て,’01年より現職です。この他,東京芸術文化評議会会長,文字・活字文化推進機構会長,東京都写真美術館館長,企業メセナ協議会会長,(財)かながわ国際交流財団理事長,全日本蘭協会名誉会長など,その就いておられる公職は枚挙に暇がないほどです。
 また,ご本人が大変な読書家である一方,ご自身でも『ぼくの複線人生』(岩波書店),『猫と小石とディアギレフ』(集英社),『会社人間社会に生きる』(中央公論社)など共著,対談集,講演録を含めると70以上もの作品を著しておられる文筆家でもあります。
 フランスや中国との交流も長く,昨年の北京オリンピックでは,北京市栄誉市民として中国政府から公式に招待された日本の民間人2名のうち一人が福原さんでした。また,趣味の洋ランや写真に対する造詣も深く,近年もご自身で育てられた洋ランの写真展を開催し,大変な好評を博しました。まさにわが国を代表する企業人であり文化人です。

福原さんは,大変な読書家として有名ですが,読書のための時間をどのように作っているのですか。

福原さん よく「忙しくて本を読む時間がない」という方がいますが,僕から言わせてもらえば「貴方は忙しいからと言って朝食を抜いたり,顔を洗わなかったりするのですか?」ということなんです。それほど読書は人生にとって大切なものです。本には,遥か昔の賢人たちが考えたことや知恵が一杯詰まっています。読書によって自分の生活や仕事にすぐに役立つというわけではないですが,数年経ってからふいに役に立つなんてことはよくあるんですよ。ですから,寝る前や朝起きたときの数分,数ページでもよいから本を読む機会を持ったほうがいい。

どういうジャンルのものをお読みになるのですか。

福原さん あらゆるジャンルです。流行のものも読みますよ。最近でいえば村上春樹の1Q84も読もうと思って机の上に積んであります。この本を読んだという友達からいろいろと感想やら魅力のポイントを聞いてから読むというのもなかなか楽しいものです。先入観といえばそうですが,人の感想を踏み台にして読むとすごくよく分かるということもあります。そういう様々なジャンルのものを同時に何冊かを併読しています。例えばある本を数ページ読んで,また別の本を読んでという具合に。よく1冊だけ読んでいると飽きてしまう人もいるのですよ。

福原さんには『僕の複線人生』という著作もありますが,複数の物事を同時にこなす能力というか,多元的な価値を尊ぶ姿勢というのは少年時代に培ったものですね。

福原さん 慶応の幼稚舎で6年間担任だった吉田小五郎先生の影響です。吉田先生からは二つのことを学びました。一つは,何かを調べるには必ず原典に還りなさいということ,もう一つは,物事には常に対立する二つ以上の見方があって,真実はいずれの側にもあり中間にはないということです。吉田先生もこのことを師である幸田成友先生(幸田露伴の弟)から教わりました。

原本を調べるとか,真実を対立する複数の立場でみるとは,まるで裁判のことを語っているようですね。ところで『僕の複線人生』を読ませて頂いて印象に残った話の一つに,資生堂が中国に進出したときの話があります。北京の百貨店で化粧品の試演販売をしているときに客の女性がぽろぽろと涙を流している。店員があわてて尋ねるとその女性は「自分がこれほど美しくなるとは考えたこともなかったので涙が出てきたのです」と話したという話です。

福原さん こういう話には逆に僕のほうが励まされているし,日々の活力の源になっているんですよ。でも,世の中にはこのような話にも何も感じない人もいるのです。僕はこういうことに感激できる感性を得ることができて本当に幸せだと思っています。

中国進出の前には米国法人の社長になったこともありましたね。

福原さん 30代のころです。支社といっても従業員数名の小さなものでしたし,当時は大蔵省によって日本からの送金が制限されていましたから,海外法人の経営は本当に大変でした。このときに本社=加害者,出先=被害者ということをつくづく知りました。その後,日本に戻って国際部長になりましたから,今度は加害者の側に回ったわけですが(笑),被害者の立場を経験していたことはプラスになりました。大切なことは,何をすれば相手が建設的になってくれるのかということを読み取る力だと思います。

部下の人たちの潜在力や活力を引き出すということですね。

福原さん 同じ立場でやろうと思ってもダメなのです。例えば,官僚には民間とは異なる独自の文化もあるし,ある面では民間以上にすばらしい能力もある。民間は,新しいことにすぐに飛びつき,効果が出なかったらすぐに撤退します。ところが官僚がこれをやると税金の無駄遣いだと非難されるし,キャリアにも傷がつく。失敗が許されない彼らは,新しいことをやるときは調査と根回しで慎重に慎重を重ねる。その結果スピードが遅くなってしまうのです。こういうところに無理矢理民間のやり方を持ち込んでもかえって混乱するだけなのです。このことは昔小泉さんが総理大臣のときに直接意見したこともあります。むしろ,官僚の良いところを尊重しながら,その悪いところ,つまり物事を始めるに慎重すぎたり,スピーディでなかったりする部分を少しだけ修正してやると彼らは素晴らしい仕事をするのです。

福原さんが館長を勤めておられる東京都写真美術館の改革は話題になりました。

福原さん オファーがあったときに曖昧な返事をしていたのですが,石原都知事に美術館を案内してもらい,断れなくなりました(笑)。最初に就任して驚いたのは,優秀な職員が一生懸命がんばっているのにたいした成果が上がっていないこと。それもそのはず,彼らは何のビジョンも持ち合わせていなかった。何のためにこういう美術館をやっているのかもよく分かっていなかったのです。そこで,僕はまずビジョンを提示することからはじめた。そのうちに都の職員である副館長が俄然やる気を出してきました。それから広報担当に元博報堂の方を採用したり,美術館としては画期的な館長の定例記者会見を始めたりして,都民,国民が楽しめる美術館作りは功を奏し,来館者は文字通り倍増しました。今でも様々な分野の方に外部の評価委員会として参加して頂いて,日々改善するための貴重な意見を頂いています。

福原さんは,経営倫理実践研究センター(BERC)の理事長としてのお顔もお持ちですが,「法律」についても一言ご意見をお持ちと聞いています。

福原さん 学生時代は民法の成績も振るわず法律はさっぱりでしたが(笑)。最近,思うのは「コンプライアンス」という考え方は間違って認識されているのではないかと。「法令順守」という考え方それ自体は良いのですが,経営者や法務担当者がこれを勉強しようとすると,どうしても何が合法で何が違法かというところばかりに関心が集中していきます。そうすると,合法であれば,つまり法律に違反していなければ良いという発想に至る危険がありますし,現にそういう風潮を感じるのです。問題は,法律以前の倫理だとか経営理念といった精神にあるのに,法律に違反していなければ良いというのは本末転倒です。

法律に携わるわれわれにとっても重く受け止めなければならない課題です。今日はお忙しいところ本当にありがとうございました。

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