関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

「関弁連がゆく」(「わたしと司法」改め)

従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが、このたび司法の枠にとらわれず、様々な分野で活躍される方の人となり、お考え等を伺うために、会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。

写真

ひたちなか海浜鉄道株式会社社長
吉田千秋さん

とき
平成22年6月24日
ところ
ひたちなか海浜鉄道株式会社本社
インタビュアー
会報広報委員会副委員長 中尾隆宏

 今回の「わたし」はひたちなか海浜鉄道株式会社社長の吉田千秋さんです。吉田さんは富山地方鉄道,加能越鉄道を経て,廃線の危機にあった富山県高岡市の路面電車「万葉線」の復活に尽力されました。43歳でいらっしゃった平成20年4月,その実績を買われ,やはり廃線の危機にあったひたちなか海浜鉄道株式会社の社長に公募によって抜擢されました。そして,今,ひたちなか海浜鉄道はレトロな駅舎の佇まいと,古いカラーのディーゼル車が走る,「稼働中の鉄道博物館」として,全国の鉄道ファンから注目を集めています。鉄道事業は勿論のこと,全国各地でのご講演等でもご多忙の中,次々と鉄道事業の再生を果たされておられる秘密の一端を伺ってみました。

このひたちなか海浜鉄道に来られる前は富山県で鉄道事業の再生をされたということですが,事業再生は一般的にもなかなか厳しくて,特に鉄道は新商品をヒットさせる,ということなどは難しく,その地方の人口などの環境に左右される面があると思いますが,事業再生の成功の秘訣はなんですか。

吉田さん 今まで鉄道はお客さんを運ぶ,ということだけに主眼をおいていまして,車社会になってお客さんが減ってしまったらしょうがないとか,高校生が減ってるからお客さんが減ってもしょうがないとか,そういうスタンスでやってきたんですね。積極的な営業とか新しいお客さんを取り込もうとか,そういうことは苦手な業種でした。逆にそういうところに目を付けると新しい展開が生まれるのではないか,と考えたのです。

その中でも,いわゆる「鉄道ファン」を乗客に取り込もうという活動をされておられると伺っていますが,そのヒントはどこから得られたのですか。

吉田さん お客さんの声を聞いてみて,案外多かったのは,東京から常磐線の特急で約1時間半弱で来られるんですけれども,東京から1時間半弱で来られるところで見られる景色ではないと,昔の田舎の原風景が残っているのが貴重だ,というのがありました。それと鉄道ファンの方の声を聞くと,私どもはお金がなくて,古い車輌をそのまま残しているんですけれども,それが貴重だと,つまりレトロカーですよね。そういった話があったんで,敢えて古い車輌を昔の国鉄の懐かしいカラーに塗り直して走らせたところ,案外受けがよかったということです。今車庫には旧準急カラーとか旧急行カラーとか,旧国鉄の標準色とか,そういうのが一杯並んでいます。

殊更古い列車を集めた,というよりは,古い列車があったことが幸いした,ということになりますか。

吉田さん そういうことになりますね。全部で8輛動かしています。時々終点まで行って帰ってこられなくなったり,ドアが閉まらなくなって大騒ぎしたりしておりますが(笑)。

実は先日乗せて頂いたのですが,その時は「メイドさん」が乗っていました。どこからそのようなアイディアが生まれたのですか。

吉田さん やはり人間一人のアイディアでは限界があるということで,取り敢えず,あちこちからアイディアを下さい,ということを公言しておりましたら,東京の制作会社さんから「前代未聞でこういうのやってみませんか。」というお話を頂いて,やってみたら受けが良かったんです。

その時にメイドさんが運んでおられた車内販売のワゴンに「岡山名物○○」であるとか,「米子名物○○」であるとか刻まれた金属のプレートが貼り付けてあってびっくりしました。そのワゴンは岡山から鳥取を走っていた車内で使われていたと思われるのですが。

吉田さん あのタイプのワゴンはもう使われなくなって,特急「やくも」で使われていたのがいよいよ終わりになるぞ,ということをイベント会社が聞きつけて引き取ってきたということらしいんです。

沿線には沢山カメラの砲列が並びますね。

吉田さん 良かったのは,旧国鉄のカラーをまとっているということと,周りに遮るものが何もない,非常に綺麗な車体が撮れるということです。家もなければ,橋もなければ,トンネルもないので,どこでも写真が撮れる,ということでその面で評判は非常に良かったです。

伺っておりますと,何もないから諦める,というのではなくて,あるものを最大限使うというお気持が感じられるのですが,常にアイディアを練っておられるのでしょうね。

吉田さん そうですね。やはり一人のアイディアでは限界がありますので,沢山の人のアイディアに耳を傾けていると,自然にピックアップされてくるものはありますね。

その「人」と言うことで言いますと,人の活かし方に秘訣はありますか。

吉田さん 私が富山地方鉄道にいた時,その会社では多少対外的に「あそこの会社は教育がどうなっているんだ。」と言われることがあっても,どんどん人を外に出して伸ばしていったんですね。それが今自分が伸びてきたことにつながっていったので,取り敢えず,好きにやらせてみようということですね。公募で選ばれたということもあったのかもしれませんが,有り難いことに「最後には社長が責任をもってフォローしてくれるんだろう。」ぐらいの気持ちで動いてくれますので,どこまでできるかな,というところを見ています。社員の方にもそうですし,応援団の方々などからも取り敢えず話は聞いてみよう,というようにしています。メイド列車にしても,最初はある制作会社が「今イタ車が車ではやっているので,あれの鉄道版をやってみたい。」ということであちこち話を持っていったんだそうです。しかしどこでも相手してくれなくて,最後にここなら相手してくれるかな,ということで持ってこられたんだそうです。結局版権の問題などで,うまくいかなかったけれど,代わりとして,こんなのやろう,あんなのやろう,といろいろ考えてくれて,メイドトレインに行きついんたんですね。とにかく話を聞いてあげて結局うまくいった,ということです。

御社には写真を撮る専門の社員もおられるのですか。

吉田さん 写真はうちの社員では撮る者がおりません。応援団の方が撮っておられて,それが何かの雑誌に入選したらしいんです。それで自由に撮れるようにお墨付きを与えて撮って頂きました。そうすると,あちらもコツがつかめてきて,あちこちで入選されて,こちらも貴重な現場の写真がデータで残るものですから助かっています。最初は応援団の中の一人か,二人ぐらいの方が撮っておられたらしいんですが,一緒に写真撮ろうという人が増えていったようです。それも会社にあまり迷惑かけちゃいけない,というので,吟味して人を選んで撮って頂いているようで,写真の数も増えて,見方も増えていますので,好きにやって頂くのが良いのかな,と思っています。

むしろオープンにすることで成功しておられるようですね。逆に法制度による規制の点でご要望はありますか。

吉田さん 鉄道事業は法律にがんじがらめにされているところがあります。運賃の決め方などはほんの少しの利益が出るように定められているんです。しかし,逆に守られているところもあります。生かさず殺さず状態ですね。中小の鉄道会社では,採算が合うところがほとんどないんです。逆に安全設備の整備は補助金が出されるという制度がある。もう少し柔軟性があってもいいなとは思いますが,少しずつ話をしているところだと思います。大きく法律が変わると,逆にどうなるか分からない,というところがあります。

金融や資金の調達の面はどうですか。

吉田さん その面も特殊な会社でして,資本はひたちなか市が51パーセント,茨城交通が49パーセントです。設備投資については行政の方で面倒をみてもらうことになっています。逆にお金を借りて何かやろうということは許してもらっておりません。

では,特に弁護士に望むことはありますか。

吉田さん 気軽に相談したい,ということはありますね。大きな紛争はあまりないのですが,踏切の音がうるさい,であるとか,うちは架線を引いておりませんが,架線が引いてあると,その架線に鳥が止まって糞を落としていくじゃないか,であるとか,そういう紛争があるんです。そういうときに気軽に相談できると良いですね。相談方法としては,気軽に電話でご相談ができる方がおられると良いと思います。

最後に御社のPRをお願いします。

吉田さん 東京から1時間15分で来られて,昭和20年代のレトロな写真が撮れます。那珂湊駅は映画やドラマの舞台でも使われております。どうぞお越し下さい。

有り難うございました。

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