関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

関東弁護士会連合会ブログ「調子に乗って勘弁れん」関東弁護士会連合会ブログ「調子に乗って勘弁れん」

前関弁連役員の卒業旅行記(その3)

若林 茂雄(第一東京弁護士会)

 

2日目、重監房資料館

5月20日午前9時15分、金みどりを出発。湯畑観光駐車場でサロンバスに乗り換えて、最初の目的地である重監房資料館へ向かう。すずらん通り(国道292号線)を東へ。国立ハンセン病療養所栗生楽泉園の正門前を通り過ぎ、国道脇の案内表示に従って右手の未舗装道路に入り、10分ほどで重監房資料館に到着。

 

重監房資料館は、ハンセン病とその対策の歴史に関する知識の普及啓発のために厚生労働省が設置した国立資料館で、重監房とハンセン病問題に関する資料の収集・保存・展示などを行っている。重監房とは、栗生楽泉園の敷地内に1938年に建てられて1947年まで使われていた特別病室の通称で、現在ではその建物の基礎部分だけが遺構として現地に残っている。

特別病室とは名ばかりで、被収容者の治療は行われず、実際には、隔離政策の下で世間から強制隔離されたハンセン病療養所入所者の中で特に反抗的とされた人を重罰に処すための監房として使用されていた。四畳半ほどの昼の光も十分に入らない監禁室というべき監房で、電灯も暖房もなく、冬季には極寒となる中で薄い布団があるだけ。被収容者には、麦飯・梅干・白湯といった粗末な量も足りない食事が1日2回与えられていたという。療養所長の懲戒検束権に基づき、延べ93名が収容され(最長期収監者の収監日数は549日)、23名が亡くなったといわれる。裁判手続はなく、被収容者の人権は完全に無視されていた。

 

重監房と資料館の概要などを紹介するビデオを視聴した後、展示室へ。展示室には、重監房の一部分の原寸大再現、重監房全体の縮小模型(縮尺1/20)、出土遺物などの各種資料が展示されている。

重監房原寸大再現の展示室では、高さ約4mの灰色のコンクリート塀に穿たれた入口の扉から塀の中に入り、更に中の仕切りコンクリート塀の開口部扉2つを通って漸く監房の前に着く。監房の入口扉口から房内をのぞくと、板壁に残る手書きカレンダー(遺構発掘で発見された記載を再現したそう)、板床の上にせんべい布団と薄い掛布団、そこに寝巻を着た白髪の女性被収容者の後ろ姿人形が展示されている。そのリアルさに背筋が寒くなる。資料館のHPによると、この再現展示では、重監房の過酷さ、悲惨さを感じられるようにするとのこと。あまりに重く、言葉にならない。むごい仕打ちを目の当たりにして、その対極にある人、不治の病と誤解され忌み嫌われていたハンセン病患者の看護に尽くした井深八重の神々しい心と生涯を想った。

 

重監房資料館を後にして、栗生楽泉園正門前に戻り、正門を入ってすぐ近くにある重監房跡地(遺構)を見学。見たばかりの原寸大再現の様子が思い浮かぶ。

重監房資料館はとても重い場所ですが、まだの方には是非とも見学をお勧めします。

 

八ッ場ダム

次の目的地、八ッ場ダムへ向かう。

ご存じのとおりいろいろあって2020年3月に完成した八ッ場ダム。堤高116m、堤頂長290mの重力式コンクリートダムで、洪水調節・流水機能の正常維持・都市用水の供給・発電を目的とし、利根川上流ダム群中最大の洪水調節容量6,500万㎥を誇り、最大出力11,700kwを発電する。

八ッ場ダムが吾妻川を堰き止めてできた八ッ場あがつま湖なかほどの不動大橋近くの道の駅八ッ場ふるさと館でガイド氏と合流。バスでダムに向かい、ダムに近いやんば資料館脇の駐車場から歩いてダム堤体上部の堤頂へ。

提頂から上流を見ると、八ッ場あがつま湖はほぼ満水で、吾妻峡上流の山中に広々とした水面が広がる。絶好の日和のなか、湖面を渡る風が心地よい。下流を見ると、堤頂からダム下流側苑地まで高低差約80m、苑地を歩く人が小さい。その更に下流に吾妻峡、左岸に線路付け替えで廃線となったJR旧吾妻線の線路を利用した自転車型トロッコ用レールが望める。

ガイド氏の案内でエレベータに乗り、堤頂から約80メートル降下、ダム内トンネルを通って下流側苑地に出る。下から見上げるとダム提体が圧倒的迫力で迫り、赤い管理橋からダム提体の吐水口3つを間近に見ることができる。この巨大なダム提体のコンクリート打設が約3年で完了したというのは驚き。

⑤八ッ場ダム.jpg(その4に続く)

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