第4節 損害の回復
1.犯罪被害者に対する補償の理論

(1)被害者救済の発想の萌芽  
 @犯罪原因を、個人の身体・精神・心理的欠陥に求める「素質学派」に対抗して  、社会・家庭・学校・職場での人間関係や他人との交流に影響され、規範違反の生き方をするようになることが重要であるとする「環境学派」の人々が被害者に注目したのが、被害者と犯罪との結び付きに関する最初である。

 A犯罪により被害を受け、労働力の減退を生じたり、一家の支えを失って、生活困難になった者に対し、国や社会が何ら救済しないと、生活が苦しくなったことにより彼らが罪を犯すことになるという犯罪被害の影響についての解釈が、犯罪被害者保護の発想の萌芽であった。

 B19世紀末〜20世紀初め、犯罪者の社会復帰と被害者の救援を結びつける提案がなされた。その幾つかの提案につぎのようなものがあった。
  a.刑の執行猶予の条件として被害者への賠償を命令する制度。
  b.罰金のほか刑務作業の報酬の一部等を積立て、「罰金金庫」を作り、その    運用益から被害者に金銭的援助をする構想。

(2)刑事法の犯罪者処罰の思想 簡単に整理すると刑事法にはつぎのような考え 方の流れがある。
 @19世紀初め、自由主義的国家観に基づき、「処罰する国家」からその刑罰権を法律で抑制することによって、「処罰される犯罪者」の権利を国家権力から守るとの考え方が確立されていった。

 A「受刑者としての犯罪者」や「現実に執行される刑罰」の内容は、19世紀を通じて関心の外であった。

 B20世紀になり、「刑罰を通じての社会復帰」を考える学者が現れ始めた。    しかし、なお20世紀の前半では「処遇のための矯正施設」の人的・物的充実のための財政上の余裕はなかったため、実際の処遇改善を計ることは困難であった。この点が重視され、実際の政策となっていったのは、ごく最近のことである。

(3)被害者の科学と被害者補償
 @1948年ハンス・フォン・ヘンティッヒは「犯罪者とその被害者」を刊行し、被害者にも犯罪発生の原因となる問題性があるとして、加害者・被害者の関係を現実の事件展開に印して、具体的・科学的に研究することを提唱した。

 A被害者の問題性を科学的に研究することを体系化したフォンティッヒの仮説は、プリミティブなものであったが、その後、多くの賛同者を得て、1970年代国際的潮流となっていった。

 Bこの動きとパラレルに「犯罪被害者補償制度」が展開される。
 1957年、英国のマージュリー・フライ女史が「被害者のための正義」をオブザーバー紙上に載せ、加害者に刑罰を課しても、被害者への打撃は治癒されないとし、現状は犯罪被害者に不正義であると主張した。

 C英国1959年版白書「変わりゆく社会への刑罰実務」では、「刑罰による抑止」と「訓練による改善」に「被害者への賠償」の概念が加われば、刑罰制度はより大きな道徳的な価値を見出し得ると述べている。

 D こうした考え方から、1963年ニュージーランドで初めて「犯罪被害者補償制度」が設けられたのを皮切りに、各国で犯罪被害者に対する補償の制度が設立されていった。イギリスでは1964年に内務省による「犯罪被害者補償要綱」が定められた。アメリカ合衆国で最初に犯罪被害者補償制度を定めたのは1965年カリフォルニア州であり、ついでニューヨーク州で実施、92年にメイン州で法制定され全米に整備された。
 カナダでは、1967年サスカチュワン州で制度がつくられ、その後被害弁償命令を言い渡すことを法定したり、罰金の15%を上限とする被害者補償プログラムのための基金への支払を被告人に課す法律が成立している。

 Eさらに70年代になると、スウェーデン・オーストリア・フィンランド・西ドイツ・オランダ・フランスと犯罪被害者への補償制度が設立されたが、そのなかには社会保障的観点に立ち困窮(ニード)を支給要件とするものもある。フランスで創設された「国家補償制度」では、死亡または重大な身体障害につき、経済的困窮状態にあるフランス人に最高15万フラン(1986年から40万フラン)の補償を行うものであったが、その後、順次犯罪の範囲を拡大する一方、経済的要件を緩和し、後にこの要件は撤廃されている。

 Fアメリカ合衆国において、被害者の地位を回復し、被害者の権利を保障・強化しようという動きが「被害者の権利運動」として展開されるようになってきたのは、1970年代以降である。そして、このような被害者運動が盛んになっていった背景として、「公民権運動」「女性運動」の発展の他に犯罪統制の強化を支持する保守的な「法と秩序運動」の影響を指摘することができる。特に1980年代に入ると、レーガン共和党政権の保守的政治の傾向から、刑事司法立法や刑事政策の運用において犯罪統制モデルに依拠した動きがみられ、犯罪被害者の権利の拡大の反面、刑事被疑者・被告人・受刑者に対する重罰化・権利制約的なモデルへの傾倒が顕著になっていった。

 G1982年レーガン大統領の下に設置された「犯罪の被害者に関する大統領特別委員会」は最終報告書で68項目の勧告を行った。

 その一部は、
 a.逮捕後の被疑者の拘禁(保釈の否定・予防拘禁)、
 b.逮捕・予審・公判に遅滞を生じないこと、
 c.有罪答弁取引の是非は被害者の決定に任せること、
 d.弁護士による被害者の反対尋問は最小限保障される、
 e.証拠排除法則の廃止、
 f.被害者の量刑への参加などであった。

 この報告書の勧告を反映して、合衆国はつぎの被害者関係法を立法している。  1982年「被害者及び証人の保護に関する法律」=判決前調査書に「被害影響調査(VIS)」を導入、「被害弁償」を独立の刑罰として採用
 1984年「犯罪被害者法」(包括的犯罪統制法の14章)=犯罪被害者補償プロブラムなどのために補助金助成の「犯罪被害者基金」を創設した。財源は連邦犯罪の罰金、有罪判決を受けた者に追加的に科される刑罰賦課金、没収された保釈金などからなる。

 Hさらに、アメリカ合衆国では被害者の権利を章典として法律化する動きが拡大し、1990年犯罪統制法にその規定が設けられた。さらに、各州において州憲法を修正して被害者の権利を法定する動きが起こり、1998年末までに33州において修正が行われた。ただし、オレゴン州では州最高裁で被害者権利規定が違憲とされている。なお、連邦憲法に関しては、憲法修正案が議会に提出されたものの1999年末現在未成立となっている。

2.犯罪被害の回復

(1)犯罪被害の実態犯罪による被害は、概ね生命・身体の被害、財産上の被害、性犯罪による被害、交通事故による被害などと分けることができる。さらにこれらの被害はその回復の観点から、被害前の現状の回復と被害後の影響による事後の損害の回復に分類できるほか、被害の性質によって財産上の損害、精神的な損害に分けることができよう。これらの犯罪被害の分類は、例えば財産上の被害の窃盗・恐喝・詐欺をとってみても、単に被害前の原状を回復し、財産上の損害を補償すればよいものではなく、被害後の影響による物質的・精神的な損害の回復が対象となるもので、相互に複合的な関係を有するものである。

 特に、精神的な損害は、その回復を一般化して評価する場合、これを経済的な金額に転換するしか方法がなく、その極端な例が交通事故などの慰謝料の定額化に現れている。交通事故以外でも被害者から見て、慰謝料という金銭評価がその被害感情にそぐわない場合が多いのは弁護士など実務家のよく経験するところである。

 最近、犯罪その他の重大な危険を生ずる事象によって生じるストレスが、その後相当期間にわたって精神的な影響を与える「心的外傷後ストレス障害」=PTSD(ポストトラウマチックストレスディスオーダー)が論ぜられている。ICD−10やDSM−WによってPTSDが精神医学界によって認知されたことは、大きな前進であるが、問題はこれを損害との関係で定型化することの是非であると思われる。

(2)犯罪被害回復の方法−民事訴訟の実効性はあるか損害の回復は、その損害を与えた加害者本人が賠償するのが原則である。そこで、犯罪の加害者に対しては民事上の損害賠償の責任を負わせ、被害者は加害者の資産、資力によってその損害回復を計ることが本筋であるとする。

 その方法は、現状では被害者が請求を行い、最後には民事訴訟によることが順序となってくる。しかし、民事訴訟の原則は原告被害者がその責任原因などすべての立証責任を負うことになっている。ごく最近まで、確定前の刑事事件記録が証拠となることが困難であった。ようやく最近の法改正で若干の手当がなされ、刑事裁判所に提出された記録のうち一定部分が早期に民事訴訟で利用できるようになったが、しばらく運用を検証しないとその評価は判明しない。

 他方、英・米では刑事判決の一種として、弁償命令の制度がある。その効果について、有効か否かの一義的な判断は困難である。
 実際、犯罪加害者の多くは賠償すべき資力に欠けるのが一般で、訴訟による判決の実効性は一般に低いものと認識して、大きな誤りはない。なお、消費者被害の回復率は経験的に極めて低い。オーム真理教団のサリン事件などでは管財人の手腕などにより配当率の増加を計っているが困難が山積している。

(3)犯罪被害者保護法による刑事手続における民事上の和解と被害回復   今回の犯罪被害者保護法によって、「刑事手続における民事上の和解」の制度が認められた。これは、被害者・加害者間に刑事事件にかかる示談が成立した場合、当事者が公判期日に出頭してその内容を公判調書に記載することによって、これに裁判上の和解と同様の効力を持たせ、強制執行が出来るというものである。確かに刑事事件の示談の中にはその履行が確保されないケースが希ではない。この意味で示談に執行力を認める本手続の立法が被害者に被害回復の可能性を担保させたことは評価されよう。しかし、問題は刑事事件の加害者には弁償可能な資力を有する例が極めて希であろうと容易に推測できることである。

 強制執行は民事手続であり、被害者が自らその手続を申し立てる必要がある。また刑事和解だからといって特に何らかの優先権を付されるものでもない。和解の不履行自体は判決後控訴でもされない限り量刑に反映されず言い渡された刑の執行に影響を及ぼすものでもない。
 その意味で、刑事和解制度が犯罪被害の回復に有効であるか疑問であるが、それでも相当の事件では損害回復の履行確保にプラスとなる可能性があり、今後の推移を見守りたい。

(4)行政訴訟による犯罪被害の回復行政に対して、損害の回復を請求することは効果があるであろうか。犯罪被害について行政の責任を問う根拠は、多くがその犯罪行為を制止すべき義務を行わないという不作為の違法を理由とする。しかし、国家賠償法に基づく被害請求のほとんどは認められていない。豊田商事の商法を、違法と認識しながら何ら規制の措置を講じなかったとして警察などを訴えた請求があるが、すべて棄却されている。

 不作為の違法を認め、警察に損害の賠償を認めた判例は、旧陸軍の漂着砲弾の存在を知りながら放置した警察の違法を認めた新島砲弾爆発事件(最判昭59.3.23)及びナイフで客を脅したとして連れてこられた者をそのまま帰したため、その後連れていった店の支配人がそのナイフで刺された事件で、警察がナイフの一時保管の措置をとらなかった違法を認めたナイフ保管懈怠事件(最判昭   57.1.19)くらいしかない。

 犯罪行為は、これを規制すべき一般的な責務が警察などにあったとしても、特定の不作為がその犯罪の抑止を妨げたと立証するのは、被害者・原告にとっては極めて困難である。例えば、通り魔犯罪や暴力団抗争に巻き込まれた被害者は、警察などがどのような抑止行為を取り得たのか、事後的に検証する方法がないからである。前記ナイフ保管懈怠事件は、最初の連行者と被害者が同一人であるために、警察の不作為が特定できた事案で、普通はこのような関連性が判明しない。特に行政訴訟一般が原告市民の有利に解決する例が少ない現状では、犯罪被害一般に現行法での行政の責任を問う方法は、有効性が否定されざるを得ない。

(5) 犯罪被害者補償制度の拡充
 犯罪被害者は泣き寝入りせざるを得ないのか。そうではない。わが国においては犯罪被害者等給付金支給法が昭和55年に成立している。他方、交通事故被害については昭和30年成立した自動車損害賠償保障法が機能している。後者は保険制度を中核とした共済という仕組であるが、前者は犯罪被害者に対し、国が行う給付事業である。

 1985年の国連被害者宣言でも「重大な身体的・精神的被害を受けた被害者が加害者から十分な賠償を得られない場合、国が基金などを設立し、経済的補償を行うよう努力すること」が宣言されている。
 すなわち、犯罪被害者はその被害回復のため、国に対して経済的補償を求めることができ、その補償の範囲を飛躍的に拡大することを請求できるのである。

3.世界の被害者補償制度

(1)アメリカ合衆国
 アメリカにおける犯罪被害者保障制度は、1984年犯罪被害者法による連邦の犯罪被害者基金から各州の犯罪被害補償プログラムおよび被害者支援プログラムなどに補助金交付されて運営されている。
 犯罪被害者保障制度は、1965年カリフォルニア州で始まリ(注1、注2)、現在すべての法域で設けられている。この制度は、原則として犯罪による財産的損害は対象とならないが、カウンセリングなどを含む医療費、身体的傷害による賃金、殺人の場合葬儀費用および被扶養者の生活費などを補償の対象としている。
 1996年において11万人以上の犯罪被害者が総額2億4000万ドルの補償を受けており、その補償額の上限は大半の州で1万5000ドルから2万5000ドルである。

 (注1)Victim of Crime Claims(犯罪被害者請求)「州規制委員会が担当。犯罪によって生じた経済的損失の補償を行う。範囲は、医療費・カウンセリング費用・休業補償・経済的援助・葬式埋葬費用・職業再訓練費用であり、個人的な財産被害・精神的被害は対象外。最高額は4億6000万ドル」

 (注2)地方検事局内の被害者援助プログラム「カリフォルニア州は窮乏状態にある暴力犯罪被害者のための基金を有し、医療費・損失保障・賃金の保障・リハビリ費用は支払えるものの、その手続が複雑で、時間がかかり、また被害者がその保障条項の存在を知らないおそれがある。そこで地方援助センターに対する資金援助を通して必要な援助を提供する意図」

(2)イギリス
 イギリスでは1964年犯罪被害者補償制度が発足し、以来その対象 を拡大してきている。1995年犯罪被害補償法が成立し、現行制度として運用されている。この制度は暴力犯罪の被害者が加害者に対する民事訴訟で得られるべき補償を、国が肩代わりする制度である。補償の対象は、身体的・精神的な傷害、休業中の補償、医療費である。現行制度は傷害のレベルを25段階に分け、程度によって自動的に補償金額が決定される。遺族に対しては、見舞金、扶養家族に対する収入補償、葬儀費用が支給される。

 犯罪被害者補償局に申請することによって、通常12ケ月以内に審査が終了する。申請者には補償の可否、金額が通知され、不服があるときはさらに上位の機関に審査を求めることができる。補償給付金額は、2000ポンド未満が半数を越えるが、1万ポンド以上の場合も存在する。

(3)ドイツ
 ドイツの被害者補償法は社会保障の一環をなすものとして被害者補償を把らえている。違法な故意の暴力的攻撃による健康上の被害に対し、州または連邦が一定の補償を行うこととされている。犯罪被害による傷害・疾病の治療および職業上のリハビリの費用が支給され、6ケ月以上25%を上回る収入能力の減少を生じた場合その程度に応じた年金が支給される。重大な収入減の場合、扶養の義務を考慮され、また被害者死亡の場合は遺族年金が遺族に支給される。

(4)フランス
 1977年犯罪被害者補償制度が導入され、数次の改正により拡充されてきた。犯罪被害者補償委員会が審査・決定し、犯罪被害者補償基金が支払を行う。死亡や重い障害による1か月以上の労働不能、強姦などによる精神的損害を含む損害に対して限度額なしの補償を受けることが可能である。一方、1か月未満の労働不能および財産上の損害は、他に補填の手段がなく、被害者が経済的困窮にある場合に、範囲内の金額が補償される。また、これらについて仮払の決定をすることができる。

(5)韓国
 1988年施行された犯罪被害者救助法がある。同法は、生命・身体を害する犯罪行為で死亡した者の遺族または重障害を負った被害者が、加害者の無資力または不明により被害の賠償を得られず、その生計の維持に困難な事情がある場合に、犯罪被害救助金を国が支給することを定める。
 最近の年間支給決定件数は約50件、支給総額は3億ウオン〜5億ウオンである(1997年50件、4億7200万ウオン)。

(6)カナダ
 カナダは10の州と3つの準州からなる連邦国家であり、刑事法典は連邦法であるが、刑事司法制度とその運営は各州で違いがみられる。犯罪被害者補償制度は、1967年サスカチュワン州で導入された後、大半の州で同様の制度が施行された。暴力犯罪の被害者を対象とし、財産犯の被害者は除外されている。被害者の逸失賃金や死亡被害者の被扶養者の生活費も一定の限度で支給される。

(7)オーストラリア
 オーストラリアも連邦国家で、各州ごとに独立した刑事司法制度を有している。したがって、犯罪被害者補償制度もそれぞれの州によって特色を持ったものとなっている。しかし、オーストラリアは犯罪被害者対策に熱心な国で、1967年ニューサウスウェルズ州を皮切りに、各州とも補償制度を設け、その補償内容も次第に拡充してきている。
 補償内容であるが、1993/94会計年度の次の2州の支給者数・補償総額は、ニューサウスウェルズ州で5836人・6100万ドル、南オーストラリア州で1083人・1340万ドルであった。

 1997年のビクトリア州では、同年、新法による犯罪被害者支援審判所が設立されており、新旧両制度による支給対象者が混在しているが、合計で5891件・4540万ドルとなる。ビクトリア州の新法では心理的な被害に対する手当てが含まれ、被害者立ち直りの支援のための補償へ方向が転換された。補償は、一次被害者(直接の被害者)と近親被害者(死亡した被害者の近親者)を対象とするほか、二次被害者として犯罪を目撃したなどの間接被害者・18歳未満の一次被害者の保護者などを新たに対象者として新設している。

(8)ニュージーランド
 ニュージーランドは、1963年犯罪被害者補償法を制定し、世界で初めて被害者補償制度を導入した。その後、交通災害や労働災害にも国家災害補償制度が創設され、犯罪被害者補償法は1974年にこの国家災害補償制度(accidentcompensation scheme)に統合されている。
 したがって、暴力犯罪に限らず、何らかの災害・事故によって経済的援助が必要とする者が補償の対象になっている。この制度では、財産犯罪による財物の損失は補償の対象にならない。しかし、身体的被害の回復にかかる費用やリハビリテーションに要する費用、被害から職場復帰までの収入補償などは支給される。

4.わが国における犯罪被害者補償制度の拡充

(1)犯罪被害者等給付金支給法の性格
 犯罪被害者等給付金支給法(以下、犯給法という)は通り魔犯罪被害者遺族の運動や三菱重工ビルなどの爆破事件の被害者の窮状から、1981年に施行された。犯給法は、人の生命・身体を害する故意の犯罪により、死亡した者の遺族または重障害を受けた者に対し、国が給付金を支給するというものである。
 これは加害者に資力がないため、犯罪被害を受けた被害者の損害が回復されないことに対し、社会的に気の毒な立場にあるとして見舞金を支給する制度であり、国や社会の責務として被害者に対し損害回復の権利を認めたものではないと説明されている。

 犯給法が一部の被害回復の困難な被害者に恩恵をもたらしていることは認めるものの、権利性の点が他の社会保障関係法にも及ばないという批判がある。社会一般に存在する犯罪現象によって被害を生じている点を根拠に、損害賠償請求の権利性を明記した新たな補償立法を目指す動きがある。

(2)犯罪被害者など給付金支給法の問題点
 犯給法は給付要件が厳しく、その対 象範囲が極めて狭い。
 すなわち、犯給法は殺人、傷害など一定の故意の犯罪による死亡、重傷害を給付対象とし、これ以外の傷害などを対象外としている。
 第一の関門は事故が「故意による犯罪によるものか」である。加害者が特定され、事件として立件されれば、一応故意犯罪と認められようが、それ以前に捜査中であったりすると、故意犯罪の要件が否定される可能性があり、これを要件とすることの是非が問題である。今では故意犯罪であることを疑わない松本サリン事件などが故意犯罪の要件を満たすか否か問題となった経過がある。
 また、第二に対象となる後遺障害の範囲が狭いという問題がある。1999年に後遺障害の範囲をそれまでの障害など級3級までを4級までと広げたが、4級の障害は「両眼の視力0.06以下、両耳の聴力全損、1上肢をひじから喪失、1下肢をひざから喪失」などと、かなり高度な障害であって、これ以下のものは支給対象になっていない。
 さらに第三の問題は、被害者が加害者から相当額の賠償を受領したり、労災その他の補償を受け取ると、犯給法の給付金は受け取れないことである。例えば地下鉄サリン事件被害者のうち犯給法の支給を受けている者は一部であり、かつオウム教団の破産配当を受領することが相当額の賠償を受領したことになってしまうかという問題が生じている。

 第四に、給付金の額が充分ではないという問題がある。現在、被害者一人当りの遺族給付金は220万円〜1079万円、障害給付金は230万円〜1273万円である。交通事故の自賠責で、過失による死亡・後遺障害について最高3000万円の保障があることと比較し、均衡を逸しているのではないか。
 第5に、被害者が受傷直後必要とする治療費その他の緊急な支出についての手当が存在しないという問題がある。受傷直後の緊急医療は被害者にとって必須であるが、その費用は、加害者が特定されていてもその資力がなく、被害者の負担となっているのが現状である。治療費の他にも搬送費・通信連絡費・家族の付添費・不幸にして亡くなったときの葬儀関係費用などの犯罪被害者が緊急に支出を迫られる費用があるが、これら緊急費用の補助が犯給法でなされないままでよいのであろうか。

 なお、犯給法の支給金の支給実績をあげると、1981年から1999年までの累計で総額92億6000万円(遺族給付金89億1300万円、重障害給付金3億4700万円)、支給決定を受けた人数は3962人、1被害者当りの平均支給裁定額は約366万円であるという(資料23)。

(2)犯罪被害補償法による給付対象と給付内容の抜本的拡大
 犯罪被害者等給付金支給法は、その基本的性格が犯罪被害者にその損害の回復を国や行政に対して請求する権利を認めるものではなく、あくまでその被害の深刻であることに対して国が見舞金を支給するという性格と説明されている。
 しかし、最近の犯罪情勢や犯罪による被害の増大は、国や行政に犯罪の原因を取り除く責任があることを明らかにし、あるいはその犯罪による被害を被害者一人に帰し、その損害を被害者だけが被っていることについて、国や行政が何らかの対応をすべきであることを示している。この観点から、犯給法を抜本的に改め、犯罪被害の回復について国や行政の責任を認め、犯罪被害者が国や行政に積極的に犯罪被害による損害の補償を請求できる権利を明確にした『犯罪被害補償法』を新たに立法することが望ましい。

 その際、前記の問題点については抜本的に改革し、給付対象と給付内容を飛躍的に拡大するべきである。
 その内容や対象は、改めて議論が必要であるが、わが国における支給実績では給付人数が極めて少なく、少なくとも年間の支給数が数千人の規模に達する必要がある。また、支給金額の点でも自賠責並の給付額に改定することは焦眉の急と思われる。

 さらに、危機介入段階での必要経費、例えば医療費や精神的介助の費用、当面の生活に必要な実費、連絡費用、もし不幸にして死亡に至った場合の葬儀関係費用などを支給することも充分検討される必要がある。さらに、障害など級4級に止まっている障害給付金の支給対象者については、後遺症が認められる全犯罪被害者を含めるものとし、また通常の治療を要する犯罪被害者にも一定の給付金を支給するとすべきであろう。事件の内容では、故意犯罪に限定する必要はなく、交通事故との調整は必要としても、過失犯罪を除外する理由は特に見当たらない。