第2節 犯罪被害者の実態
1.「犯罪被害者」とは

(1)犯罪被害者とは何かを考える場合、まず、犯罪による「被害」の概念をどう捉えるかが問題である。
 刑事法学的な視点からすると、それは各犯罪類型において法律の予定している法益の侵害であるといえる。しかし、それはあくまで犯罪者を処罰する目的からの捉え方であって、被害者の救済・権利保護の観点からは十分ではない。

 すなわち、被害者は、犯罪によって身体や財産などの法益が侵害されるにとどまらず、ショックやストレスなどの精神的打撃や従来の生活環境に対する社会的、経済的又は人格的影響など必ずしも法律が予定していない諸々の被害をも受けているのであり、現状はまさにそうした被害に対する救済こそが求められているといっても過言ではない。

 したがって、「被害」の概念は、あくまで被害者からの視点に立って、現に被害者側に生じている現象面を分析して把握することが重要になる。

 そして、そうした「被害」に対する実質的な救済の必要性を考えるとき、その場合の「被害者」とは、必ずしも直接犯罪行為の対象となった当事者のみならず、その遺族や家族などの近親者や事実上生活を支えられていた者、さらには救助行為などによって間接的に被害を被った者など一定の広がりをもって捉える必要があるのではなかろうか。

(2)次に、かかる被害をもたらした要因たる「犯罪」についての概念をいかに捉えるべきかということも問題とされ、学説上、これを法律上の犯罪に限定して厳格に捉えようとする見解がある一方、法律上の犯罪に限定しない広義の「犯罪」概念を認めるものもある。

 更に、近時は、そもそも「犯罪」概念について議論することについていかなる意義があるのかとの疑問を呈し、「犯罪」概念では十分に理解できないケースを指摘しつつ、必ずしも「犯罪」概念にとらわれずに犯罪以外の事由によって生じた被害をも含めて議論しようとする見解も有力である。1985年、国連が「国連被害者人権宣言」において「パワー濫用の被害者(victims of abuse of power)」という概念を採択したことは、そうした傾向の一つのあらわれであるといえよう。  

 確かに、「被害」の概念に関して前述したとおり、実質的な被害者の救済を図ろうとする観点からするならば、少なくとも「犯罪」概念をどう捉えるかにつき、法律上の犯罪の成否ないし犯罪者の特定・処罰の有無などが影響することによって被害者が異なった取扱いを受けなければならない理由は見当たらないといえるものと考えられる。

(3)昨年、日弁連の提唱した犯罪被害者基本法要綱案によると、犯罪被害者とは、刑罰法令に違反する行為によって、生命、身体、財産、精神又は人格などに対する危害を被った者及びその遺族をいうものと定義されている。

 被害者救済の観点から重要なのは、犯罪被害者とは何かを考えるとき、それがいかに定義されようと、現実の被害者の立場に即して被害実態を把握し、そこからいかなる対策が求められているのかという基本的なアプローチを常に起点とすることではなかろうか。

2.犯罪被害者数〈平成11年版犯罪白書より〉

(1)犯罪被害者数の推移被害者が個人である場合の警察に認知された刑法犯についてみると、平成10年の被害者総数は約276万8000人にものぼる。交通事故による被害については別項を設けて述べることとし、ここではそれ以外の被害につき総じてみた場合、平成10年の被害者総数は176万8200人となっている。  

 男女別では、男子が118万1006人、女子が58万7194人であるが、いずれも近年おおむね横ばい状態であったものが、男子は1997年から、女子は1998年から増加傾向にある。  

 統計をみるに、交通事故による被害を合わせると、毎年、わが国の人口の約2%程度が犯罪被害者となっていることが分かる。このことは、私たちの誰しもがいつでも犯罪被害者となりうる可能性と隣り合わせでいることを示すものに他ならない。  

 そして、これが全体として増加傾向にある今日、犯罪被害者の救済・権利保護を求める社会的要請はますます高まっており、その現実的な対策を本格的に検討しなければならない時期にさしかかっているものといえよう。
 以下、被害の性質別に統計を概観する。

(2)生命・身体の被害
 1998年における死傷者全体の総数は2万7928人となっている。
そのうち死亡者数についてみると、1996年まで減少傾向を示していたものが1997年から増加し、1998年では1350人となっており、前年と比べて70人(5・5%)増加している。  

 また、1998年の重傷者数は2485人、軽傷者数は2万4093人であり、地下鉄サリン事件の被害者が計上されている1995年を除き、いずれも1991年以降横ばい状態であったものが、1997年から増加している

(3)財産上の被害被害者数は、1991年以降漸次増加の傾向にあったものが、一時横ばい状態となり、1997年からは再び増加して、1998年には167万9226人に及んだ。
 これに対し、被害総額及び一人当たりの被害額は、1993年以降減少していたものが平成8年から増加しはじめていたが、1998年には減少し、一人当たりの被害金額は約15万8000円と前年に比べて約1万2000円減となっている。

(4)性犯罪による被害
 強姦による被害者数は、1990年から1996年まではほぼ横ばい傾向にあったが、1997年からは増加を示しており、1998年では1873人となっている。
  これに対し、強制わいせつによる被害者数は、1991年以降ほぼ一貫して増加傾向にあったが、1998年には前年に比べて約150人減少し、4251人となっている。

 ただし、このような性犯罪による被害については、実際には被害申告がなされていないいわゆる暗数がかなりの件数にのぼるものと思われ、一概に統計のみに基づいて被害状況を判断することはできない。

(5)交通事故による被害発生件数及び負傷者数は、いずれも1978以降ほぼ一貫して増加傾向にあり、1998年には、発生件数が8万3878件、負傷者数が99万675人にのぼっている。  
 これに対し、死亡者数は、1993年以降減少傾向にあり、1998では9211人となっている。

3.被害直後の犯罪被害者の状況

(1)被害後に一番困ったことないし悩んだことに関する複数回答に基づくアンケート結果によると、例示した選択肢の中で最も多かったのは「捜査や司法機関の対応」であり、次いで「周囲の好奇の眼や態度」、それ以外の肢についてはさほどの開きはみられなかった。  

 「捜査や司法機関の対応」が選択された状況についてみると、交通事故による被害者の選択率が約86%と圧倒的に高く、その具体的回答と併せてみると、捜査機関の事件処理や民事訴訟手続の進行などに関する率直な不満が見受けられる。  

 また、同様に、交通事故以外の被害者についてみても、やはり加害者に関する情報の開示が十分でない点や被害者の加害者側への対応に関するフォローが足りない点が指摘されており、被害者が加害者に対して当然に有している重大な関心が、そのまま司法関係機関の対応の甘さを指摘する形で表れているといえよう。  

  さらに、性被害事件の被害者などの具体的回答をみると、加害者の報復を怖れている点が挙げられており、この種の被害に特徴的な後遺症的側面が見受けられるとともに、司法関係機関による加害者情報の提供や二次被害防止のための適切な対応がより必要とされる。  

 次に、「周囲の好奇の眼や態度」の選択肢に関しては、交通事故以外の被害者においてはむしろ最も選択率が高かったのであるが、その選択状況についてみると、「犯罪被害者」というものが、犯罪行為から直接受けた被害とは別に、まず「犯罪」という非日常的な行為に関係したということで世間からの興味の対象としてさらされることになる ものであり、それが被害者にとって非常に大きな精神的負担となっていることが分かる。

  また「身内などの言葉」を選択した被害者は、そのほとんどが「周囲の好奇の目や態度」をも選択しているのであるが、その約50%は右の二肢のみを選択しており、被害者が比較的近しい人間との関係においても疎外感ないし孤立感を受けている場合も少なくないとみられる。  

 サリン事件のように事件自体の話題性にも関連するが、被害の程度が重大であるケースほどマスコミの対象となる傾向にあり、そうした被害者が「取材や報道」を選択しているのが特徴的である。  

 また、「励ましの言葉」を負担であるとして選択された状況をみると、交通事故による被害者については、その具体的回答に照らしてみると、加害者ないし保険会社の態度や相談窓口での対応に関して指摘されており、被害者への対応の難しさを感ずるとともに、交通事故以外の被害者についても、サリン事件の他死亡事件で加害者が死刑ないし懲役8年に処せられたケースなどいずれも極めて重大な被害が生じている場合の被害者が多く選択しており、こうした場合の被害者の精神的打撃がいかに深くかつ複雑な側面をもっているものかをうかがわせる。

(2)当該アンケートの結果によれば、そうした被害直後の悩みや困惑を解消するために具体的な行動をとった被害者は、全体の約70%にのぼっている。  
 そして、その解決方法として、他者への相談ないし話し合いの形で例示した選択肢の中では「専門家」と「ボランティア団体」がほぼ同数でもっとも多く 次に「家族」であり、「警察」「友人」とつづく。  

  この点、「専門家」と「ボランティア団体」の選択率が高かったことついては、当該アンケートの実施に際し、当シンポジウム委員や各被害者団体に関係のあった事件当事者の方々にご協力いただいたことを考慮しなければならない。  

 そうすると、現実的には被害直後の相談相手としては、やはり最身近にいる家族であることとなり、被害者にとっては家族の理解と協力を得ることが不可欠であるともいえるが、必ずしも家族によって根本的な解決を導くことは困難であり、結局それは、他により専門的かつ適切な相談窓口がないことを示すものに他ならないといえる。  

 そして、そうした他者への相談によっても悩みが解消しなかったことに対する具体的回答をみると、交通事故による被害者については民事訴訟手続において解決を図ろうとしているものが比較的多いのだが、ここで問題とされなければならないのは、相手方ではなく被害者側の相談した又は代理人として委任した弁護士の対応の悪さについて相当数指摘されていることである。  

 具体的には、「話を詳しく聞いてくれない」「意見を十分に聞いてくれない」「横柄な態度をとられた」「良心的な弁護士に会えなかった」などである。
 弁護士は、かかる指摘を真摯に受け止め、単に事件処理のみに捕らわれることなく、被害者の立場を十分理解したうえでできる限り配慮した対応を常に心がけなければならない。  

 また、交通事故以外の被害者については、民事訴訟において糸口を探ろうとするものもあるが、半数近くは「苦しんだ」「我慢した」など解決の方法を見出せないまま諦めてしまっている状態である。  

 当該アンケートの具体的回答の中に「どうしたらいいか全然分からなかった。」といった趣旨のものが複数見受けられるが、実際の被害直後の犯罪被害者の困惑した状況が最も象徴的に示されたものではないだろうか。
 だからこそ、今、被害直後からのより適切な支援体制が求められているのである。