| 4 名護市 (沖縄県) 米軍ヘリ基地建設 (1)沖縄県名護市 沖縄県名護市は、 人口約5万5000人を擁する沖縄本島北部の中核都市である。 沖縄の本土復帰の前年である70年8月に、 当時の名護町、 屋部村、 羽地村、 屋我地村、 久志村が広域合併して成立した。 このうち旧久志村の地域である久志地区は、 太平洋に面した地域で、 沖縄本島のいわば反対側に当たる東シナ海に面した名護市中心部 (旧名護町の地域) とは、 名護岳や久志岳と言った山々によって隔てられている。 山地と海との間の僅かな平地に、 久志、 豊原、 辺野古、 二見と言った13の行政区が続いている。 人口は約4,400人で名護市全体の約8%に過ぎず、 名護市の中でも相対的に発展性のなかった地域であることは否めない。 もっとも、 久志地区の行政区の一つ辺野古区には、 米軍基地キャンプ・シュワブが建設され、 一時期はそれなりに賑わったが、 近頃はさほどでもない。 こうした名護市に、 米軍ヘリポート基地建設の問題が起き、 住民投票が実施されるに至ったのである。 (2)住民投票条例制定運動が起こった原因 95年9月の少女暴行事件に端を発した沖縄県民の米軍基地に対する運動は、 翌96年9月の県民投票に結実するが、 この運動に押されて日米両政府が設置したSACO (沖縄における施設及び区域に関する特別行動委員会) は、 普天間基地を代替施設の確保を条件に全面返還すると発表した。 この代替施設の建設予定地の候補として名護市辺野古沖のキャンプ・シュワブ水域が挙がっているとの報道を受け、 名護市では2回に渡って 「名護市域への代替ヘリポート建設反対市民総決起大会」 (主催は同大会実行委員会、 実行委員長は比嘉鉄也名護市長、 実行委員会構成団体は名護市・市議会・市区長会・市教育委員会・市商工会・市婦人会・市老人クラブ連合会・市PTA連合会・自治労名護市職労・北部地区労・連合北部地協の11団体) が開かれた。 また、 市議会でも全会一致による2回に渡る反対決議がなされた。 ところが、 96年12月に発表されたSACOの最終報告書は、 普天間基地の代替施設を沖縄本島東海岸沖に作ることを明記するに至った。 そして、 97年4月18日、 比嘉市長は、 防衛施設庁による名護市辺野古沖における代替施設 (海上ヘリポート基地) 建設のための事前調査を容認する旨を、 初めて記者会見で正式に表明した。 「市民総決起大会」 の実行委員長をやり、 一応市民の反対運動の先頭に立っていた比嘉市長が、 突如として代替ヘリポート基地容認に転じたことは、 名護市民に対する重大な裏切りであると受け止められた。 こうした比嘉市長の裏切り行為に対し、 「大切なことは市民みんなで決めよう」 と住民投票条例を制定させる運動が始まった。 (3)住民投票条例制定運動を担った組織 地元の名護市辺野古区民がまず立ち上がり、 海上ヘリポート基地に反対する最初の住民運動団体として、 97年1月27日に 「ヘリポート建設阻止協議会 (命を守る会)」 が結成された。 しかし、 辺野古の人たちの中には、 当初は市民投票をしようという動きには反対の考えを持っていた人がかなりいた。 名護市の中心部の人たちは、 海上ヘリポート基地は久志地区の問題と考え、 自分たちは基地の影響を直接は受けないだろうと思って無関心だろうし、 こういう中で市民投票をやっても、 久志地区が他の地区の人たちに見捨てられるような結果になるのではないかということを危惧していたとのことである。 ところが、 4月28日に、 名護市の中心部において、 「ヘリポート基地を許さないみんなの会」 が結成され、 住民投票についての講演会や勉強会を数多く開催した。 こうした中で、 辺野古の人たちも、 名護市の他の地域の人々と力を合わせて、 住民投票を成功させ、 ヘリポート建設を阻止しようと考えるようになった。 そして、 6月6日、 「ヘリポート建設阻止協議会 (命を守る会)」 や 「ヘリポート基地を許さないみんなの会」 などが中心となって、 「ヘリポート基地建設の是非を問う名護市民投票推進協議会(推進協)」 が結成された。 なお、 当初、 市民投票を推進しようとする人々は、 住民投票条例制定運動を担う組織を作るに当たり、 比嘉市長の事前調査容認表明後も明確に海上ヘリポート基地に反対を表明している団体だけではなく、 かつて 「反対市民総決起大会」 の実行委員会を構成していた団体にも参加を呼び掛け、 海上ヘリポート基地反対のための市民投票ではなく、 海上ヘリポート基地の是非を問う市民投票を中立の立場から推進する組織を作ろうとした。 しかし、 当初から市民投票推進の立場にあった労働組合を除く、 他の構成団体からは参加の返答はなかった。 こうした経緯により、 「推進協」 は、 反対の立場を表明していた21団体のみによって結成されることとなった (ヘリポート建設阻止協議会 (命を守る会)、 ヘリポート基地を許さないみんなの会、 ヘリポートいらない名護市民の会、 一坪反戦地主会北部ブロック、 名護民主商工会、 名護市平和委員会、 新日本婦人の会名護支部、 沖縄平和運動センター北部支部、 北部地区労、 連合北部地協、 自治労北部総支部、 自治労名護市職労、 全医労沖縄愛楽園支部、 社大党名護支部、 社民党名護支部、 日本共産党北部地区委員会、 公明名護支部、 市議会会派・社大クラブ、 同・社会改新の会、 同・日本共産党、 同・清水会の21団体で構成)。 (4)住民投票条例制定までの経過 「推進協」 は、 市当局や市議会与党が市民投票に否定的な態度を示していることから、 有権者総数の50分の1以上の署名を集めて条例制定の直接請求をしても、 市議会で否決されるだけであろうと考え、 議会の解散や市長や議員のリコールを請求できる3分の1以上の署名を集めようと、 目標を13,000人とした。 1カ月の署名収集活動期間中に、 目標を超える19,735人分の署名が集まった。 選挙管理委員会の審査の結果、 有効署名は17,539人となった。 9月25日、 比嘉市長は、 「推進協」 から提出された原案に、 「二者択一」 を 「四者択一」 にするなど、 多くの修正案を盛り込んだ意見書を添付して、 市議会に付議した。 そして、 10月2日に、 住民投票条例案は比嘉市長が付した意見書にほぼ沿う形での修正が加えられたうえで、 市議会で多数を占める市長の与党側の議員の賛成で可決された。 この点について、 今回の聞き取り調査で、 「推進協」 で活動した人は、 「四択にすれば、 条件付き賛成で切り抜けられると考えたのではないか。 四択にされても、 リコールというわけには、 住民運動としてできなかった。」 と話している。 (5)住民投票条例の内容 名護市の住民投票条例 (正式名称は 「名護市における米軍のヘリポート基地建設の是非を問う市民投票に関する条例」 以下、 本条例という) は、 こうして大幅な修正を加えられたうえで制定されたが、 そのポイントは次のとおりである。 まず第1に、 原案は賛成・反対の 「二者択一」 だったが、 次のとおりの 「四者択一」 にされた (本条例11条1項)。 @ 賛 成 A 環境対策や経済効果が期待できるので賛成 B 反 対 C 環境対策や経済効果が期待できないので反対 第2に、 住民投票の効力については、 「市長は、 ヘリポート基地の建設予定地内外の市有地の売却、 使用、 賃貸その他ヘリポート基地の建設に関係する事務の執行に当たり、 地方自治の本旨に基づき市民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の意思を尊重するものとする。」 となっている (本条例3条2項)。 この条項の最後の部分は、 原案では 「尊重して行うものとする」 となっていた。 これが単に 「尊重するものとする」 と変えられたわけで、 微妙に市長の尊重義務を弱めたニュアンスになっていると言える。 なお、 これに関連して、 原案には 「市長は、 市民投票の結果を速やかに沖縄県、 日本政府及びアメリカ合衆国政府に通知するものとする。」 という条項が入っていたが (原案3条3項)、 これは全文削除されている。 住民投票の効果として、 その地方自治体の首長に権限のない事項を対象にしても、 その対象事項について権限を有する機関に対し、 首長が住民投票の結果に従った意思表明をせざるを得なくするという点が考えられることからすると、 この削除された条項は、 住民投票の効果を考えるうえで、 大きな示唆を与えるものと言える。 第3に、 投票資格者については、 原則として名護市の選挙人名簿に登録されている有権者となっている (本条例6条)。 今回の聞き取り調査での本条例の原案の作成に関与した方の話では、 義務教育を終えた者 (16歳以上) にも資格を与えることも考えたが、 期間的に間に合わなかったので、 選挙人名簿ですることにしたとのことである。 なお、 沖縄には定住外国人は少ないので、 特に問題にしなかったとのことである。 (6)住民投票へ向けての運動 本条例が成立した翌日の10月3日、 「名護市活性化促進市民の会」 (建設業協会、 商工会、 軍用地主会、 社交業組合、 漁業組合など名護市内の28団体で構成。 97年9月2日結成) は、 市民投票で 「環境対策や経済効果が期待できるので賛成」 (条件付き賛成) に○印を、 という運動を行うと発表した。 これに対して、 海上ヘリポート基地に反対の立場を表明していた団体は、 10月17日、 「推進協」 を発展的に解消し、 市民投票に向けて海上ヘリポート基地反対の投票を訴えるため、 「海上ヘリポート基地建設反対・平和と名護市政民主化を求める協議会 (反対協)」 を結成した。 こうした中、 比嘉市長は、 従来98年1月中旬に市民投票を実施するとしてきたものを (本条例には、 市民投票は平成10年1月18日までに実施すると規定されていた (3条1項))、 突如97年12月21日に実施すると表明した。 このことについては、 海上ヘリポート基地反対派の態勢が十分でないうちに市民投票をやってしまおうという思惑が働いたと言われている。 名護市における住民投票運動期間に特徴的なことは、 一つには、 不在者投票が投票総数の約20%に達したということである。 これは、 出勤してきた社員をそのまま不在者投票所につれて行って投票させるなど、 企業ぐるみの活動がされた結果ではないかと言われている。 もう一つは、 中央政府が一地方自治体の住民投票に、 露骨と言って良い干渉をしたことである。 市民投票告示日 (12月11日) の直前に、 政府が沖縄県北部地域と名護市の 「振興策」 なるものを発表したり、 防衛庁長官名で自衛隊員に対し名護市在住の知人に声を掛けることを指示したり、 那覇防衛施設局が200〜300名の職員を動員して海上ヘリポート基地への理解を求めるための戸別訪問をさせたりした。 海上ヘリポート基地建設容認の立場を採る人たちは、 こうした政府の動きを受けて、 「振興策」 を得るために海上ヘリポート基地を受け入れようと呼び掛けた。 一方、 これに対して 「反対協」 に結集した人たちは、 「振興策」 なるものの問題点や、 一時的な 「振興策」 よりも平和な名護市を、 と訴えた。 つまり、 名護市民投票運動の争点は、 海上ヘリポート基地建設に賛成か反対かということではなく、 「振興策」 を得るために海上ヘリポート基地を受け入れる (すなわち、 条件付き賛成) か、 あくまで海上ヘリポート基地反対を貫き通すかということにあったのである。 これは、 住民投票を求めた人たちの意図したことではなかった。 しかし、 沖縄県民は先の県民投票に示されたように、 基本的に基地の建設拡張には反対であり、 海上ヘリポート基地建設を推進しようとする人たちは 「振興策」 をちらつかせることによって、 条件付き賛成に投票させ、 何とか市民投票を乗り切ろうとしたのでないかと、 今回の聞き取り調査で 「反対協」 で活動した人は語っている。 なお、 名護市の 「振興策」 なるものが打ち出されたのには、 「振興策」 の恩恵だけを受けて海上ヘリポート基地による直接の影響を受けない名護市の久志地区以外の地域と、 海上ヘリポート基地による被害だけを受けて 「振興策」 による恩恵はあまり期待できない久志地区とを分断しようという狙いがあったのではないかとも言われている。 こうした狙いに対し、 市民投票日前日の12月20日、 「ヘリ基地いらない二見以北10区の会」 (久志地区の13行政区のうち久志、 豊原、 辺野古を除く二見より北にある10の行政区の住民によって10月12日に結成された) やその女性部である 「ジャンヌ会」 などが、 名護市の中心街で 「道ジュネー」 (デモ行進) を行い、 「久志の地域を犠牲にしないで下さい」 と訴えたことは、 名護市民の心を動かし、 市民投票の結果に大きな影響を与えたとのことである。 (7)住民投票の結果 97年12月21日、 名護市民投票が行われ、 即日開票された。 その結果は次のとおりであった。 投票総数 31,447票 (投票率82.45%)
(8)住民投票後の経過 97年12月24日、 比嘉名護市長は首相官邸で橋本総理大臣と会見して海上ヘリポート基地受け入れを表明し、 翌25日辞任した。 比嘉市長の辞任に伴い、 98年2月8日、 市長選挙が行われた。 「反対協」 に結集していた団体は 「ヘリ基地反対・市民が主人公の明るい名護市をつくる会」 を結成し、 玉城義和氏を市長候補に擁立した。 しかし、 玉城氏の得票は、 市民投票で海上ヘリポート基地反対に投じられた票に達せず、 落選した。 このことについて、 今回の聞き取り調査で玉城氏を押した人は、 対立候補の岸本建男氏は、 海上ヘリポート基地問題を市長選挙の争点からはずすために、 海上ヘリポート基地建設については知事の判断に従うと言っていたところ、 投票日直前の2月6日に大田沖縄県知事が海上ヘリポート基地に反対の意思を表明したため、 名護市民はこれで海上ヘリポート基地問題は解決したと考え、 地域振興等を考慮して岸本候補に投票するに至ったのではないかと語っている。 こうして名護市長となった岸本氏は、 もともとどちらかと言えば海上ヘリポート基地を容認しようとする人たちの支持を受けて市長選挙に立候補したこともあり、 その後行われた沖縄県知事選挙において知事が大田昌秀氏から稲嶺恵一氏に変わるという情勢の変化に伴い、 次第に海上ヘリポート基地容認の姿勢を強めていった。 こうしたことを見ると、 ある特定の争点に関して住民投票で示された民意が、 他の様々な問題も争点になり得る首長選挙によって、 事実上覆される結果となったとも言える、 名護市民投票のケースは住民投票を行うことの意義について重大な問題を投げ掛けていると言える。 (9)名護市民投票裁判 こうした住民投票の問題点を正面から裁判で問うたのが、 名護市市民投票裁判である。 98年1月20日、 名護市民504名が名護市と比嘉鉄也前市長個人を相手取って、 比嘉市長の市民投票の結果に反する海上ヘリポート基地建設容認の意思表明により、 原告らは平和に生きる権利や思想信条の自由を侵害されたとして、 その結果受けた重大な精神的苦痛に対し、 一人当たり1万円の損害賠償を求めて、 沖縄地裁に提訴した。 被告側は、 訴えの不適法却下を求めたが、 裁判所は実質審理に入り、 2年4カ月余の11回に渡る審理を経て、 00年5月9日判決が言い渡された。 判決は、 まず訴えの不適法却下を求めた被告らの本案前の主張について判断し、 本件訴えは政治的主張に過ぎないから、 本件訴訟は法律上の争訟に当たらず、 訴えの利益もない旨の被告らの主張に対して、 原告らは、 本件訴訟において、 自己の権利が侵害され、 精神的苦痛を被ったとして、 その損害賠償を求めている以上、 慰謝料請求権の存否という具体的な法律関係について紛争があり、 かつ同紛争の判断に当たって、 ヘリポート基地建設の政治的な当否についての判断に立ち入る必要はないのであるから、 いわゆる事件性を肯認することができるとして、 本件訴訟が法律上の争訟に当たらないとか、 原告らに訴えの利益がないとはいえないとしている。 こうした判断に立って、 判決は、 名護市民投票に係る事情や、 市民投票後、 被告比嘉が海上ヘリポート基地建設を受け入れる旨を表明 (以下、 本件受入表明という) するに至った経緯等について、 具体的な事実認定を行ったうえで、 原告らの損害賠償請求の当否について、 次のように判断している。 第1に、 名護市民投票の結果の法的拘束力について検討し、 @ 本条例は、 住民投票の結果の扱いに関して、 「市長は、 ヘリポート基地の建設予定地内外の市有地の売却、 使用、 賃貸その他ヘリポート基地の建設に関係する事務の執行に当たり、 地方自治の本旨に基づき市民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の意思を尊重するものとする。」 (本条例3条2項) と規定するに止まっている。 A 本条例は、 市長がヘリポート基地の建設に関係する事務の執行に当たり、 有効投票の賛否いずれか過半数の意思に反する判断をした場合の措置等については何ら規定していない。 B 仮に、 住民投票の結果に法的拘束力を肯定すると、 間接民主制によって市政を執行しようとする現行法の制度原理と整合しない結果を招来することにもなりかねない。 という三点を指摘したうえで、 上記の尊重義務規定 (本条例3条2項) に依拠して、 市長に市民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の意思に従うべき法的義務があるとまで解することはできず、 同規定は、 市長に対し、 ヘリポート基地の建設に関係する事務の執行に当たり、 市民投票の結果を参考とするよう要請しているに過ぎないとしている。 第2に、 本件受入表明によって、 生存権としての基地のない環境の下で平穏に生きる権利や平和的生存権が侵害された旨の原告らの主張に対しては、 憲法の前文、 9条、 25条を挙げたうえで、 憲法は国民が平和のうちに生存する権利を有することを肯認していると言うことができるとしたものの、 このことから、 国民各自に対し、 具体的権利として、 原告らの主張する基地のない環境の下で生活する権利や平和的生存権を保障しているとは言い難く、 憲法上の上記各規定を根拠として、 個々人の具体的な権利又は法的利益を導き出すことはできないとしている。 また、 本条例及びこれを受けて実施された名護市民投票の結果により、 基地のない環境の下で生活する権利を具体的権利として取得した、 あるいは平和的生存権が具体的権利として享受できるようになった旨の主張に対しては、 名護市民投票の性格からしても、 基地のない環境の下で生活する権利や平和的生存権が具体的権利となったなどと言うことはできないとしている。 第3に、 本件受入表明によって、 ヘリポート基地との共生を拒否するという思想・信条の自由を侵害された旨の原告らの主張に対しては、 本件受入表明は、 あくまでも被告比嘉の名護市長としての意見表明であり、 これによって、 原告らがヘリポート基地建設に賛成する言動をしたということになったり、 原告らがヘリポート基地建設に賛成するという思想ないし信条を強制されたと言うようなことにもならないのは当然のことであるから、 本件受入表明によって原告らの思想・信条の自由が侵害されたということはできないとしている。 以上の三点の判断を基に、 原告らの損害賠償請求を棄却しているわけである。 本条例における住民投票がいわゆる 「諮問型」 の住民投票であることを考えると、 上記判決における判断以上のものを、 裁判所に期待することは難しかったと言わざるを得ないと思われる。 しかし、 司法判断を回避せず、 住民投票の結果の法的効束力にまで踏み込んだ判断をしている点は、 今後 「拘束型」 の住民投票条例が現実のものとなった時には、 それに反した首長の行為が司法審査の対象となり得ることを示唆したもので、 上記判決は重要な意味を持っていると評価できる。 関 連 年 表
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