第4節 マスコミに関する問題点
1.マスコミ被害の実態

 これまでマスコミの取材・報道による人権侵害については、被疑者・被告人及びその家族を対象とする研究・対策に重点が置かれ、犯罪被害者及びその家族には重 点が置かれていなかったと思われる。

 しかし、犯罪被害者及びその家族がマスコミの取材を受け、住所・氏名のみならず、事件とは直接関係のないプライバシーを報道されることにより、深刻な精神的な被害が発生し、これにより周囲の好奇の目に晒され、転居・失職しなければなら なくなるという事態も発生している。

 しかも現在は、テレビ・新聞・雑誌などの影響力は非常に大きく、一度侵害されるとその回復は非常に困難と言わざるを得ない。

 近時、地下鉄サリン事件、神戸連続児童殺害事件、桶川女子大生殺害事件、電力会社女子社員殺害事件などの社会的に注目を浴びた事件に関する取材・報道により、被害者やその家族が深刻な被害を受けたことは記憶に新しいところであり、マスコミ被害の実態を把握し、これに対する対応を検討する必要性は非常に高いと言えよう。

 そこで我々は、犯罪被害者に対し、マスコミの取材報道により困ったことがあるか、あると回答した被害者に対してはその具体的事例の回答を求めるアンケートを実施した。

(1)マスコミ被害の有無について
 まず取材・報道により困ったことがあるか、との質問に対して「ある」と回答した被害者は、およそ30%弱であった。
 アンケートの回答者に地下鉄サリン事件の被害者も含まれているが、同事件や社会的に注目を浴びた事件以外の犯罪被害者に対しても、マスコミにより二次被害が引き起こされている点に着目すべきであろう。

(2)取材について
  取材に関する選択肢として「時間を問わず取材された」「断ったのに取材された」「暴言を言われた」「近所や勤務先、親戚などまで取材された」「同じことを 何度も聞かれる。」を提示した。
 その結果、回答者の50%弱が「断ったのに取材された」、約30%が「同じことを何度も聞かれる」、「時間を問わず取材されたこと」を挙げている。

  これは、犯罪被害者の多数が、事件のことを思い出してしまう、取材されたくない、そっとしておいてほしいとの思いを抱いていることを明らかにするものと言える。

 また、「近所・勤務先・親戚まで取材されたこと」についても、20%強がこれを挙げている。犯罪被害者は、犯罪被害を受けた事実やプライバシーを知られたくない、公にされたくない、との思いを抱くことが多いと言われているが、この結果はそのことを裏付けるものといえよう。
 さらに暴言を言われた、との回答も見受けられる。
 
 具体的には、@未だ捜査中で生死不明の段階にもかかわらず(結果的には死亡していたが)、「もう死んでいる」と言われた例、A「あなたそれでも被害者ですか」と言われた例などが報告されており、B暴言ではないが、葬儀会場の担当者に対し遺族の許可を得たと偽って葬儀会場内の写真撮影しようとした、C告別式の夜、テレビ局のリポーターが遺族宅に押し掛けてきて犯人逮捕に協力した人との対談を強要し、これを断ると、命がけで逮捕したのに感謝しないのかと詰問された、との事例も報告されている。

 このような被害者の感情に配慮しない、思いやりのないマスコミ関係者の発言・取材活動は、二次被害をもたらす大きな要因であり、マスコミは最大限注意が払うべきものと言えよう。

(2)報道について
  報道に関する選択肢として、「報道してもらいたくないのに報道された」「自分が本当に言いたいことを記事にされない」「事件とは関係のないプライバシーを報道された」「話していないことを記事にされた」「実名報道された」「顔写真を報道された」「家などの写真を報道された」との選択肢を挙げたところ、回答者の約50%が「自分が言いたいことを記事にされない」と回答した。

  犯罪被害者がマスコミを通じて意見・心情を述べたいこととマスコミが報道したいこととの乖離が垣間見える。この回答と前述の「あなたそれでも被害者です か」との発言から、マスコミは、犯罪被害者に対し、被害者らしい被害者像を求め、マスコミの報道したいもののみを取材し報道しているのではないか、とも考えられる。

 また、回答者の30%から40%が「実名報道された」「顔写真を報道された」「家などの写真を報道された」「事件とは関係のないプライバシーを報道された」ことを挙げており、犯罪被害者の実名報道禁止の見解に対する賛否を問う質問に 対しては、約30%が賛成、約7%が反対、との回答であった。

 事件報道において犯罪被害者の実名、顔写真、事件とは直接関係のないプライバシーが必要であるかは、議論されているところであるが(宮澤浩一ほか編『講座被害者支援2犯罪被害者対策の現状』(東京法令出版)375頁、九州弁護士会連合会/大分県弁護士会編『犯罪被害者の権利と救済』(現代人文社)221頁など参照)、このように少なからぬ犯罪被害者が実名、顔写真、プライバシーの報道に困惑していること、実名報道禁止に約30%が賛成し、反対が約7%し かいないことから、表現(取材・報道)の自由との関係から微妙な問題をはらんでいるものの、何らかの規制措置ないしマスコミ自らの新たなガイドラインを策定すべきではなかろうか。

2.マスコミからの被害者保護対策

(1)従来、弁護士がマスコミ対策として果たすべき役割は、報道により名誉毀損・プライバシー侵害が生じた場合に、慰謝料などを求める民事訴訟を提起することに重点がおかれていたと思われる。

  しかし、前述のようなマスコミの影響力が多大であり、他方裁判で認容される慰謝料額が、低額であることからすれば、侵害された名誉・プライバシーは事後的救済によっては回復が非常に困難であることは言うまでもない。

 また、以上のようなアンケートの結果を見ると、犯罪被害者は、マスコミの取材攻勢にさらされることにより、多大な精神的負担を負い、二次被害を被る可能性が非常に高いため、この負担を解消する手だてが必要である。又、取材攻勢は事件発生あるいは発覚直後の早い段階から始まることが多いため、弁護士は、事後的な対策に加え、犯罪発生直後の早い時期にこそ二次被害を防ぐための役割を果たさなければならない。

(2) そのための具体的方策として以下のようなものが考えられている(東京弁護士会法友全期会編『犯罪被害者のために〜法律相談・交渉の手引き』62頁、前掲『犯罪被害者の権利と救済』238頁など参照)。

 @弁護士が報道機関に対して受任通知を発送し、取材の交渉窓口を一本化することを伝え、その厳守を求めることが考えられる。これにより、犯罪被害者に対する直接の取材依頼は激減したとの報告例も寄せられている。直接の取材依頼がなくなることだけでも犯罪被害者の精神的負担は軽減されるであろう。

 また記者会見などに出席すること自体、あるいは取材に応じること自体に苦痛を感じる犯罪被害者が少なくない。そこで弁護士が代理人として記者会見などの取材に応じることにより、これを回避することも重要であるといえよう。
  このように、弁護士が犯罪被害者の交渉窓口・スポークスマンとして果たす役割も非常に重要なものといえる。

 Aまた近時、クレサラ事件における違法取立行為の禁止やストーカー被害における「接近禁止」の仮処分の趣旨を活用することが提言されている(前掲『犯罪被害者の権利と救済』240頁)。
 
前述のように事後的救済では回復することが非常に困難であることから、受任通知を無視する報道機関に対して取材行為を禁止する仮処分を申請するこ と、報道前に記事内容が虚偽、名誉毀損、プライバシーを侵害するものであることが判明した場合に報道を禁止する仮処分を申請することも一つの方策であろう。

(3)以上のように、マスコミからの犯罪被害者保護対策として弁護士が果たす役割  は非常に大きいものである。
  しかし、これを犯罪被害者が知ることができなかったり、また早急に弁護士に相談したいにもかかわらず、弁護士にアクセスする手だてを知らないのでは何の意味もない。したがって、犯罪被害者が弁護士に容易にアクセスする体制(各弁護士会の取り組みについては第4章参照)、またその広報活動をしなければならないであろう。

 最後にマスコミの問題ではないが、近時インターネットの普及により、ホームページ上にあらゆる情報が掲載されていることが問題になっている。被疑者少年の実名・顔写真などが掲載されたことは記憶に新しいところである。犯罪被害者 にかかわる情報についてもこれと同様の問題があり、早急に対応すべき問題であることを付言しておく。