関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

宣言・決議・声明宣言・決議・声明

平成25年 声明

特定秘密の保護に関する法律案に反対する理事長声明

第1 声明の趣旨

 「特定秘密の保護に関する法律案」(以下「秘密保護法案」という。)によれば,行政機関の長は,「別表に掲げる事項に関する情報であって,公になっていないもののうち,その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため,特に秘匿することが必要であるものを特定秘密として指定するものとする」(同法第3条第1項)とされ,別表には,「一 防衛に関する事項」「二 外交に関する事項」「三 特定有害活動の防止に関する事項」「四 テロリズムの防止に関する事項」が列挙されている。

  1.  しかし,第一に,「特定秘密」として指定される別表に掲げられた事項の範囲は広範にすぎ,かつ,その概念が曖昧であって,本来であれば国民に提供されるべき情報が行政機関の判断のみによって特定秘密に指定され得るものである。
     たとえば,別表「一 防衛に関する事項」として列挙されているもののうち,各記載の「武器」には何らの制限がないから,核兵器も含まれると考えられる。しかし,そのように解釈されれば,核兵器の種類又は数量,核兵器の研究開発段階のものの仕様,性能,使用方法並びに製作,検査,修理又は試験の方法について,行政機関の長により特定秘密として指定することができることになるが,特定秘密として指定されたときは,我が国において,国民に秘密にされたまま核兵器の研究開発等をすることが可能となり,核武装に道を開くことになる。
     また,違法な「特定秘密」も保護の対象から除外していないから保護の対象となる可能性があり,多数の国民に対して違法な盗聴行為が行われ,これらの盗聴行為が行政機関の長により「テロリズムによる被害の防止」のための措置に該当するとして,特定秘密として指定できることにもなる。今年6月,アメリカ中央情報局(CIA)のエドワード・スノーデン元職員により,アメリカ国家安全保障局(NSA)が行っていた大規模な監視活動が暴露されたが,日本においても,違法な盗聴行為を特定秘密として指定することにより,国民に秘密にされたまま同様な監視活動が行われることにもなる。
  2.  第二に,行政機関の長が,行政機関に不都合な情報や違法性のある情報を「特定秘密」として指定しても,その指定を検証する機関は設置されていないから誰もチェックすることができず,行政機関の長による恣意的指定を防止することができない。
     また,特定秘密の有効期間の上限は5年であるが,何度でも有効期間を延長することができるものとされており(同法第4条第1項,第2項),いったん「特定秘密」として指定されると,本来であれば国民に提供されるべき情報が,将来にわたり全く隠されることになる。
  3.  第三に,行政機関の長は,特定秘密の取扱いの業務を行うことが見込まれる行政機関の職員等の同意を得て,当該行政機関の職員等が特定秘密の取扱いの業務を行なった場合にこれを漏らすおそれがないことについての適性評価を実施するものとされる(同法第12条第1項,第3項)。
     しかし,調査事項は,特定有害活動,テロリズムとの関係のほか,飲酒についての節度,信用状態その他の経済的状況(同法第12条第2項)など多岐にわたるものであり,被対象者のプライバシーが広範囲に侵害されるおそれがあり,また,調査事項は被対象者の思想良心にも及ぶ思想調査が横行するおそれがある。
  4.  第四に,秘密保護法案によれば,特定秘密の取扱いの業務に従事する者がその業務により知得した特定秘密を漏らしたときは,10年以下の懲役又は10年以下の懲役及び罰金に処し(同法第22条第1項),公益上の必要等により特定秘密の提供を受け,これを知得した者がこれを漏らしたときは,5年以下の懲役又は5年以下の懲役及び罰金に処する(同条第2項)。更に,未遂も処罰し(同条第3項),過失による漏えいを処罰するとしている(同条第4項,第5項)。しかし,秘密保護法案は行政機関に対し,事実上,特定秘密の指定を包括的に委任するものであり,罪刑法定主義の趣旨に反するものである。
     また,秘密保護法案によれば,人を欺き,人に暴行を加え,又は人を脅迫する行為,財物の窃取・損壊,施設への侵入,有線電気通信の傍受,不正アクセス行為その他特定秘密の保有者の管理を害する行為により特定秘密を取得した者は10年以下の懲役又は10年以下の懲役及び罰金に処し(同法第23条第1項),未遂も処罰するとしている(同条第2項)。しかし,特定秘密取得行為を処罰することは,取材の自由・報道の自由を不当に制限するものであり,容認できない。
     更に,漏えい(故意に限る。)と取得行為の共謀,教唆,煽動も処罰するとされている(同法第24条)。しかし,これは,いずれも実行行為がまだ行われていない段階の行為を処罰するものであり,近代刑法の基本原則である行為責任主義の原則に反するものであるばかりでなく,取材の自由・報道の自由に対する大きな脅威となる。
  5.  第五に,秘密保護法案については,自民党と公明党との協議により,「延長後の指定の有効期間が通じて三十年を超えることとなるとき」は,内閣の承認を得なければならないという規定が加えられた(同法第4条第3項)。しかし,そもそも行政機関のトップは内閣総理大臣であり,「内閣の承認」を要件としても,第三者によるチェックではなく,行政機関の長による恣意的指定を防止することを期待できないし,30年という長期間経過後に「内閣の承認」を要件としてもチェック機能として無意味に等しいものである。
     同様に,第六章「雑則」として,政府は特定秘密の指定等の運用基準を定めることが規定されたが(同法第18条第1項),単なる運用基準を定めても,第三者によるチェックをしたことにはならないから,行政機関の長による恣意的指定を防止することができない。
     また,秘密保護法案の適用には,「国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない」という規定が加えられた(同法第21条第1項)。しかし,この規定は,単なる訓示規定であって,法的効力はないものであり,ほとんど無意味である。
     さらに,「出版又は報道の業務に従事する者の取材行為」については,「専ら公益を図る目的を有し,かつ,法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは,これを正当な業務による行為とする」という規定が加えられた(同条第2項)。しかし,出版又は報道の業務に従事する者の情報取得行為について,秘密保護法案第23条第1項は,「保有する者の管理を害する行為」という抽象的な規定をしており,違法な取得行為の態様を何ら限定していない。したがって,これを前提に,「著しく不当な方法によるものと認められない限りは,これを正当な業務による行為とする」と規定しても,同義反復というに等しく,取材行為を「正当な業務による行為」として保障したとは言いがたい。
  6. 第六に,「国家安全保障と情報への権利に関する国際原則」(以下「ツワネ原則」という。)は,アメリカの財団の呼びかけにより,国際連合,人及び人民の権利に関するアフリカ委員会,米州機構等世界70か国以上の専門家により,2013年6月,南アフリカ共和国の首都・ツワネで公表されたものであり,政府の情報への公的アクセスをどのように保障するかという問題に対して,関連法令の起草に関わる人々への指針を提供するために作成されたものである。このように,ツワネ原則は,現時点において,情報の秘密と公開という問題について,人類の叡智を結集した原則であるから,可能な限り尊重すべきである。ツワネ原則によれば(「諸外国における国家秘密の指定と解除」国立国会図書館・今岡直子),
    1. ① 監視機関について,「安全保障部門には独立した監視機関が設けられるべきである(原則6,31-33)。」とされているが,秘密保護法案には,行政機関の長が個別に特定秘密を指定するものであり,独立した監視機関は設けられていない。
    2. ② 違法な情報について,「政府は,国際人権法及び国際人道法の違反についての情報は決して制限してはならない。この情報には,前政権の過去の違反についての情報及び現政府の関係者又は他者により犯された違反についての情報も含まれる。また,この情報には,違反が明らかな場合のみならず違反が疑われるような場合に真実を明らかにするための情報も含まれる(原則10A)。」とされているが,秘密保護法案には,違法な「特定秘密」を排除する規定はない。
    3. ③ 秘密指定の期間について,「情報は,必要な期間にのみ限定して秘密指定されるべきであり,決して無期限であってはならない。政府が秘密指定を許される最長期間を法律で定めるべきである(原則16)。」とされているが,秘密保護法案には,特定秘密の有効期間の上限は5年であるが,何度でも有効期間を延長することができるものとされており(同法第4条第1項,第2項),最長期間を法律で定めてはいない。
    4. ④ 「裁判手続の公開という基本的権利の侵害のために,国家安全保障が発動されてはならない。公衆には裁判手続の公開の制限に対して異議を唱える機会が認められるべきである(原則28)。」とされているが,秘密保護法案には,異議を唱える機会は手当されていない。
      「刑事裁判において,公平な裁判を実現するために,公的機関は,被告人及びその弁護人に対して,秘密情報であっても公益に資すると思慮する場合は,その情報を開示すべきである。公的機関が公平な裁判に欠かせない情報の開示拒否した場合,裁判所は,訴追を延期又は却下すべきである(原則29)。」とされているが,秘密保護法案では,そのような手続は手当されていない。
      「民事裁判において,人権を侵害された者がその侵害行為への救済策を請求し又は入手することを阻害するような国家秘密等を,政府が秘密のままにすることは許されない(原則30)。」とされているが,秘密保護法案では,侵害行為への救済策を請求し又は入手することを阻害するような国家秘密等であっても,秘密のままである。
    5. ⑤「情報漏えい者に対する刑事訴追は,明らかになった情報により生じる公益より,現実的で確認可能な重大な損害を引き起こす危険性が大きい場合に限って検討されるべきである(原則43,46)。」とされているが,秘密保護法案では,情報により生じる公益と重大な損害を引き起こす危険性を比較することなく,刑事処罰の対象としている。
       また,「公務員でない者は,秘密情報の受取,保持若しくは公衆への公開により,又は秘密情報の探索,アクセスに関する共謀その他の罪により訴追されるべきではない(原則47)。」とされているが,秘密保護法案では,公務員でない者であっても,漏えい(故意に限る。)と取得行為の共謀,教唆,煽動も処罰するとされている。
  7.  以上のとおり,秘密保護法案の問題点を指摘したが,そもそも情報の秘密と公開という人類普遍の問題に対しては,人類の叡智を結集したツワネ原則を可能な限り採用すべきであり,これを無視した,いわば前近代的な秘密保護法案に対し,当連合会は強く反対する。

第2 声明の理由

 安倍内閣は,本年10月25日,秘密保護法案を閣議決定し,国会に提出した。当連合会は,2012(平成24)年9月19日,「秘密保全法制定に反対する理事長声明」を表明しており,その際に主張した反対理由については従前どおり維持するものであるが,新たに秘密保護法案が提出されたことから,改めて理事長声明を表明する。

  1. 特定秘密として指定される別表に掲げられた事項の範囲・定義について
     秘密保護法案によれば,行政機関の長は,「別表に掲げる事項に関する情報であって,公になっていないもののうち,その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため,特に秘匿することが必要であるものを特定秘密として指定するものとする」(同法第3条第1項)とされ,別表には,「一 防衛に関する事項」「二 外交に関する事項」「三 特定有害活動の防止に関する事項」「四 テロリズムの防止に関する事項」が列挙されている。
     しかし,「特定秘密」として指定される別表に掲げられた事項の範囲は,列挙されている事項が多岐にわたり,あらゆる分野の情報を対象としていることから,その範囲が広範にすぎ,かつ,その概念が曖昧であって,本来であれば国民に提供されるべき情報が行政機関の判断のみによって特定秘密に指定され得るものである。
    1. (1)たとえば,別表「一 防衛に関する事項」として列挙されているもののうち,
      1. ホ 武器,弾薬,航空機その他の防衛の用に供する物(船舶を含 む。チ及びリにおいて同じ。)の種類又は数量
      2. チ 武器,弾薬,航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開発段階のものの仕様,性能又は使用方法
      3. リ 武器,弾薬,航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開発段階のものの製作,検査,修理又は試験の方法
      において各記載の「武器」の種類には限定はないから,核兵器も含まれると解釈せざるを得ない。そのように解釈されれば,行政機関の長により特定秘密として指定することができることになる。しかし,核兵器に関する事項が特定秘密として指定されたときは,我が国において,国民に秘密にされたまま核兵器の研究開発等をすることが可能となり,さらには,我が国の核武装に道を開くことになるから,是認することはできない。
       なお,核兵器についての政府見解は,核兵器の所持も憲法上は禁止されていないが,非核三原則等により保有しないものとしているというものであり(昭和53年4月,参議院予算委員会における真田秀夫内閣法制局長官の答弁等),安倍総理も,2002年5月13日,早稲田大学の講演で,「自衛のための必要最小限度を超えない限り,核兵器であると,通常兵器であるとを問わず,これを保有することは,憲法の禁ずるところではない」と明言している。しかし,非核三原則とは,「核兵器を持たず,作らず,持ち込ませず」というものであるが,核兵器の製造に至らない研究開発等までも制限しているものではないし,国会決議において表現された非核三原則は,法律や条約ではないから法的拘束力はない。したがって,核兵器の研究開発等をすることは可能であり,行政機関の長により核兵器の研究開発等が特定秘密として指定されれば,国民に秘密にされたまま,核武装に道を開くことになる。
    2. (2)また,本年6月,アメリカ中央情報局(CIA)のエドワード・スノーデン元職員により,アメリカ国家安全保障局(NSA)が行っていた大規模な監視活動が暴露された。また,NSAが,10年近くにわたってドイツのメルケル首相の携帯電話を盗聴していたことも暴露された。ところで,「特定秘密」として指定される事項には,違法な「特定秘密」も保護の対象から除外していないから保護の対象となる可能性があり,「特定有害活動の防止」もしくは「テロリズムの防止」という目的により多数の国民に対して違法な盗聴行為が行われ,これらの盗聴行為が行政機関の長により特定秘密として指定できることにもなる。しかし,違法な盗聴行為に関する事項が特定秘密として指定されたときは,我が国においても,国民に秘密にされたまま,NSAが行っていたような違法な盗聴行為を行うことが可能となることになり,是認することはできない。
  2. 特定秘密の指定権者,指定の有効期間について
    1. (1)秘密保護法案によれば,特定秘密の指定権者は,行政機関の長とされる(同法第3条第1項)が,その指定の相当性を検証する機関は設置されていない。
       しかし,第1に,行政機関の長が,行政機関に不都合な情報や違法性のある情報を「特定秘密」として指定しても,その指定の相当性を検証する機関を設置しなければ誰もチェックすることができず,行政機関の長による恣意的指定を防止することができない。ことに,防衛に関する事項や外交に関する事項については,主権者である国民(憲法第1条)が議論し,これをもとに国民の代表者たる国会において決めるべき重要な問題が少なくない。それを,行政機関の長が特定秘密として指定し,だれもその判断が正しいか否かを検証することができないということは,国民主権の原則を全く無視するにも等しいものである。第2に,行政機関が特定秘密として指定したときは,誰もチェックすることができなくなるという秘密保護法案は,法の支配にも反することになる。法の支配の原則は,「専断的な国家権力の支配を排斥し,権力を法で拘束することによって国民の権利・自由を擁護することを目的とする原理である」(芦部信喜・憲法新版13頁)が,「特定秘密」の指定の相当性を検証する機関が設置されていなければ,行政機関の違法行為や,説明責任に反して主権者たる国民に隠蔽している行為等について情報隠しが可能となり,行政機関の恣意的指定を防止できなくなり,法の支配に反することになる。
    2. (2)秘密保護法案によれば,5年を超えない範囲内において有効期間を定めるものとし(同法第4条第1項),更に,5年を超えない範囲内において有効期間を延長するものとされ(同条第2項),何度でも有効期間を延長することができるものとされており(同条第2項),いったん「特定秘密」として指定されると,将来にわたり重要な情報が国民に全く隠されることになる。
       ことに,秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議による「秘密保全のための法制のあり方について(報告書) 」(以下「有識者会議による報告書」という。)によれば,「本法制により保全される特別秘密は,そもそも情報公開法の下で開示対象とされる情報に該当しないことから,同法により具体化されている国民の知る権利を害するものではないと考えられる。」とされており,行政機関の長が特定秘密に指定した場合には,情報公開法により事後的にチェックすることさえ不可能となることになり,国民の知る権利に対する大きな障害となる。
  3. 適性評価について
     秘密保護法案によれば,行政機関の長は,特定秘密の取扱いの業務を行うことが見込まれる行政機関の職員等の同意を得て,当該行政機関の職員等が特定秘密の取扱いの業務を行なった場合にこれを漏らすおそれがないことについての適性評価を実施するものとされる(同法第12条第1項,第3項)。
     しかし,第1に,調査事項は特定有害活動,テロリズムとの関係のほか,犯罪及び懲戒の経歴,情報の取扱いに係る非違の経歴,薬物の濫用及び影響,精神疾患,飲酒についての節度,信用状態その他の経済的状況(同条第2項)など多岐にわたるものであり,被対象者のプライバシーが広範囲に侵害されるおそれがある。第2に,適性評価は,特定秘密を漏らすおそれがないかどうかという被対象者の内心を探ることが目的であり,調査事項は被対象者の思想・信条にも及ぶ思想調査が横行するおそれがある。第3に,適性評価は被対象者の同意を得て行うものとされるが,同意は正当化の理由にはならない。その理由は,被対象者が同意を拒否すれば,取扱いの業務から排除されたり,不適性であるとの評価を下されることが明らかであるから,事実上,同意が強制される状況だからである。
  4. 罰則について
    1. (1)秘密保護法案によれば,特定秘密の取扱いの業務に従事する者がその業務により知得した特定秘密を漏らしたときは,10年以下の懲役又は10年以下の懲役及び罰金に処し(同法第22条第1項),公益上の必要等により特定秘密の提供を受け,これを知得した者がこれを漏らしたときは,5年以下の懲役又は5年以下の懲役及び罰金に処する(同条第2項)。更に,未遂も処罰し(同条第3項),過失による漏えいを処罰するとしている(同条第4項,第5項)。
       しかし,第1に,秘密保護法案は罪刑法定主義の趣旨に反するものである。罪刑法定主義は,近代刑法の基本原則であり,犯罪と刑罰が国会で制定された狭義の法律に規定されなければならないというものである。ところで,「特定秘密」として指定される別表に掲げられた事項の範囲は,列挙されている事項が多岐にわたり,あらゆる分野の情報を対象としており,秘密保護法案は行政機関に対し,事実上,特定秘密の指定を包括的に委任するものであり,罪刑法定主義の趣旨に反するものである。
       第2に,秘密保護法案は国民の裁判を受ける権利を侵害するおそれがある。刑事事件においては,被告人は公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する(憲法第37条第1項)が,秘密保護法違反により起訴された場合,「特定秘密」の内容が明らかにされないまま,審理されたのでは,被告人としては防御・反論することもできない。
       第3に,国会議員が特定秘密に係る情報を入手した場合,国会議員も過失漏えい罪,未遂罪等により処罰されるおそれがあることから,政党内または国会において他の議員と議論することも抑制されることとなり,行政機関に対する国会の民主的監視機能までも失いかねない。
    2. (2)また,秘密保護法案によれば,人を欺き,人に暴行を加え,又は人を脅迫する行為,財物の窃取・損壊,施設への侵入,有線電気通信の傍受,不正アクセス行為その他特定秘密の保有者の管理を害する行為により特定秘密を取得した者は10年以下の懲役又は10年以下の懲役及び罰金に処し(同法第23条第1項),また,未遂も処罰するとしている(同条第2項)。
       しかし,特定秘密を取得する行為を処罰することは,取材の自由・報道の自由を不当に制限するものであり,容認できない。特に,行政機関の長が,行政機関に不都合な情報や違法性のある情報を「特定秘密」として指定した場合において,新聞記者を含む報道関係者の取材行為を処罰することは,容認できない。行政機関に不都合な情報や違法性のある情報を秘匿する利益と国民の知る権利に奉仕する取材の自由・報道の自由の価値とを比較すれば,後者が重いことは言うまでもないからである。
    3. (3)更に,漏えい(故意に限る。)と取得行為の共謀,教唆,煽動も処罰するとされている(同法第24条)。しかし,これは,いずれも実行行為がまだ行われていない段階の行為を処罰するものであり,近代刑法の基本原則である行為責任主義の原則に反するものであるばかりでなく,取材の自由・報道の自由に対する大きな脅威となると言わざるを得ない。
  5. 秘密保護法案の修正点について
     秘密保護法案については,自民党と公明党との協議により,「延長後の指定の有効期間が通じて三十年を超えることとなるとき」は,内閣の承認を得なければならないという規定が加えられた(同法第4条第3項)。しかし,そもそも行政機関のトップは内閣総理大臣であり,「内閣の承認」を要件としても,第三者によるチェックではなく,行政機関の長による恣意的指定を防止することを期待できないし,30年という長期的経過後に「内閣の承認」を要件としてもチェック機能として無意味に等しいものである。
     同様に,第六章「雑則」として,政府は特定秘密の指定等の運用基準を定めることが規定されたが(同法第18条第1項),単なる運用基準を定めても,第三者によるチェックをしたことにはならないから,行政機関の長による恣意的指定を防止することができない。
     さらに,秘密保護法案の適用には,「国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない」という規定が加えられた(同法第21条第1項)。しかし,この規定は,単なる訓示規定であって,法的効力はないものであり,ほとんど無意味である。
     また,「出版又は報道の業務に従事する者の取材行為」については,「専ら公益を図る目的を有し,かつ,法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは,これを正当な業務による行為とする」という規定が加えられた(同条第2項)。しかし,前提となる出版又は報道の業務に従事する者の情報取得行為について,秘密保護法案第23条第1項は,人を欺く行為,人に暴行を加える行為,人を脅迫する行為,財物の窃取若しくは損壊する行為,施設への侵入をする行為,有線電気通信の傍受をする行為,不正アクセス行為その他特定秘密の保有者の管理を害する行為を対象としているが,「保有する者の管理を害する行為」という抽象的な規定では違法な取得行為の態様を何ら限定したことにならない。したがって,これを前提に,「著しく不当な方法によるものと認められない限りは,これを正当な業務による行為とする」と規定しても,同義反復というに等しく,取材行為を「正当な業務による行為」として保障したとは言いがたい。むしろ,同項の「保有する者の管理を害する行為」という包括的規定及び第21条第1項の「著しく不当な方法によるもの」という抽象的な規定を削除することが必要である。
  6. ツワネ原則について
     ツワネ原則は,アメリカの財団の呼びかけにより,国際連合,人及び人民の権利に関するアフリカ委員会,米州機構等世界70か国以上の500人以上の専門家により,2013年6月,南アフリカ共和国の首都・ツワネで公表されたものであり,政府の情報への公的アクセスをどのように保障するかという問題に対して,関連法令の起草に関わる人々への指針を提供するために作成されたものである。このように,ツワネ原則は,現時点において,情報の秘密と公開という問題について,人類の叡智を結集した原則であるから,可能な限り尊重すべきである。ツワネ原則によれば(「諸外国における国家秘密の指定と解除」国立国会図書館・今岡直子),
    1. ① 監視機関について,「安全保障部門には独立した監視機関が設けられるべきである。監視機関は,実効的な監視を行うために必要な全ての情報に対してアクセスできるようにすべきである(原則6,31-33)。」とされているが,秘密保護法案には,行政機関の長が個別に特定秘密を指定するものであり,独立した監視機関は設けられていない。
    2. ② 違法な情報について,「政府は,国際人権法及び国際人道法の違反についての情報は決して制限してはならない。この情報には,前政権の過去の違反についての情報及び現政府の関係者又は他者により犯された違反についての情報も含まれる。また,この情報には,違反が明らかな場合のみならず違反が疑われるような場合に真実を明らかにするための情報も含まれる(原則10A)。」「違法な監視の事実は,監視対象となった者のプライバシー権を侵害しない限り開示されるべきである(原則10E)。」とされているが,秘密保護法案には,前述のとおり,違法な「特定秘密」を排除する規定はなく,違法な「特定秘密」も保護の対象となる可能性がある。
    3. ③ 秘密指定の期間について,「情報は,必要な期間にのみ限定して秘密指定されるべきであり,決して無期限であってはならない。政府が秘密指定を許される最長期間を法律で定めるべきである(原則16)。」とされているが,秘密保護法案には,特定秘密の有効期間の上限は5年であるが,何度でも有効期間を延長することができるものとされており(同法第4条第1項,第2項),最長期間を法律で定めてはいない。
    4. ④ 「裁判手続の公開という基本的権利の侵害のために,国家安全保障が発動されてはならない。公衆には裁判手続の公開の制限に対して異議を唱える機会が認められるべきである(原則28)。」とされているが,秘密保護法案には,異議を唱える機会は全く規定されていない。
       また,「刑事裁判において,公平な裁判を実現するために,公的機関は,被告人及びその弁護人に対して,秘密情報であっても公益に資すると思慮する場合は,その情報を開示すべきである。公的機関が公平な裁判に欠かせない情報の開示拒否した場合,裁判所は,訴追を延期又は却下すべきである(原則29)。」とされているが,秘密保護法案では,そのような手続は全く規定されていない。
       さらに,「民事裁判において,人権を侵害された者がその侵害行為への救済策を請求し又は入手することを阻害するような国家秘密等を,政府が秘密のままにすることは許されない(原則30)。」とされているが,秘密保護法案では,侵害行為への救済策を請求し又は入手することを阻害するような国家秘密等であっても,「秘密のまま」である。
    5. ⑤「内部告発者は,明らかにされた情報による公益が,秘密保持による公益 を上回る場合には,報復を受けるべきではない(原則40,41,43)。」とされているが,秘密保護法案では,明らかにされた情報による公益が,秘密保持による公益を上回る場合にも,刑事処罰の対象である。
       「情報漏えい者に対する刑事訴追は,明らかになった情報により生じる公益より,現実的で確認可能な重大な損害を引き起こす危険性が大きい場合に限って検討されるべきである(原則43,46)。」とされているが,秘密保護法案では,情報により生じる公益と重大な損害を引き起こす危険性を比較することなく,刑事処罰の対象としている。
       「公務員でない者は,秘密情報の受取,保持若しくは公衆への公開により,又は秘密情報の探索,アクセスに関する共謀その他の罪により訴追されるべきではない(原則47)。」とされているが,秘密保護法案では,公務員でない者であっても,漏えい(故意に限る。)と取得行為の共謀,教唆,煽動も処罰するとされている。
  7.  以上のとおり,秘密保護法案の問題点を指摘したが,そもそも情報の秘密と公開という人類普遍の問題に対しては,人類の叡智を結集したツワネ原則を可能な限り採用すべきであり,これを無視した,いわば前近代的な秘密保護法案に対し,当連合会は強く反対する。

2013年(平成25年)11月21日
関東弁護士会連合会
理事長 栃木 敏明

PAGE TOP