第2節 現行憲法と法律における住民投票
第1 憲法、 地方自治法における直接請求制度
1 憲法における直接請求制度

 憲法における直接請求制度には、 地方自治特別法に関する住民投票と憲法改正に関する国民投票がある。

(1)地方自治特別法に関する住民投票
 地方自治特別法に関する住民投票は、 憲法95条である。 同条は 「一の地方公共団体のみに適用される特別法は、 法律の定めるところにより、 その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、 国会は、 これを制定することができない」 と定める。
 この条文の趣旨は、 特別法による地方自治権の侵害の防止、 地方公共団体の個性の尊重、 地方公共団体の平等権の尊重、 および地方自治における民意の尊重である (基本法コンメンタール地方自治法449頁、 法学協会 「注解日本国憲法 (下)」 1409〜1410頁)。 また、 アメリカ合衆国でホーム・ルール制登場前にミシガン州などでみられた特別法拒否権制度にならったもので、 国の立法権を制限する 「連邦制」 的な性格の規定ともいわれる (佐藤幸治 「憲法」 202頁)。
 地方自治特別法の制定手続きは、 次のとおり。 地方自治特別法が国会で議決されると (国会法67条)、 衆議院議長は当該法律を添えてその旨を内閣総理大臣に通知する (地方自治法261条1項)。 内閣総理大臣はその日から5日以内に関係地方公共団体の長に (市町村長であるときは都道府県知事を経て) その旨を通知し、 当該法律その他関係書類を移送する (同条2項)。 地方公共団体の長は、 その日から31日以後60日以内に選挙管理委員会をして、 当該法律について賛否の投票を行わせる (同条3項)。 この投票には、 地方公共団体の選挙に関する規定が準用され、 また地方公共団体の選挙または解散・解職の投票と同時に行うことができる (同法262条)。 投票の結果が判明したときおよび確定したことを知ったときは、 地方公共団体の長は内閣総理大臣に報告し (同法261条4項)、 内閣総理大臣はこれを衆議院議長に通知する (同条5項)。 もし過半数の同意が得られれば、 前記した国会の議決は確定して法律となり (国会法67条)、 内閣総理大臣は公布の手続きをとる (地方自治法261条5項)。 一方、 過半数の同意が得られない場合には、 当該法律は有効に成立しない結果となる。
 すなわち、 地方自治特別法では、 地方自治体の住民投票の結果が法律の成否を左右する。 したがって、憲法95条の住民投票は、決定型の住民投票であり、その機能は住民による拒否権の発動といえる。 また、 憲法95条は、 地方公共団体の意思決定が必ず議会によってなされる必要があるといっていないという意味でも注目すべき規定である。
 現在まで、 この地方自治特別法の規定に基づく住民投票は、 広島平和記念都市建設法、 旧軍港市転換法など15の法律に関して18都市で実施された。

(2)憲法改正に関する国民投票
 憲法改正に関する国民投票は、 憲法96条である。 すなわち、 同条は 「この憲法の改正は、 各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、 国会が、 これを発議し、 国民に提案してその承認を経なければならない」 とし、 国民による承認は国民投票において、 「その過半数の賛成を必要とする」 と定める。
 すなわち、 憲法は、 憲法改正につき、 国会の 「発議・提案」 と、 国民投票における国民の過半数の 「承認」 を要求する。 憲法の改正につき、 立法機関である国会 (憲法41条) の権限ではなく国民投票制度を採用した趣旨としては、 憲法は、 その前文で 「主権が国民に存することを宣言し」、 また1条で 「主権の存する日本国民」 と宣言しているが、 本条において、 さらに、 その改正についても、 主権者たる国民の最終的な承認を必要とすることによって主権在民の立場を徹底的に貫くことにある (法学協会 「注解日本国憲法 (下)」 1436頁)。
 憲法改正については、 この国民投票で過半数の賛成を得られなければ憲法の改正を実現することはできない。 したがって、 これは単なる諮問的な国民投票ではなく、 国民が直接にその投票により憲法改正の是非を決めるという決定型の国民投票である。 そして、 その機能としては国民による拒否権の発動である (もっとも、 上記法学協会 「注解日本国憲法 (下)」 1436頁は、 この国民投票制度を単なる 「国民の拒否権」 とみるべきではないと指摘する)。
 国民投票の手続きについては特別の立法が必要であるが、 そのための法律はいまだ作られていない。 もっとも、 52 (昭和27) 年12月に選挙制度調査会から内閣にその要綱が答申され、 これに基づいて 「日本国憲法改正国民投票法」 が作成されたが、 国会へは提出されなかったという経緯がある (同上・1446頁以下)。

2 地方自治法における直接請求制度

 地方自治法には、 選挙権を有する住民の一定割合の署名を要件とする各種の直接請求制度が定められている。

(1)条例の制定改廃請求
ア 選挙権を有する住民が、 その総数の50分の1以上の者の連署をもって、 その代表者から、 長に対し、 条例 (地方税の賦課徴収並びに分担金、 使用料および手数料の徴収に関するものを除く) の制定・改廃を請求するものである (地方自治法74条1項)。 この条例の制定改廃請求があったときは、 長は直ちに請求の要旨を公表するとともに、 請求を受理した日から20日以内に、 議会を招集し、 意見を付けてこれを議会に付議し、 その議決の結果を請求の代表者に通知すると同時に、 それを公表する (同条2項・3項)。 議会が議決しなければ、 請求の目的は達せられない。
 直接請求による住民投票を要求する根拠となっている規定である。
 しかし、 法文から明らかなように、 この条例の制定改廃請求で住民に認められているのは条例の制定改廃についての提案のみであり、 請求された条例の制定は、 議会の判断に委ねられている。 請求代表者には、 議会において請求理由を説明する機会も与えられていない。 このため、 住民が、 いくら選挙権を有する住民の50分の1以上の署名を集めたとしても、 議会がそれに基づく請求を否決してしまえば、 請求の目的は達せられず、 これが住民投票を実現する上で、 大きな壁となっている。
イ 実態調査例では、 沖縄県では必要署名数の2倍の署名、 御嵩町では必要署名数の5倍近い署名を集めている。 名護市では有権者の3分の1を超える署名、 徳島市の直接請求による住民投票条例請求では有権者の約48.84%にあたる署名、 神戸市では有権者の3分の1に近い署名、 刈羽村の第2次の直接請求による住民投票条例請求では有権者の約37%の署名をそれぞれ集めている。
 このうち、 名護市、 徳島市、 神戸市では、 当初から、 議会解散請求や議員・首長解散請求に必要な署名数である有権者の3分の1以上の署名を目標としていた。 それは、 有権者の3分の1以上の署名を集めて住民の多数の意思を明らかにすることで、 議会の住民投票条例を否決しようという動きをあらかじめ封じ込めようとしたものであった。 しかし、 名護市議会は、 住民の直接請求による条例案を修正して可決したが、 徳島市議会と神戸市議会は否決した。

(2)事務監査請求
 選挙権を有する住民が、 その総数の50分の1以上の者の連署をもって、 その代表者から、 監査委員に対し、 当該地方公共団体の事務の執行に関し、 監査を請求する (地方自治法75条1項)。 監査委員は、 請求があったときは、 直ちに請求の要旨を公表し (同条2項)。 しかるのち、 請求にかかわる事項につき監査し、 その結果の報告を決定して、 これを請求の代表者に送付しかつ公表すると同時に、 議会・長その他の関係執行機関にも提出しなければならない (同条3項)。
 事務監査請求の対象は、 事務監査に限定されており、 特定の政策について住民の意思を問うものではない。

(3)議会解散請求
 選挙権を有する住民が、 その総数の3分の1以上の者の連署をもって、 その代表者から選挙管理委員会に対し、 議会の解散を請求する (地方自治法76条1項)。 選挙管理委員会は、 議会の解散請求を受けたときは、 選挙人の投票に付さなければならず (同条3項)、 解散の投票で過半数の同意があったときは議会は解散する (同法78条)。
 リコール制度である。 この規定は、 次の議員・長の解職請求と共に、 特定の政策について住民の意思を問う住民投票の代替的機能を果たしてきたといわれる (基本法コンメンタール地方自治法66頁)。 しかし、 議会で論議されるのは、 その時点で争点となっている特定の政策のみではなく、 特定の政策については議会と反対の立場に立つ住民が、 それ以外の点については議会を支持するということは充分にありえる事態である。 また、 議会が解散されたとしても、 特定の政策に対する住民の意思が、 かならず新しい議会に反映されるという保証はない。 本来、 議会解散請求は、 個別の議員ではなく、 議員によって構成される議会が、 全体として住民の意思から離れて住民の利益に反する行動をとるような場合に、 それに対抗する手段として設けられており、 特定の政策に対する住民の意思を反映させる手段としては、 議会解散請求は十分なものではない。
 特に、 人口規模の大きい地方自治体では、 法定期間内に必要とされる数の署名を集めるのは非常に困難である。

(4)議員・長の解職請求
ア 議員の解職請求には、 選挙区がある場合には解職請求の対象となっている議員の選挙区に所属する選挙権を有する住民の3分の1以上、 選挙区がない場合には選挙権を有する住民の総数の3分の1以上の連署がそれぞれ必要であり (地方自治法80条1項)、 長の解職請求には、 選挙権を有する住民の総数の3分の1以上の連署が必要となる (同法81条1項)。 そして、 それらの請求は有権者住民の代表者から選挙管理委員会に対してなされ、 投票の結果その過半数の同意があったときは、 議員・長はその職を失う (同法83条)。
 リコール制度である。 議員・長の解職請求も、 特定の政策について住民の意思を問う住民投票の代替的機能を果たしてきた面があるといわれる (同上66頁)。 特に、 特定の政策を推進する長の解職請求については、 実質的には首長に対する不信任表明といえよう。
 しかし、 住民がある特定の政策について首長と反対の立場にたつとしても、 それ以外の点については首長を支持することは充分ありえる。 また、 首長に対する解職請求が成立して、 その首長が解職されたとしても、 次の選挙で再び首長に返り咲くこともある。
 このため、 この議員・首長の解職請求が、 特定の政策について住民の意思を問う住民投票の代替的機能を果たしてきた面があることは否定できないとしても、 住民の意思を反映させるという点からいうと、 その役割は十分なものとはいえない。
 また、 議会の解散請求と同様に、 人口規模の大きい地方自治体では、 法定期間内に必要とされる数の署名を集めるのは非常に困難であるという難点も存在する。
イ 実態調査例のうち、 巻町では、 自主管理の住民投票で原子力発電所の建設に反対の得票が9854票 (有権者総数の約43%) と、 町長選挙で町長の獲得した9006票を上回っていたにもかかわらず、 町長が原子力発電所の建設を推進する立場を変更しなかったため、 町長リコールのために署名活動が開始され、 有権者の3分の1をはるかに上回る1万231人の署名をあつめたところ、 町長が辞職している。 町長選挙では、 住民投票の実行を宣言した新町長が当選し、 新町長の下で住民投票が実現した。 名護市では、 住民投票の結果、 米軍ヘリ基地建設に反対する住民が投票総数 (投票率82.45%) の52.59% (条件付き反対を含めると53.83%) という結果となったが、 その直後に行われた米軍ヘリ基地建設が主要な争点とならなかった市長選で当選した市長は、 その後、 米軍ヘリ基地建設容認の意思表明をした。 神戸では、 住民投票条例が議会で否決された後、 市長リコールに取り組んだが、 必要な署名をあつめることができなかった。
 実態調査例以外では、 日本で最初に住民投票条例が制定された高知県窪川町の例があり、 町長に対するリコール請求により原子力発電所の誘致を断念させている。 同町で、 町長が原子力発電所の誘致を発言した後、 議会でも原子力発電所の立地調査を求める請願が議決された。 これに対して、 町議が、 原子力発電所の設置については住民投票で住民の意見を聞くべきであると住民投票条例を提案したが、 議会で否決され、 町長も住民投票には反対の立場を表明したため、 反対派住民が、 原子力発電所の立地調査の可否について住民投票にかけるべきであると主張して町長のリコール請求が開始された。 解職投票の結果、 リコールが成立して町長は職を失うことになった。 しかし、 出直し選挙では、 前町長が住民投票の実行を公約に掲げて返り咲いた。 その後、 町長は、 公約を実行して首長提案で住民投票条例を提出して議会でも可決されたが、 町長は原子力発電所誘致を断念して辞職、 原子力発電所の立地計画自体も事実上立ち消えとなり、 結局住民投票も行われなかったというのである (今井一 「住民投票」 ・岩波新書・21頁以下)。
ウ 他に、 副知事・助役、 出納長・収入役などを対象とした主要役職員の解職請求がある。 議員・長の解職請求の場合と同様に、 選挙権を有する住民の3分の1以上の署名の収集が必要とされるが (同法86条1項)、 あくまで解職の発案にとどまり、 議会の議決 (議員の3分の2以上が出席し、 その4分の3以上の同意) があったときにはじめて解職請求の対象となった主要役職員が失職することになる (同法87条1項)。 このように、 主要役職員の解職請求は、 議会の特別多数が必要であり、 事例は非常に少ないといわれている。

(5)住民監査請求と住民訴訟
ア 住民監査請求は、 住民が、 自治体の長をはじめとする執行機関および職員について、 違法もしくは不当な公金の支出、 財産の取得、 管理もしくは処分、 契約の締結もしくは債務その他の義務の負担などの財務会計行為があると認められる場合、 または違法もしくは不法に公金の賦課もしくは徴収もしくは財産の管理を怠っている事実があると認められる場合に、 それらの行為や怠る事実を指摘して監査委員に対して監査を求める制度である (地方自治法242条1項)。 この請求があったときは、 監査委員は、 監査の結果、 請求に理由がないと認めるときは、 理由を付して請求人に通知するとともに、 これを公表する (同条3項)。 また、 理由があるときには、 議会・長その他の執行機関または職員に対して、 期間を明示して必要な措置を講ずべきことを勧告するとともに、 その勧告内容を請求人に通知し、 公表しなければならない (同)。 なお、 監査請求は、 正当な理由がない限り、 当該行為のあった日または終わった日から1年を経過したときはできない (同条2項)。
イ 住民訴訟は、 住民監査請求を行った住民が、 @監査委員の監査結果または勧告内容に不服があるとき、 A勧告を受けた機関または職員の措置に不服があるとき、 B監査委員が監査または勧告を、 監査請求があった日から60日以内に行わないとき、 C勧告を受けた機関または職員が当該勧告に明示された期間内に必要な措置を講じないとき、 のいずれかに該当するときに訴訟を提起してその是正を裁判所に請求する制度である (同法242条の2第1項)。 それぞれについて出訴することのできる期間が定められている (同条2項)。 住民訴訟の種類は、 差止請求 (1号請求)、 取消・無効確認の請求 (2号請求)、 怠る事実の違法確認請求 (3号請求)、 代位請求 (4号請求) の4種類である。
ウ 住民監査請求・住民訴訟は、 アメリカにおける納税者訴訟をモデルとして、 48 (昭和23) 年の法改正により導入された制度である。
 したがって、 住民監査請求および住民訴訟の対象は、 いずれも財務会計事項となっている。 しかし、 住民監査請求も住民訴訟も、 財務会計事項に関する地方自治体の非違を、 監査委員や裁判所を通じて間接的に是正・統制しようとする制度であり、 直接請求制度とともに直接民主主義の制度といえるが、 住民投票のように、 特定の政策について住民の意思を問うという制度ではない。
ヱ 実態調査例をみると、 刈羽村では、 原子力発電所設置の代償として電源立地促進対策交付金を投じて建設された生涯学習施設の工事のずさんさが問題とされ、 住民が、 監査請求・住民訴訟をおこなっている。

(6)町村総会
 地方自治法には、 町村総会の定めがある。 地方自治法94条は、 町村は、 条例で、 「議会を置かず、 選挙権を有する者の総会を設けることができる」 と規定する。 町村総会は、 選挙権を有する者が一同に会して会議を行って団体意思を決定する議決機関であり、 町村の議会に関する規定が準用される (同法95条)。
 憲法93条1項は 「議事機関として議会を設置する」 と明記しているが、 町村総会は、 憲法にいう議会にあたる (基本法コンメンタール地方自治法93頁)。
 これは直接請求というよりは、 直接民主制の機関そのものを認めた規定といえるものである。
 しかし、 町村総会は、 人口が少なく、 全有権者が一同に会すことができるような規模でなければ実現は難しい。 町村総会の実例としては、 現行地方自治法の下で、 東京都八丈支庁管内宇津木村にあったが、 現在はない。

3 市町村合併の住民発議制度

 市町村の合併の特例に関する法律 (昭和40年法律第6号) は、 市町村合併の円滑化を図るために65 (昭和40) 年に制定された。 この法律は、 もともと、 10年間の時限立法として制定されたのであるが、 その後2度延長されている。 95 (平成7) 年3月に 「市町村の合併の特例に関する法律の一部を改正する法律」 (平成7年法律第50号) により、 市町村合併について 「住民発議制」 が新設された。  
 この住民発議制度は、 有権者総数の50分の1以上の者の連署によって、 当該市町村長に対し、 合併協議会の設置を請求することができるという直接請求制度である。 合併協議会とは、 合併を行おうとする市町村が、 新市町村建設計画 (合併市町村の建設に関する基本的な計画) の作成、 その他合併に関するあらゆる協議を事前に行う場であり、 この合併協議会で作成される新市町村建設計画に基づく事業についてのみ合併特例法上の財政措置が受けられる。
 住民発議制度は、 合併についての主導権が関係市町村の首長と議会にあるため、 これまで、 議会や首長が合併に消極的な場合には合併協議会が設置されないと言う事態が生じていたため、 合併協議会設置についての直接請求を住民に認めることで、 市町村合併を促進しようと新設されたのである。
 さらに、 01 (平成13) 年には、 住民から請求のあった合併協議会設置の議案が議会で否決された場合に、 首長からの請求又は住民からの直接請求 (案としては有権者の6分の1の署名) で、 合併協議会の設置について住民投票を行うことができることとし、 過半数の賛成があった場合には当該議案について議会が可決したものとみなす、 という改正案が国会に上程され継続審議となっている。

4 直接請求制度の歴史

(1)戦前における直接請求制度に関する議論
 戦前において、 レフェレンダムやイニシアチブなどの直接民主制についての議論は、 初期社会主義運動などの議論のなかに見られた。 明治34年に安部磯雄、 片山潜らが結成した社会民主党の 「行動綱領」 の中には 「重大なる問題に関しては、 一般人民をして直接に投票せしむる方法を設くること」 というレフェレンダムというべき内容が含まれている。
 しかし、 戦前の憲法下においては、 直接民主制は、 天皇主権を基本とした憲法に抵触するものであるとの評価が一般であった。 大正デモクラシー運動においても、 吉野作造は、 直接民主制を採用すると 「政治は夫れこそ衆愚の跋扈」 となり、 「人民投票は代議政治の欠点を補うとは言うけれど、 実際の効用は極めて少ない。 のみあらずこれを頻繁に行う時は、 代議制の根底を動揺し、 その円満なる発達を妨ぐるの恐れがある」 (「憲政の本義を説いてその有終の美を済すの途を論ず」) と消極的な評価しか下していない。
 しかし、 こうしたなかにあっても、 地方自治において 「地方団体に於ける人民投票及び助言的人民投票は我国においても憲法改正を要せずして実施し得る制度として、 又一般に行政学の問題として、 興味あるものである。」 (河村又介 「直接民主政治」) と、 イニシアチブの実施可能性を説く学者も存在した。 また、 戦前の東京市における市政改革論議のなかで、 東京市政調査会が識者に対して行ったアンケート調査の回答では、 改革案のうち、 レフェレンダムについてはこれを支持する回答が多数寄せらるなど、 市政の改革案のなかでレフェレンダム、 イニシアチブ、 リコールなどの直接民主制の採用が検討されたこともあった。 (高寄昇三 「住民投票と住民参加」 ・勁草書房・228頁以下)

(2)直接請求制度が導入された経過
 戦後の地方自治制は、 46 (昭和21) 年の第一次地方制度改正によって、 都政、 府県制、 市制、 町村制の4法が改正され、 次いで、 これらの4法を一本にして今日の地方自治法 (昭和22年3月) が制定され、 新憲法の施行と同時に同年5月3日施行された。 そして、 直接請求については、 この第一次改正によって、 ほぼ現行と大枠は同じ制度が制定されている。
 この第一次地方制度改正における直接請求制度の政府原案は、 条例制定改廃請求権は、 現行のように有権者の50分の1の署名ではなく、 一定数以上の連署となっており、 例えば、 都については2万人以上、 府県で1万人、 特別区1000人、 市町村100人であった。 解職請求は、 一定数以上の連署となっていたが、 請求は内務大臣・知事に対して行い、 内務大臣・知事が審査して理由があると認めるときに解職するという内容であった。 解散請求は、 有権者の5分の1の署名で、 内務大臣に請求し、 内務大臣がこの請求があったときおよびその他の特別の事情があったとき解散することができるという内容であった (高寄・前掲書246頁)。 いずれも、 内務大臣や知事の関与が強い制度となっていた。
 もっとも、 当初の内務省改正案には、 直接請求制度はなかったという。 このため、 現行の地方自治法に直接請求制度が導入された理由として、 当時の内務省には、 従来の地方自治に対する監督・統制権限を維持するために知事の身分を 「官吏」 として残すために、 その見返りに民主的制度といえる直接請求制度を導入するという目算があったのではないかとの指摘もされている (同・253頁以下)。 すなわち、 地方自治に対する影響力を残そうという意図で、 それをカモフラージュするために民主主義的色彩の濃い直接請求制度が導入されたのではないかというのである。
 ことの真偽は分からないが、 第一次地方制度改正では、 知事を 「官吏」 として温存しようとした内務省の意図は挫かれて、 知事は純然たる公選制の特別公務員となり、 直接請求制度からも、 現行制度のように内務大臣や知事の関与は排除された。
 しかし、 知事を 「官吏」 として温存して地方自治に対する監督・統制権限を維持しようという内務省の意図は、 地方分権法で廃止される以前の機関委任事務という制度を通じて、 その目的を達成したといえる (新藤宗幸 「地方分権」・岩波書店・34頁)。
 このように、 現行地方自治法上の直接請求制度は、 その制定の経緯からみても、 住民自治を踏まえた住民運動の歴史や思想を背景にして導入されたものではないという限界や弱さを持っていたことは否定できない。 また、地方自治に対して、機関委任事務制度を通じて中央政府が地方を支配するという中央集権体制下では、中央政府が、直接請求制度を育成して地方自治に根付かせるために努力することは期待できなかった。

(3)その後の経過
 以上のように、 地方自治法上の直接請求制度は、 もともと住民自治を踏まえた思想や活動を背景に創設されたものではなく、 現実の運用にあっては、 直接請求の 「乱用」 などを理由として、 改正が加えられた。
 すなわち、 48 (昭和23) 年の改正では、 条例の制定改廃の対象から、 地方税の賦課徴収ならびに分担金、 使用料および手数料の徴収に関する条例が除外された。 この背景には、 当時、 電気ガス税などの減免に関する条例制定の請求が多発していたことがあげられた。 この改正の結果、 納税者として住民が直接請求により地方財政をコントロールするという手段が失われた。 この改正は、 税とか分担金・使用料などの住民にとって基本的な事項についての住民の自己決定権に制限を加えるものであり、 「乱用」 に対する過剰反応であり、 直接請求の制度趣旨を没却するものであると批判されている (高寄・前掲書269頁以下)。 たしかに、 78年にアメリカのカルフォルニア州で行われた著名な 「提案13号」 の住民投票は、 財産税を2分の1に引き下げるという内容であり、 「納税者の反乱」 といわれるものであったが (同138頁以下)、 それは日本では法的に不可能となったのである。
 また、 50 (昭和25) 年の改正では、 署名の効力を審査する手段として審査権を市町村の選挙管理委員会にあたえ、 署名の効力に法定の条件を付し、 さらに、 署名に際して強制や偽計、 詐術を加えた者に相当の刑罰を課すことにした。 改正理由は、 直接請求で住民の署名をあつめるに際して、 「権利の乱用」 がなされていることであった。 しかし、 この改正についても、 正規の手続きによらない署名簿を用いて収集された署名や、 期間外に収集した署名は、 選挙管理委員会の審査で無効とすれば足りるのであり、 それに加えて刑事制裁を加えることは署名運動に対する必要以上の規制であり、 住民の直接請求活動に対して萎縮効果をもたらすと批判されている (同273頁以下)。
第2 住民投票の法的位置付け
1 理論的根拠

 住民投票制度は、 地域のことは住民自身の責任で決めようという住民自治の制度である。
  「すべての人は、 生来ひとしく自由かつ独立しており、 一定の生来の権利を有するものである。 これらの権利は、 人民が社会を組織するに当たり、 いかなる契約によっても、 その子孫からこれを奪うことのできないものである。」 (「バージニア憲法」)、 「人は、 自由かつ権利において平等なものとして出生し、 かつ生存する。 社会的差別は、 共同の利益の上にのみ設けることができる。」 (「1789年のフランス人権宣言」)。
 このような人権宣言にもみられるように、 近代の人権観念は、 人権を生来の前国家的な自然権として宣言している。
 こうした近代の人権観念には、 当然に、 自分の運命は自分で決定するという政治的自己決定権も含まれている。
 したがって、 民主主義の原型となるものは、 アテネの都市国家や現在でも残っているスイスの州民総会などにみられるように、 人々が集まって議論して決定するという形態にあるといえる。 アテネの都市国家といわれるものは、 おそらく現在の小規模な地方自治体と同じくらいの規模であったと思われる。 やはり、 こうした直接民主制こそ民主主義の原型というべきである。
 近代において、 主権の不可分・不可譲渡・不可代表制を主張したルソーによって直接民主制は最も明確な形で展開されたが、 現実には、 国家の膨大化と国の事務の複雑化、 専門化によって、 直接民主制の実行可能な条件が失われ、 近代国家は一般に代表民主制を採用することになったのである。
 現実の政治体制としてどのような民主制を原則とすべきかという現実論はともかくとして、 やはり、 歴史的にも理念的にも、 直接民主制こそが民主主義の原型であるというべきである。
 そして、 住民投票は、 まさに地域のことは住民自身の責任で決めようという住民の自己決定権に基づくものであり、 民主主義の最もプリミティブな形態である。
 すなわち、 住民投票制度は、 政治的自己決定権という最も基本的な人権にその理論的根拠があるというべきである。

2 憲法との関係

(1)民主制のありかた
 住民投票については、 それが間接民主制に反するものである点が批判される。 そうした見解は、 憲法が、 前文で 「日本国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」 と規定するとともに、 同41条で、 国会を 「国の唯一の立法機関」 と位置付けていること等をその根拠としている。
 しかし、 民主制のありかたを、 代表制 (間接民主制) か直接民主制か、 と二者択一的に捉えるのではなく、 そのありかたを広がりをもつものとして捉える方がより現実的といえる。 すなわち、 それを、 @代表制、 A半代表制、 B半直接制、 C直接制の4類型あるいは、 @代表制、 A半代表制もしくは半直接制、 B直接制の3類型として捉える見解である (岡田信弘 「代表民主制」・憲法の争点・18頁)。 直接制は、 国民が代表者を介することなしに法律を採択するなどすべての国家的決定を行う制度であり、 代表制は、 代表機関が国民の名で主権を行使して、 国民は単に代表者を選出するにとどまるものである。 半代表制では、 国民は直接決定を下すことはないが、 代表者に事実上もしくは政治上の影響をあたえることができるとされる。 解散権がこの制度を特徴づける制度といわれる。 半直接制は、 半代表制と直接制の間に位置付けられるもので、 決定権が国民と代表者に分配され、 しかも代表者はかなりの程度に国民の監督に服するとされる。 レフェレンダム、 イニシアチブ、 リコールなどがこの制度の特徴とされる。
 こうした見解からすると、 憲法は、 代表制 (間接民主制) を原則としながら、 上記したように、 地方自治特別法の制定について住民投票 (憲法95条) および憲法改正について国民投票 (同96条) という直接民主制度を導入している。 このため、 民主制のありかたとしては、 憲法は、 純粋な代表制 (間接民主制) ではなく、 半代表制に近い形態というべきである。
 したがって、 憲法が間接民主制を採用していることを根拠として、 住民投票を否定するのは、 憲法が定めている民主制のありかたについて、 あまりにも狭量な見解を前提としており、 正しい批判とはいえない。
 また、 こうした現行憲法の理念からして、 国政レベルでは、 国会の立法独占規定 (憲法41条の 「唯一の立法機関」) を侵害するような住民投票は別として、 諮問的な住民投票を否定する理由はない (同上21頁)。

(2)地方自治における民主制のありかた
 それでは、 国政のレベルではなく、 地方自治について、 憲法はどのような民主制のありかたを採用しているのであろうか。
 現行憲法は、 地方自治の基本原理として、 地方自治は、 「地方自治の本旨」 (憲法92条) に基いてなされると定めており、 この 「地方自治の本旨」 は、 団体自治と住民自治を意味している。
 そして、 地方自治については、 憲法は 「議事機関として議会を設置する」 (憲法93条) と国政レベルと同様に間接民主制を採用する規定がおかれている。 しかし、 憲法が国政レベルでは議院内閣制を採用しているのに対して、 地方自治では、 議会とは別に住民の直接公選による首長を置いているように、 住民に対する直接責任の発想がある。 また、 いわゆる地方自治特別法に関して地方議会ではなく住民の直接参加を認めているように (憲法95条)、 憲法は地方公共団体の意思決定が必ずしも議会によって表明されなければならないとはしていない。 地方自治における立法については、 国政レベルでの国会の立法独占規定 (憲法41条の 「唯一の立法機関」) がなく、 しかも、 憲法の地方自治を具体化する地方自治法には、 上記のように、 @条例の制定改廃請求 (地方自治法74条以下)、 A事務監査請求 (同法75条)、 B議会解散請求 (同法76条以下)、 C議員・長の解職請求 (同法80条以下) について住民の直接請求が認められている。 とりわけ、 D町村総会の規定は (同法94条、 95条)、 憲法93条が明文で定める議会に代えて、 町村が条例により、 選挙人全員からなる町村総会という直接民主制の機関を置くことができると定めている。
 すなわち、 地方自治のレベルでは、 国政レベルと同様に間接民主制を原則としながら、 国政レベルに比べてより直接制に近い民主制の形態を採用しているといえる。
 こうした見地からして、 住民投票は、 国政レベルに比べて、 より積極的に位置付けられるべきものといえる。