関東弁護士会連合会は,関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

「関弁連がゆく」(「わたしと司法」改め)

従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが,このたび司法の枠にとらわれず,様々な分野で活躍される方の人となり,お考え等を伺うために,会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。

写真

小説家・法科大学院生
浅野 皓生さん

とき
2026年5月19日
ところ
カッフェヴィゴーレ 東大本郷 中央食堂
インタビュアー
会報広報委員会副委員長 村上朗子

今回の「関弁連がゆく」は、東京大学法科大学院3年生で小説家の浅野皓生さんです。浅野さんは2001年生まれで、2022年の大学3年時に学内コンテスト「東大生ミステリ小説コンテスト」に応募した短編小説「殺人犯」が見事大賞を受賞(同作品は後に「テミスの逡巡」と改題して東大卒作家によるアンソロジー『東大に名探偵はいない』(2023、KADOKAWA)に収録)、大学5年時の2024年に『責』で第44回横溝正史ミステリ&ホラー大賞優秀賞受賞(『責任』と改題の上、刊行(2024、KADOKAWA))と、若くして将来が嘱望される現役学生作家です。しかも、浅野さんは昨年度の司法試験に合格しており、来春卒業後に司法修習を受ける予定とのことです。

経歴について補足があればお聞かせください。

浅野さん 4年生の秋学期に交換留学制度を使ってアメリカのプリンストン大学に1学期間留学した後、選択的に1年留年をしました。5年生のときに予備試験に合格したのですが、ロースクールを卒業すると法務博士という学位を取得できますし、学者の道に進む可能性も残しておきたいと思って、翌年にロースクールに入学、司法試験に合格しました。現在は既修コースの3年生です。

大学入学年は2020年ですか。新型コロナウイルスが日本で流行し始めた頃ですね。

浅野さん はい。大学に入った時には緊急事態宣言がもう出ていて、最初の2週間はオンライン授業すらない状態で、 なかなかの世紀末という感じでした。当時はそういうものだと思ってましたが、今思えばやっぱり、コロナじゃなかったら全然違ったなと思いますね。コロナ世代と言われる所以がわかる。

「コロナ世代」とはどういう意味で言われるのですか。

浅野さん 単純に「かわいそう」って感じですかね。 学園祭や入学式は全部なくなってしまいましたし。 あと、友達ができないんですよ。Zoom越しでしか喋ってないので、対面で会ってもなかなか見分けがつかない。体格とかも全然分からないので、実際会ったら「結構でかくない?」とか、よくありました。

弁護士になりたいと思ったのはいつ頃ですか。

浅野さん 法学部に入った3年生のときぐらいだと思います。大学に入る前はあまり興味がなかった法律の勉強が、その頃には好きになっていて、単純に、法律を使う仕事に就きたいと思いました。特に好きになったのが民法と会社法で。憲法も大好きなんですけど、実務だとやっぱり使いづらいところもあり、今は会社法とか使ってみたいなと思います。

会社法ということは企業法務をやりたいのですか。

浅野さん 大企業や産業がどのように動いているのかとか、法律という視点から、経済社会にちゃんと触れたいという気持ちがあります。経済は自分の中で大学の勉強の積み残しなので。

小説を作る時はどこから話を思いついて、どうやって構成を組み立てていくのか、たとえるなら「小説の卵」をどうやって生み出してどうやって育てていくのか教えてもらえますか。

浅野さん 卵を作るというよりも、全然関係ないときに、「これはミステリとして使える」とか「このテーマやりたい」っていうのがポッと思い浮かぶので、それをどういう風にすれば面白い物語にできるかっていうのを考えて作るっていう感じです。

それが、例えば『責任』で題材にされている、いわゆるパトカー国賠事件(※1)ですか。
(※1)最判昭和61年2月27日 行政法判例百選にも掲載

浅野さん まさにそうですね。行政法の授業で学習したときに「あ、これ使える」って思いましたし、短篇デビュー作の「テミスの逡巡」も、刑法の結果的過重犯の議論から着想を得ています。

『責任』は警察ミステリですが、警察もののドラマはよく観ますか。

浅野さん 「遺留捜査」、「科捜研の女」、「緊急取調室」なども観ていましたが、「相棒」は自分の中で別格です。

「相棒」がとてもお好きなのですね。はまった経緯を教えてください。

浅野さん 小学6年生の時にはまったんですけど、もともとは塾の先生に「受験期のストレス解消で観なさい」って勧められて、観始めたらまあどっぷりハマりまして、「相棒セレクション」っていうお昼の再放送をなめるように観尽くし、なかなか再放送されない回は、昔は配信がなかったので、TSUTAYAでDVDを借りて、そうやって全部観ましたね。今も当然、新しいシーズンが始まったらきちんと追っています。

警察に興味を持ったのは「相棒」が入り口なのですか。

浅野さん 警察っていうよりミステリかもしれません。あるいは警察ミステリが特に好きになったのは相棒の影響だと思います。

「相棒」は2000年から現在まで長い期間にキャストが変わりながらも続いているのが凄いですよね。数あるシリーズ作品で何が共通しているのですか。

浅野さん 各シリーズごとに担当する脚本家が沢山いるんですよね。大体2クールで20本前後やるんですけど、脚本家が少なくとも7、8人、下手したら12、3人関わるんですよね。 なので脚本家ごとの味が出て、話にいい意味でばらつきが出るんです。 重たいシリアスな回があったと思ったらコメディー回があって、スタンダードな回があったと思ったら、訳のわからない異色作が続く、みたいな。一つのシーズンの中でエピソードの多様性があるというところは共通点ですね。 また、主人公である杉下右京の相棒が変わっていくと、その相棒のキャラクターに従って、シーズン全体の色調って言うんですかね、 暗い話が多いとか明るい話が多いとか、そういうのがやっぱり変わっていく。さらに、脚本家が徐々に入れ替わっていくので、それに従っても話の質感とかが変わっていきます。そういうとこも含めて楽しんでる感じですね。

いつか「相棒」の脚本を書きたいとお聞きしましたが。

浅野さん そうなんですけど、全然お声がかからなくて、ちょっと諦めかけてるんですけど。こればっかりはちょっとどうしようもないので、ずっと待ってはいます。「相棒」の脚本家で、もともとは小説家としてデビューしたという方もいらっしゃるので。「相棒」の歴史の1ページに自分が関われれば、それはそんなに幸せなことはないと思います。

話は変わって、普段、運動はしますか。

浅野さん 長距離歩いたりするのが好きなので、徒歩旅行をやります。例えばこの前は、箱根駅伝のルートを片道2泊3日で歩ききったんですけど、だいたい110キロぐらいありました。最後の15キロは山越えで、めちゃめちゃしんどくて、膝に水が溜まるというオチがつきました。

そういった企画は他にもやりましたか。他にはどんな所にいきましたか。

浅野さん 徒歩旅行はもう3、4回やってて、一番最初にやったのが駒場から元町・中華街ですね。JR相模線沿いを、橋本駅から茅ヶ崎駅まで歩くとか、あと駒場から城ヶ島まで、大体100キロ弱ぐらいを2泊3日で歩いたこともあります。徒歩旅行をいつもやっているメンツは、旅行するときにちょっと遊び要素を入れるのが好きで、去年は郵便番号旅をやったり。

郵便番号旅とは。

浅野さん 旅行するメンバーは4人なんですけど、僕ともう1人が仕掛け人で、何も知らない2人を東京駅に呼び出して、その2人に「好きな数字を言いなさい」って言って。で、2人が「8」と言ったところで、郵便番号の7つの四角を書いた紙を出して、「8」と書き込む。 もう九州確定なんですけど、そこから、順番に言われた数字を四角に入れていき、向かうべき郵便番号を決める。 基本的に、郵便番号に対応した郵便局があるので、そこの郵便局からハガキを出すというのをミッションにして。

なんか「水曜どうでしょう」のサイコロの旅(※2)みたいですね。
(※2)6つの行先及び交通手段が事前にサイコロの目に応じて設定され、出演者がその場でサイコロを振って出た目に従って旅を進める(例えば新宿から博多まで夜行バスなど)ということをひたすら繰り返す人気番組の人気企画

浅野さん 「水曜どうでしょう」とは少し違いますが、サイコロの旅もします。路線を決めて、サイコロで出た目だけ進み、その駅でしかできないことをやるという企画です。例えば、降りた駅からしばらく歩いて、一面のススキが見えたとき、たまたま、僕がそのとき使っていたカバンが黄土色で、ススキの色に完全に同化しました。なので、僕の鞄をススキの中に隠してもらい、僕が何分で見つけられるかを、残り3人が賭けるんですよ。一番近かった人がビリの人から何か奢ってもらい、僕も、探す手間賃として何か奢ってもらう。あとは、地元のパン屋さんで、パンの名前が店の外から見えないときに、名前がよくわからないパンの名前をみんなで予想して、一番離れてる人が一番当たってる人に奢るみたいな。そうやって遊ぶのは今でもやります。

将来的にこんな生活がしたいというイメージはありますか。

浅野さん まだ特にないです。本に囲まれていればいいな、とは思います。本はやっぱり読む方がストレスがないので。書く時はものすごいストレスがあるんですよ。自分が書きたいものが書けないので、自分の無力さに突き当たってしまう。 自分の「こういうものを書きたい」というイメージに追いつかないという感覚に苛まれることが多いので、辛いんですよ。しかも 書いてる間は本が読めない。それも辛い。
ただ、書いてないと味わえない感動もあるので。書いているうちに、予想だにしないところが繋がったり、キャラクターが勝手に動いて、自分が書こうと思ってたイメージを勝手に超えてくれたり。「あ、こんな風に書けるんだ」って。そうやって最後までいくと、やっぱり感動するんですよね。それが人に読んでもらえるというのは、なおのこと至上の喜びなので。書いているときは「二度と書きたくない」と思ってるんですけど、人間都合がいいもので、書き終わると、「やっぱり書くっていいものだな」みたいな感じになります。

ハードな登山みたいですね。

浅野さん そうですそうです。途中途中でやっぱり感動ポイントがあるんですよね。 登ってる途中にいい景色がパッと見えるみたいな感じで。
実はここ2日くらい書くのが停滞していたのですが、ついさっき、「なるほどね」、「あなたこう考えてたんだ」って腑に落ちたところなんです。自分が生み出したキャラのはずなのに、やっぱり制御できないので。どうしてもうまく書けないなと思ってたんですけど、ようやくそのキャラの感情を理解できたような気がして、「あ、これならまた書ける」って思えました。今はまた書くのが楽しみです。 昨日の夜中とかは、もう書きたくない、無理だって感じだったんですけど、急に変わってしまった。そういう瞬間はすごく好きです。

人の気持ちのドロドロした部分を書くのと、話の構成やロジックを考えるのと、どちらの方が好きですか。

浅野さん あまり二つを区別して考えてはないです。ある登場人物がある感情を抱くっていうことが、自分の場合、かなりそのまま小説の全体の構造に結びつくので。『責任』とかもそうなんですが、自分の持ってる問題意識が一番よく表れると思う舞台設定を用意して、そこに一定の属性を持つ登場人物を投げ込むんですよ。で、あとは動いてもらうみたいな感じです。

勝手にキャラが動くという感じですか。

浅野さん そうですね。もちろん考えてる中で「こう動かそう」みたいなのはあるんですけど、勝手に動く部分はあって、そこは楽しいポイントです
やっぱり自分の中で、「世に問いたい」とか言ったら大げさですけれど、「この問題はちゃんと見た方がいい」とか、「実は面白い」とか、そういうものがあるんです。それを、登場人物の個人的な感情の動きを通じて描く。 「こうこうこういう問題があって」っていう説明だけだったら、論文とか学術書みたいになってしまって、それだと届く人が限られてくる。でも、そこに投げ込まれた等身大の人間の葛藤だったら、もっと多くの人に読んでもらえる。 それで、登場人物の感情や行動の変化を通じて、その背後にある大きな問題に、なんとなく読者の方の意識が向いてくれれば本望ですし、それこそがエンタメの力だと思っているので。

では、より多くの人に届くように、例えばラジオドラマ化とか映像化とか、作品が他のメディアになることは望んでいますか。

浅野さん 望んではいます。 もちろんそういう話があれば嬉しいです。
あと7月に、台湾で『責任』の翻訳版が出版されますが、これはめちゃめちゃ嬉しいですね。 ついに言葉の壁を越えるのかと。自分の10万字以上ある長い文章を訳してくれる方がいるというのも嬉しいですし。

それは嬉しいですね。次の作品は書いているのですか。

浅野さん はい。出版社からオファーは頂いてたんですけど、あまりいいものが出せず1年ぐらい経っていました。今年の1月にようやく正式にOKが出まして、3月末ぐらいから書いてます。

出版社からOKが出るまでに出す内容はどれくらい細かいものなのですか。

浅野さん いわゆるプロットというものを出すのですが、物語の登場人物とあらすじと構成を書いて、大体1つ当たり1万字ぐらいで出します。短ければ5千字ぐらいでまとまることもあるんですけど、それがてんでダメで、まあしょうがないかなと思ってたんですけど、なんとかOKが出て、今まさに踏ん張りどころを迎えているという感じです。

本日は面白いお話をありがとうございました。今後のご活躍楽しみにしております。

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