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宣言・決議・意見書・声明等
2025年度(令和7年度) 声明
クルド人に対するヘイトスピーチに断固抗議し、ヘイトスピーチや民族を理由とする誹謗中傷の根絶を求める理事長声明
- 1 2023年(令和5年)の出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)改定の議論をきっかけに、埼玉県川口市や蕨市に集住するクルド人の排斥を訴える言動や誹謗中傷を内容とする街宣活動やインターネット上の投稿などのヘイトスピーチが増加した。
クルド人とは、クルド民族の人々のことである。クルド民族は、中東の民族であり、国を持たない世界最大の民族と言われている。主な居住範囲は、トルコ東部、イラン北西部、イラク北部などと言われており、クルド人の居住地を複数の国家の国境が分断している。
日本に滞在するクルド人の多くはトルコ国籍である。しかし、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の報告などにおいてクルド人はトルコ国内において迫害や差別を受けているという報告が多数存在する。
現在、日本のクルド人人口は約3000人などと言われていて、うち多くが埼玉県の川口市、蕨市に居住している。
- 2 クルド人に対するヘイトスピーチは、主に街宣活動によるものとインターネット上での投稿によるものが存在しており、街宣活動の様子を撮影した動画をインターネット上で拡散することにより、インターネット上での新たなヘイトスピーチを発生させるなど、街宣活動とインターネット上での投稿が相乗的にヘイトスピーチを増大させている。
これらのヘイトスピーチの中には「偽装難民」や「不法滞在」という表現が散見される。確かに、クルド人が日本において難民と認定された事例はほとんどない。しかし、他国では難民として認定されている事例も多い。全国難民弁護団連絡会議がまとめた統計では、日本以外のG7参加国やオーストラリアでは、難民として認められるトルコ出身者は数多く存在し、例えば、2021年(令和3年)に難民として認定されたトルコ出身者は、アメリカでは1161人(認定率約77%)、イギリスでは500人(認定率約66%)となっている。これに対して、日本では毎年何百件も申請があるにもかかわらず、認定されたのは何年間もの間にわずか1人である。そもそも、日本の難民認定率は他国に比べて著しく低く、特にクルド人に対する難民認定率は0%に近い。このように、クルド人に難民認定者が著しく少ないのは、クルド人の難民申請者には難民に該当しない者が多いからではなく、そもそも難民認定率が諸外国に比して著しく低い日本の難民認定制度自体に問題があるからである。
日本に滞在するクルド人は在留資格を有して適法に滞在している者も多い。2023年(令和5年)の入管法改定以降でも、同年8月、当時の法務大臣が、日本で生まれ育ったが在留資格のない子どもなどを対象に日本社会との結び付きを検討した上で在留特別許可をする方針を示し、これによって、在留特別許可(在留資格)を得たクルド人の子どもやその家族も存在する。
このように、実態は「偽装難民」や「不法滞在」ではない者が多数存在するにもかかわらず、このような言葉を用いたクルド人の排斥を訴えるヘイトスピーチが行われている。クルド人に対する偏った情報やクルド人の背景事情の不十分な理解によるものもあるだろうが、あえて意図的に行われているヘイトスピーチも多い。さらに、インターネットで誤った情報、偏った情報が拡散されることで、これらの情報を信じて、その情報を拡散したり、川口市などに対して抗議の電話をかけたりするなどの行動に出てしまっている人々もいるものと思われる。
これらのヘイトスピーチにおける偏った情報などのため、クルド人の生活の平穏が著しく害される状況が続いている。それまで関係性に問題のなかったクルド人の隣人の態度が変わってしまった事例があったり、SNS上にはクルド人の姿を無断で撮影した写真や動画がアップロードされたりするなどしている。
ヘイトスピーチは、地域社会における分断を生じさせつつあり、子どもたちの生活にまで大きな影響を及ぼしている。クルド人の子どもたちの中には、日本の学校教育を受け、友人たちと日本語で会話するなど、日本国籍の子どもたちと大きく変わらない生活をしている子どもたちも多い。しかしながら、クルド人に対するヘイトスピーチなどにより、クルド人の子どもたちが学校で他の子どもたちからいじめを受けるようになったり、子どもたちまで無断で写真や動画を撮影されたりするなど、これまでの日常生活が奪われ、安心安全な生活が脅かされているのである。
- 3 2024年(令和6年)、街宣活動などによるヘイトスピーチによって業務を妨害されたクルド人の団体である日本クルド文化協会が、街宣活動を行っていた個人を債務者として、街宣活動等団体の業務を妨害する行為を禁止する仮処分の申立てをし、同年11月21日、さいたま地方裁判所は、これらの行為を禁止する仮処分決定を行った。そして、当該団体は、同年12月に、当該個人を被告として、街宣活動等の差し止めや損害賠償を求める本訴をさいたま地方裁判所に提起した。当該訴訟においては、司法手続によるヘイトスピーチの根絶をめざし、80名を超える全国各地の数多くの弁護士が代理人として名を連ねている。
他方で、ヘイトスピーチ被害事案に関わる弁護士会、裁判所など司法関係者に対する誹謗中傷や揶揄も発生している。上記仮処分決定が下された際に、当該手続の申立人代理人らが記者会見を行い、埼玉県内の外国籍の弁護士がこの記者会見で発言する姿が報道されたところ、SNS上では、日本国籍ではないことを理由に、この弁護士に対する誹謗中傷がなされた。また、Google map上でさいたま地方裁判所の名称が「さいたまクルド民族裁判所」と一時的に書き換えられた。
- 4 日本国憲法の前文には、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と規定されており、平和的生存権は日本国民だけでなく、外国籍の人々にも保障されているべきものであり、ヘイトスピーチは、被差別者の生活の平穏を害し、この平和的生存権を侵害するものである。
また、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(ヘイトスピーチ解消法)の前文においては、「本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、適法に居住するその出身者又はその子孫を、我が国の地域社会から排除することを煽(せん)動する不当な差別的言動」については、あってはならないものであり、許されないものであることが宣言されている。
当連合会は、クルド人に対するヘイトスピーチについて深刻な懸念を表明する。さらに、外国籍であることや、外国籍の人々や外国にルーツを持つ人々に関する事案に関わっていること等を理由としてされる司法関係者に対する誹謗中傷が許されないものであることを表明する。そして、当連合会は、すべての市民に対して、ここに改めて、ヘイトスピーチの深刻な害悪を理解、共有し、ヘイトスピーチを根絶して、人種、民族を理由とする差別を許さない社会をともに作っていく取組みに加わることを求めたい。
2025年(令和7年)7月25日
