
2026年8月18日、アメリカ政府は、国際刑事裁判所/International Criminal Court(以下「ICC」という。)の赤根智子所長とセネガル出身のアブドゥライエ・セエ上級裁判弁護士を、2025年2月の大統領令に基づく制裁対象として追加したと発表した(以下「本制裁」という。)。本制裁の根拠とするところは、パレスチナ自治区ガザ地区における人道に対する罪及び戦争犯罪について、ICCが逮捕状をイスラエルのネタニヤフ首相らに対して発付したことなどであるとされている。アメリカ政府はICC関係者に対する制裁を続けてきたが、その後さらに、「我々が持つすべての手段を用いて、ICCを解体する」などと主張するに至り、本制裁により、所長である赤根氏をも制裁対象としたものである。
ICCは2002年に創設された。ICCの創設は、国際社会における法の支配の貫徹に、画期的な意義を有する。ICCは、「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」である4つの対象犯罪(集団殺害犯罪、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪)について(国際刑事裁判所に関するローマ規程(以下「ローマ規程」という。)5条1項)、犯罪者個人を訴追する、初めての常設の国際裁判所である。これまで、アドホックな国際刑事法廷(特定の事件の発生後に臨時に設置される。事案の処理後に解散)はあったものの、伝統的な国際法は基本的には国家間の法にとどまり、犯罪者個人の多くは訴追を免れてきた。それを乗り越え、世界の平和、安全及び福祉を脅かし、個人的法益のみならず、国際社会全体の共通利益(いわば「全人類的法益」)を侵害する、これらの重大な犯罪を抑止し(ローマ規程前文第3段落、第5段落)、犯罪者個人の責任を追及し、同様の犯罪の再発防止に貢献するためにICCが創設された。
日本は、国際社会における法の支配の貫徹を求め、ICCについても強く支持してきた。日本は、「国際社会における重大な犯罪行為の撲滅及び予防並びに法の支配の徹底に寄与するとの見地から(締結することは)有意義であると認められる」として、2007年10月にローマ規程加盟国となり、以降、赤根所長を含め3名のICC裁判官を輩出している。日本はICCの最大の分担金拠出国でもある。
法の支配は専断的な権力の支配(人の支配)を排斥し、権力を法で拘束することによって、市民の権利・自由を擁護することを目的とする原理である。法の支配を貫徹するには、まずもって裁判官の職権の独立が保障されなければならない。本制裁は裁判官個人の職権の独立を侵害するばかりか、これを通じて司法の独立と公正性を損なう。さらには、被害者への支援(ローマ規程79条など)など戦争被害の回復全般にも関わるICCの機能そのものに大きな影響を及ぼすうえ、対象犯罪の被害者から正義と希望を奪うものとなりかねない。
本制裁は、国際社会における法の支配の拡充、徹底の流れに逆行し、「国際的な『法の支配』の終焉の始まり」ともなりかねないものである。そのような事態を招来しないための最大限の努力が国際社会全体に、とりわけICC所長の出身国である日本には強く求められている。日本国憲法が平和主義、国際協調主義をとり、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」(前文)とするとおり、日本はそれにふさわしい行動を国際社会において取らねばならない。
そこで、当連合会は、以下を日本政府に対して求める。
当連合会は、本制裁に強く抗議し、ICC及び赤根智子所長を含む制裁対象者について連帯と支援を表明するとともに、国際社会における法の支配の貫徹を今後とも求めていく。
2026年(令和8年)10月2日
関東弁護士会連合会
理事長 冨 田 秀 実