関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

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平成25年度 決議①

憲法第96条の憲法改正発議要件緩和に反対する決議

 2012(平成24)年4月27日,自由民主党は「日本国憲法改正草案」を発表して憲法第96条の憲法改正規定を両議院のそれぞれの総議員の過半数で発議できるように改正する方針を明らかにし,日本維新の会,みんなの党も同様の方針を掲げ,また,2013(平成25)年3月4日,安倍首相は衆議院代表質問で,憲法第96条の憲法改正発議要件を緩和することから先行着手すると明言した。
 これらの動きに対し,関東弁護士会連合会を構成する13の管内弁護士会は,次々に,憲法第96条の憲法改正発議要件の緩和に反対する会長声明を表明し,また,総会決議を採択してきた。更に,当連合会は管内各弁護士会とともに,憲法に関するシンポジウム,講演会等を共催してきた。これは,基本的人権の擁護と社会正義の実現を旨とする弁護士および弁護士会,弁護士会連合会として,憲法第96条の改正には見過ごすことのできない重大な問題があると考えたからである。
 日本国憲法は,第97条において,基本的人権の本質を「現在及び将来の国民に対し,侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」と規定して,憲法の最高法規性の実質的理由が基本的人権の尊重にあることを示し,続く第98条で憲法の最高法規性を謳い,第99条で国家権力を司る公務員にのみ憲法尊重擁護義務を課し,第81条で最高裁判所の違憲立法審査権を定め,憲法は法律の上位に位置するものであって,国家権力を縛り,国民の基本的人権を守るものであるという立憲主義の原則を明示している。憲法改正手続を定めた憲法第96条が,憲法改正の発議に各議院の総議員の3分の2以上の賛成を必要としているのも,憲法の基本原理が時々の政権によって安易に変えられないようにするためであり,上記各規定とともに立憲主義を制度的に支えるものである。
 ところが,前述のとおり,憲法第96条の憲法改正発議要件を各議院の総議員の過半数に緩和することを複数の政党が主張し,超党派の国会議員による「憲法96条改正を目指す議員連盟」も設立されている。更に,昨年12月の衆議院選挙において自由民主党が圧勝して政権が交代し,本年7月の参議院選挙で自由民主党が再び圧勝したことに伴い,安倍首相は,参議院選挙後の記者会見において,再び憲法第96条を先行改正したいと言明するに至っている。
 当連合会は,以下の理由により,憲法第96条の憲法改正発議要件の緩和に強く反対するとともに,日本国憲法の基本原理を,その歴史的・国際的意義を含め国民に広く浸透させる取り組みを強化していく。
 第一に,立憲主義に基づき国家権力の濫用を防止して基本的人権の侵害を防ぐためには,憲法の基本原理が時々の国家権力によってみだりに変えられないという保障が必要であり,そのために,憲法第96条も憲法改正要件を厳格に規定している。憲法改正発議要件を各議院の総議員の過半数に緩和することは,立憲主義の理念を没却することになり,ひいては基本的人権の保障が不安定なものとなるおそれがあり許されない。
 第二に,憲法第96条の憲法改正発議要件を緩和することは,時々の政権による安易な憲法改正に道を開き, 政権交代の度ごとに日本国憲法における立憲主義の理念や象徴天皇制,議院内閣制,司法権の独立,平和主義など統治の基本原理の改変が繰り返されることになって,すこぶる不安定な国家になり,大きな禍根を残すことになる。
 第三に,これまで我が国の国会においては,政権与党による安易な強行採決が行われてきたが,憲法改正発議要件を各議院の総議員の過半数で足りるとしてしまうと,国民の基本的人権や統治の基本原理に係わる重大な問題に対して,十分な審議がなされないまま強行採決により発議されてしまうおそれが生ずる。そうなると,主権者たる国民に,憲法改正の問題点に関する審議内容が提供されず,国民において公正かつ冷静な判断ができなくなるおそれがある。
 第四に,憲法学会においては,憲法改正規定があるからといって無制限に改正できるものではなく,憲法改正には限界があるとの見解が多数である。憲法第96条の改正もその限界の一つとして指摘されており,憲法第96条を改正することには法理論上大きな疑義が残る。
 第五に,自由民主党の憲法改正草案では,立憲主義,平和主義など憲法の基本原理の改正が含まれていることから,憲法第96条の先行改正の狙いは,まず憲法改正発議要件を緩和して憲法改正を容易にした上で,憲法各条項の改正を行おうと企図するものであると言わざるを得ない。しかしながら,そのような狙いは,本来の目的である憲法各条項の改正内容を議論の土俵に上げず,憲法改正発議要件を緩和することによって目的を達成しようとするものであり,国民を偽るにも等しいものであって決して認めることはできない。

 以上のとおり決議する。

2013(平成25)年9月27日
関東弁護士会連合会

提案理由

第1 日本国憲法における立憲主義の原則と最高法規性
 18世紀末の近代市民革命以降の憲法は,自然権思想の下に,国の最高法規として,国家権力に縛りをかけ,国家権力の濫用を防止して国民の自由と権利を保障することを目的としている(立憲主義の原則)。ここには,国家権力による専制から多大な犠牲を払って自由と権利を獲得してきた人類の多年にわたる叡智が込められている。
 日本国憲法も,第11条において,「この憲法が国民に保障する基本的人権は,侵すことのできない永久の権利として,現在及び将来の国民に与へられる。」と定め,第97条で「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は,人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて,これらの権利は,過去幾多の試練に堪へ,現在及び将来の国民に対し,侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」と規定して,基本的人権の歴史的意義とその保障を明確化している。かかる基本的人権の尊重こそが最高法規性を実質的に裏付けるものであり,この条項に続く第98条で,憲法の最高法規性を宣言するとともに,第99条で,天皇・国務大臣・国会議員・裁判官等(あえて国民を除外した)国家権力を司る公務員のみに憲法尊重擁護義務を課している。しかも,第81条で最高裁判所に違憲立法審査権を与え,憲法の規定に反する一切の法律,命令,規則及び処分はその効力を有しないとして,徹底した基本的人権の保障を図っている。
 このように,日本国憲法は,国の基本法たる最高法規として,憲法の基本原理を維持確保するために,たとえ民主的に選ばれた国家権力であっても,これが濫用され国民の自由を侵害するおそれがあるので,権力の濫用を防止するために主権者たる国民が国家権力を縛り,国民の基本的人権を守るものであるという立憲主義の原則を採用したのである。

第2 憲法第96条における憲法改正要件とその厳格化の理由
 憲法第96条は,「この憲法の改正は,各議院の総議員の三分の二以上の賛成で,国会が,これを発議し,国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には,特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において,その過半数の賛成を必要とする。」と規定し,法律案等の可決要件に比べ厳格な要件を定めている(硬性憲法)。
 これは,立憲主義の原則から,憲法は国の基本法たる最高法規であり,国の基本原理,殊に基本的人権の尊重を規定しているものであるから,安易に変更して基本的人権の保障を不安定なものとしてはならないからである。また,憲法改正発議要件が法律改正と同様に緩やかなものとされた場合は,容易かつ頻繁に憲法改正が行われることになり,国民投票の結果次第では,政権交代の度ごとに統治の基本原理の改変が繰り返されることになる。このような不安定極まりない事態を回避するためにも改正要件を厳格化することが要請されているものである。

第3 憲法第96条を改正しようとする最近の動向
 自由民主党は,2012(平成24)年4月27日,「日本国憲法改正草案」を発表し,憲法第96条の憲法改正発議要件を緩和し,両議院のそれぞれの総議員の過半数で発議できるように改正する方針を明らかにしている。また,日本維新の会(維新八策「8,憲法改正~決定できる統治機構の本格的再構築」),みんなの党(みんなの党「憲法改正の基本的考え方」)も同様の方針を掲げ,更に,超党派の国会議員による「憲法96条改正を目指す議員連盟」(古屋圭司会長)も設立されている。
 同年12月16日の衆議院選挙において,自由民主党は294名が当選し,公明党も31名が当選して政権が交代し,与党が衆議院総議員(定数480名)の3分の2以上を確保した。そして,安倍首相は,2013(平成25)年2月28日,施政方針演説において,憲法改正に向けた国民的議論を深めることを強調するとともに,同年3月4日,衆議院代表質問などにおいて,憲法第96条の憲法改正発議要件を緩和することから先行着手すると明言した。
 また,2013(平成25)年7月21日の参議院選挙において,与党である自由民主党と公明党は圧勝し,参議院議員(定数242名)のうち,135名を確保することになった。そして,安倍首相は,参議院選挙後の記者会見において,再び憲法第96条を先行改正したいと言明するに至っている。
 安部首相が明言している憲法第96条の先行改正とは,憲法第96条が憲法改正の発議について,「各議院の総議員の3分の2以上の賛成」とされている要件を緩和し,「各議院の総議員の過半数の賛成」に変更するというものである。

第4 憲法第96条の憲法改正発議要件の緩和に対する当連合会の意見
 当連合会は,以下の理由により,憲法第96条の憲法改正発議要件の緩和に強く反対する。

  1.  立憲主義の理念の没却
     憲法は,「本来人間は,生まれながらにして自由であり,平等である」という自然権思想の下に,国の最高法規として,国家権力に縛りをかけ,国家権力の濫用を防止して国民の自由と権利を保障することを目的としている(立憲主義の原則)。憲法第96条において憲法改正発議要件が厳格に定められているのは,立憲主義を制度的に保障するものである。憲法改正発議要件を各議院の総議員の過半数に緩和することは,かかる立憲主義の理念を没却することになり,ひいては基本的人権の保障が不安定なものとなるおそれがある。そもそも,憲法改正権は,憲法制定権力である主権者たる国民のみに存するのであって,憲法によって作られた立法権である国会は,憲法に拘束され,永久かつ不可侵の権利である基本的人権を守るために憲法制定権力により厳格に定められた憲法第96条の改正要件に拘束されるものである。国会が,その根拠となる憲法第96条の改正要件を緩和しようとすることは,上記立憲主義や人権保障の理念を没却することになり,許されない。
  2.  国家の安定性の阻害
     憲法は最高法規であるから,時の政権,政治状況によって揺れ動くものであってはならず,あくまで安定的に国家の基本法として機能しなければならない。
     憲法改正発議要件が法律改正と同様の緩やかなものとされた場合は,安易な議論で憲法改正が発議され,国民においても慎重かつ十分な議論が尽くされないまま,容易かつ頻繁に憲法改正が繰り返されることになる。そして,国民投票の結果次第では,政権交代の度ごとに国の基本的仕組みが変えられることにもなり兼ねず,(憲法改正の限界という問題を捨象するとすれば)日本国憲法における立憲主義の理念や象徴天皇制,議院内閣制,司法権の独立,平和主義など統治の基本原理の改変が繰り返されることになり,すこぶる不安定な国家になって大きな禍根を残すことになる。
  3.  国会での慎重な審議の必要性
     これまで我が国の国会においては,政権与党による安易な強行採決が行われてきたが,憲法改正発議要件を各議院の総議員の過半数で足りるとしてしまうと,国民の基本的人権や統治の基本原理に係わる重大な問題に対して,十分な審議がなされないまま強行採決により発議されてしまうおそれが生ずる。
     ところで,主権者たる国民が,憲法の本質的意義を十分に理解して公正かつ冷静な判断を行うためには,当該憲法改正の問題点を深く知ることが必要となるが,それには,国会での十分かつ慎重な審議とかかる審議内容の情報開示が不可欠である。しかし,強行採決により発議されてしまうと,当該憲法改正の問題点に関する審議内容が提供されずに国民投票が実施されることになり,国民において公正かつ冷静な判断ができなくなるおそれがある。従って,このような憲法改正発議要件の緩和を絶対に認めてはならない。
  4.  憲法改正の限界
     憲法学会においては,憲法改正規定があるからといって無制限に改正できるものではなく,憲法改正には限界があるとの見解が多数である。憲法第96条の改正もその限界の一つとして指摘されており,第96条を改正することには法理論上大きな疑義が残る。
  5.  自由民主党の憲法発議要件緩和の真のねらい
     自由民主党の憲法改正草案は,憲法第97条(基本的人権の本質)を削除して,国民に対する憲法尊重義務を新たに規定するとともに(草案第102条1項),国民の権利について「公益及び公の秩序」といった制限を幅広く課し(草案第12条,第21条2項等),他方において多様な義務規定を設ける(草案前文,第3条2項,第19条の2,第92条2項,第99条3項等)などし,更には,憲法前文で定めている平和的生存権の規定を削除して,自衛権と国防軍の規定を新設する(草案第9条2項,第9条の2)等,立憲主義の理念や平和主義を含む憲法の基本原理をも改正の対象としている。
     従って,自由民主党の憲法第96条の先行改正の狙いは,まず憲法改正発議要件を緩和して憲法改正を容易にした上で,憲法各条項の改正を行おうと企図するものであると言わざるを得ない。しかしながら,そのような狙いは,本来の目的である憲法各条項の改正内容を議論の土俵に上げず,憲法改正発議要件を緩和することによって目的を達成しようとするものであり,国民を偽るにも等しいものであって決して認めることはできない。
  6.  諸外国との比較
     諸外国の憲法と比較すると,法律と同じ要件で改正できる憲法はきわめて少数で,ほとんどの国が法律制定よりも厳しい憲法改正要件を定めている。
     日本国憲法第96条と同じように,議会の3分の2以上の議決と国民投票を要求している国としては,ルーマニア,韓国,アルバニア等がある。ベラルーシでは議会の3分の2以上の議決を2回必要とし,更に国民投票を要求しており,また,フィリピンでは議会の4分の3以上の議決と国民投票を必要としており,更に,スペインでは両議院の3分の2以上の議決と,国会を解散し新たに選出された両議院で3分の2以上の議決を経た上で国民投票を要求する制度を採っているなど,いずれも日本国憲法よりも一層厳しい要件となっている。
     国民投票を要しない場合でも,イタリアでは同一構成の議会が一定期間を据え置いて再度の議決を行い,2回目が3分の2未満のときには国民投票が任意的に行われ,アメリカでは連邦議会の両議員における出席議員の3分の2以上の議決と4分の3以上の州議会の承認が必要とされている。なお,ドイツでは各議院の3分の2以上の議決によって憲法が改正され,フランスでは国民投票又は政府提案についての議会の議決と両院合同会議による再度の5分の3以上の議決によって憲法が改正されることとなっている。
     このように,諸外国においても憲法改正手続には国会での特別多数決や国民投票による承認という厳格な要件が定められており,時の政権によって容易に改正できない仕組みが取られている。厳格な要件をクリアした場合のみ,改正に正当性が与えられるのである。
     日本国憲法の改正手続は確かに厳格ではあるが,世界的に見て,取り立てて厳格過ぎるとは言えないし,それは十分に意味のあるものである。
  7.  憲法改正手続法における国民投票の問題点
     憲法は,国の基本的な在り方を定め,人権保障のために国家権力を縛るものであるから,その改正に際しては,国会での審議においても,国民投票における議論においても,充実かつ慎重な議論が必要である。
     しかしながら,2007(平成19)年5月18日に成立した日本国憲法の改正手続に関する法律には,国民投票において最低投票率の規定がないこと,国会による発議から国民投票までの期間を60日から180日以内としており,その間に十分な議論を行う期間が確保されていないこと,公務員と教育者の国民投票運動に一定の制限が加えられるなど,国民の間に十分な情報交換と意見交換ができる条件が整っていないことなど重大な問題点が多数存在する。このような重大な問題点に全く手がつけられないまま,国会の発議要件緩和の提案だけがなされているのは,本末転倒と言わざるを得ない。もっとも,これらの問題点が解決されても,憲法改正発議要件の緩和が許容されるものでないことは,前述のとおりである。


第5 当連合会の今後の取組
 憲法第96条の憲法改正発議要件の緩和の動きに対し,当連合会は管内各弁護士会とともに,本年4月以降,次のとおり,憲法に関するシンポジウム,講演会等を共催してきた。当連合会は,引き続き,日本国憲法の基本原理を,その歴史的・国際的意義とともに広く国民に浸透させる取り組みを強化していく決意をここに示すものである。

①第56回人権擁護大会プレシンポジウム「憲法を知ってしまったものの責任から」(山梨県弁護士会主催)
②シンポジウム「立憲主義から見た自民党改憲案」(新潟県弁護士会主催)
③シンポジウム「憲法96条改正が目指すものは何か」(横浜弁護士会主催)
④シンポジウム「立憲主義から見た日本国憲法」(栃木県弁護士会主催)
⑤第56回人権擁護大会プレシンポジウム「世界の戦場から平和を考える」(静岡県弁護士会主催)
⑥第56回人権擁護大会プレシンポジウム「憲法改正に異議あり!なぜ,今『国防軍』なのか」(長野県弁護士会主催)
⑦第56回人権擁護大会プレシンポジウム「日本に再び『軍』ができる?―自衛隊がさらに『国防軍』になったらどうなる?何が変わる?」
 (東京弁護士会主催)
⑧第56回人権擁護大会プレシンポジウム「どんな憲法がほしいのか?上野千鶴子が自民党憲法改正草案を斬る」(横浜弁護士会主催)
⑨シンポジウム「なぜ,今『国防軍』なのか ―日本国憲法の安全保障と人権保障を考える―」(第二東京弁護士会主催)
⑩シンポジウム「憲法改正」について考える ~自民党憲法改正草案をめぐって~(茨城県弁護士会主催)
⑪第56回人権擁護大会プレシンポジウム「秘密保全法と知る権利~情報は誰のものか?~」(千葉県弁護士会主催)

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