| 第5節 被害者の財産的損害の回復 |
| 1.犯罪被害による損害回復の困難性 「被害者の被った財産的損害は回復されるべきである。」との立論を否定する者はいまい。しかしながら、現実には、財産的損害が十分回復されているとは言い難い(加害者側からの被害弁償の支払については2項で、国家による援助救済制度について3項で述べる)。 そもそも加害者には無資力な者が多いが、例外的に、組織的犯罪(暴力団事件、経済事件など)では加害者に十分な資力がある場合もある。加害者に資力があっても、民事上の手続では損害回復が十分とはいえないことを理由に、組織的犯罪について刑事手続における財産的損害の回復システムの構築を図るべきとの論者もいる(高橋則夫「被害者の財産的損害の回復」ジュリスト1163号72頁)が、民事手続を強化することによって対処すべきとの主張もありえよう。 被害者の財産的損害回復を考える上では、民刑分離の思想をどのようにとらえるかが問われることになろう。「犯罪の捜査及び検察官による公訴権の行使は、国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって、犯罪の被害者の被侵害利益ないし損害の回復を目的とするものではなく、また、告訴は、捜査機関に犯罪捜査の端緒を与え、検察官の職権発動を促すものにすぎないから、被害者又は告訴人が捜査又は公訴提起によつて受ける利益は、公益上の見地に立って行われる捜査又は公訴の提起によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず、法律上保護された利益ではないというべきである。」 との最高裁判例(最判平成2年2月20日判例時報1380号95頁)に代表されるような民刑分離論をどこまで厳格に考えるかが問題である。民刑分離の思想を貫けば民事手続の強化を図る方向で、これを緩めれば刑事手続における財産的損害の回復を図ることになろう。 いずれにせよ、被害者の実情を踏まえた検討が必要なところである。そこで以下、犯罪被害者へのアンケートをもとに、損害回復がどれだけ困難であるかについて見ることとし、「加害者による損害回復」「国家による損害回復」の順で論じる。 2.加害者による損害回復 「犯罪の被害を受けた事実をもとにして、何らかの被害補償を受けましたか」との問いに対して、「受けた」との回答は72.1%であり、「受けていない」の15. 8%をはるかに上回っている。 被害補償の受給先については、交通事故の被害者とそれ以外の事件の被害者とでは顕著な差異が認められる。 交通事故の被害者の多数(67.4%)は、加害者からの賠償金を示談金ないし保険による給付という形で受け取っており、他の公的な補償制度からの受給はそれほど高くはない(労災補償8.7%、健康保険・共済6.3%)。 他方、交通事故以外の事件の被害者は、公的な補償制度(犯罪被害者給付金を含む)からの受給と加害者側からの賠償金が同数(それぞれ39.6%)になっている。公的な補償制度は、労災保険が24.5%と筆頭を占めており、健康保険・共済の9.4%がそれに続く。 加害者側からの賠償金の受給の内訳を見ると、示談金(5.6%)、保険による給付(3.8%)は少数であり、破産配当金の割合が比較 的高い(30.1%)。これは、いわゆるオウム関連事件の被害者の回答が多く含まれているからである。一般の犯罪被害者に対して破産配当が存在することはまれであるため、この点を一般化はできないと考えられる。 金額についての満足度は低く、圧倒的多数の者(70.6%)が「不満足」との 回答であった。「不満足」との回答者の自由回答欄を見ると、示談をした者についてみても、「請求額に対して少なすぎる」「相手はもっと払えたはず」との声が寄せられている。 示談をしていても不満足である傾向は、交通事故事件の被害者が顕著であり、「事故車が加害者の所有でなかったため、加害者は全く懐を痛めていない。人間を一人殺して何もなかったかのような生活を送っているのがとても不満」との声に代表される。また、交通事故事件では中間利息が5%とされていること、地域間格差、男女間格差などの問題についても不満の声が挙げられている。 法的に認められた金額に満たない金額しか受領できなかった者、例えば破産配当を受けたオウム関連事件の被害者は、「総額の20%」「医療、衣料、靴、バッグ、休業などなどまるで足りない」「3日以上意識不明。50日間欠勤等に対して44万円しか出ない」などの不満の声が述べられている。 3.国家による援助救済制度 加害者側からの被害弁償がなされない場合は、被害者は、公的な援助救済制度に頼らざるを得ない。公的な救済制度としては、労災保険、健康保険・共済などが存するが、それぞれ制度の趣旨・目的は必ずしも犯罪被害者の救済にあるわけではないので、全ての犯罪被害に対してこれらが十全に機能するわけではない。 犯罪被害からの回復を正面から目的とした制度は、犯罪被害給付金制度以外ない。 犯罪被害者給付金制度を「知っている」が39.7%、「知らない」が60.3% であり、その認知度は低い。 同制度をどのようにして知ったかとの質問に対しては、意外にも「検事」はゼロであった。同制度を広めていくには検察官による適切な告知も必要と思われる。 知っていると答えた回答者の中でも、「申請をした」との回答は16.7%に過ぎず、「申請をしなかった」との77.7%が大半を占めた。また、申請しても支給さ れたとするのは申請数のうちの57%に過ぎず、同制度による支給を受けること自体が難しいことを伺わせる。 事件に関連する経済的損失について、国などに補助を求める項目は、@裁判及び弁護士費用(30.7%)、A治療費(22.6%)、B死亡・休業・後遺障害などによる生活費の減収の補助(20.3%)、の3項目が多数を占めており、カウンセラー料・相談料(10%)、葬儀費(6.3%)を大きく引き離している。 @、Bの項目については、現在被害者のためのみの制度はなく、今後の制度の整備が期待されるところである。Aの項目では、健康保険などの公的制度が既に存在するところであるが、それでも被害者は強い必要性を感じているものであろう。 これらの必要性を満たすには、現在の犯罪被害給付制度の支給額では低額に過ぎ、今後の拡充が求められるところである。 |