関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

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平成30年度 大会決議

今般議論されている憲法9条改正案が日本国憲法の恒久平和主義と立憲主義を危険にさらすおそれがあることを明らかにするとともに,国民主権の観点から憲法改正手続法の抜本的改正を求める決議

今般議論されている憲法9条改正案の内容
 現在,自由民主党が主導する形で,憲法9条に自衛隊を書き加える改正論議が進められている。同党は,2018年(平成30年)3月の党大会において,憲法9条1項及び2項を残しつつ,新たに9条の2として「我が国の平和と独立を守り,国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず」と自衛権を規定の上,「必要な自衛の措置」をとるための実力組織として自衛隊を保持するという条項を書き加える案(以下「自衛隊明記案」という。)を公表し,今後,同案を軸に議論を進め,発議を目指すとしている。

日本国憲法が採用する恒久平和主義と立憲主義の意義
 日本国憲法は,全世界の国民が平和的生存権を有することを確認するとともに(前文),武力による威嚇又は武力の行使を禁止し(9条1項),戦力を保持せず,交戦権も否認する(同条2項)という徹底した恒久平和主義を採用している。
 そこには,「戦争は最大の人権侵害である」という基本認識に基づき,軍事によらず「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」国民の安全と生存を保持しようとする決意が込められている。
 また,人権を守るために国家権力を縛るという立憲主義において,自衛隊をいかにコントロールするかも重要な問題である。
 日本国憲法は,戦前,軍部の暴走を防げずに国内外で多くの尊い命を失い,また奪うこととなってしまったことへの痛切な反省から,「戦力」を保持しない,という究極的な形でこの課題に応える途を選んだ。

自衛隊明記案は恒久平和主義にどのような影響を及ぼすか
 ところが,現実として,すでに自衛隊は,世界第8位とも言われる人員と装備を備え,米軍その他の国の軍隊と共同訓練を行うなど,実質的に高い軍事的能力を備えた実力組織となっている。
 のみならず,当連合会や各弁護士会が繰り返し違憲性を指摘してきた安全保障関連法制(安保法制)の施行により,自衛隊の任務・権限は,存立危機事態における集団的自衛権の行使や,駆けつけ警護等海外における武器使用を伴う活動にまで,かつてなく大きく広がった。そして,「陸上総隊」の創設等の組織改編や,長距離巡航ミサイルや事実上の空母など装備の増強が進められている。
 このように安保法制の施行とそれに伴う自衛隊の組織・装備の変更により,これまでわが国でとられてきた専守防衛政策は大きく変容しつつあるが,そうした自衛隊を追認する形で憲法に書き込むのであれば,その流れは一層加速し,恒久平和主義に根本的な変容がもたらされるおそれが大きい。
 しかも,自衛隊明記案は,当初検討されていた「必要最小限度の実力組織として」自衛隊を保持するという案から,「最小限度」の限定を外したもので,その範囲や限界を憲法上明確に規定することもなく,自衛隊に「必要な自衛の措置」をとる権限を与えるものである。「必要な自衛の措置」の解釈次第ではいわゆるフルスペックの(制約のない)集団的自衛権の行使も可能となり,そうなれば,もはや,軍事によらずに国民の安全と生存を保持しようという日本国憲法の恒久平和主義の意義は完全に失われることとなる。

自衛隊明記案は立憲主義にどのような影響を及ぼすか
 自衛隊は,発足後今日に至るまで,一貫して,憲法9条2項の「戦力」に該当してはならないという限界の中で存在してきた。そのため,政府は,自衛隊を創設し,あるいはその任務,権限,組織,装備等を拡大しようとする際には,日本国憲法の恒久平和主義に反しないこと,とりわけ憲法9条2項の「戦力」に該当しないことを説明しなければならず,そのためにさまざまな政府解釈を生みだし,一定の限界を画することを余儀なくされてきた。このようにして,憲法9条は,現実政治との間で深刻な緊張関係を強いられながらも,政府による自衛隊の活動等の拡張に対する統制機能を果たし,海外における武力行使,集団的自衛権の行使及び攻撃的兵器の保有を禁止するなど,憲法規範として有効かつ現実的に機能してきた。安保法制においても,集団的自衛権の行使要件として存立危機事態にあたることが要求されるなど一定の限界が画されたのは,この統制が及んでいるからである。
 しかし,自衛隊が憲法に明記されれば,たとえ9条2項が残されても,自衛隊は同項の「戦力」には該当しないと解釈されるか,あるいは「戦力」の例外として許容されるおそれが高く,結果として9条による自衛隊の統制機能は失われることとなる。その上,自衛隊明記案は,「自衛隊の行動は」「国会の承認その他の統制に服する」としつつ,その具体的内容は「法律で定める」としているため,自衛隊に対しては憲法上の具体的な統制は及ばないこととなる。これでは,恒久平和主義を踏まえた立憲主義の立場から問題である。

国民投票を行う上で要請されること
 憲法改正の国民投票は,主権者である国民に判断を仰ぐ以上,判断の前提となる情報が正しく伝えられた上で,国民の意思が十分反映される方法によって実施されなければならない。
 したがって,前記のとおり,安保法制の施行により任務,権限,組織,装備等が大きく変わりつつある自衛隊が憲法に明記されれば,恒久平和主義の意義は変容し,あるいはその意義は失われ,さらに立憲主義の観点からは自衛隊に対する統制に深刻な懸念が生じることが,まずは正しく伝えられる必要がある。
 また,憲法改正手続法には,有料広告に対する規制がないため,資金力の差が投票結果を左右し,国民の意思をゆがめるおそれがある上,最低投票率の規定がないため,全有権者のうち少数の賛成しか得られなくても憲法改正が行われる可能性があり,主権者たる国民の意思が十分反映されないまま憲法改正がなされるおそれがある。よって,仮に今後,憲法改正案を発議するのであれば,その前に上記で指摘した点を含め,憲法改正手続法の各問題点の抜本的改正を行うべきである。

おわりに
 当連合会は,基本的人権の擁護と社会正義の実現を旨とする弁護士の団体として,憲法価値の実現を図る責務があるとの認識のもと,2013年度(平成25年度)から毎年,日本国憲法についての決議を行ってきた。
 当連合会は,上記責任を果たすべく,今般議論されている憲法9条改正案が日本国憲法の恒久平和主義と立憲主義を危険にさらすおそれがあることを明らかにするとともに,国民主権の観点から憲法改正手続法の抜本的改正を行うことを求めることを,ここに決議する。

2018年(平成30年)9月28日
関東弁護士会連合会

提案理由

  1. 第1 はじめに
     2017年(平成29年)5月3日,自由民主党(自民党)総裁の安倍首相は,読売新聞のインタビューや同日に開かれた憲法改正を目指す市民らの集会に寄せたビデオメッセージの中で,憲法を改正して2020年の施行を目指す意向を表明するとともに,憲法9条について「1項,2項を残しつつ自衛隊に関する条文を追加し自衛隊の存在を憲法上に位置づける」方針を打ち出した。
     これを受け,自民党の憲法改正推進本部は,①「自衛隊の明記」,②大規模災害などに対応するための「緊急事態対応」,③参議院選挙の「合区解消」,④「教育の無償化」の4項目について検討を始め,2017年(平成29年)12月20日,上記4項目の論点整理を公表し,本年3月25日,上記4項目の方向性を示した「条文イメージ(たたき台素案)」を公表した。
     上記4項目のうち,「自衛隊の明記」(憲法9条の2)に関する条文案は,次のとおりである。
    1.   「憲法九条の二 前条の規定は,我が国の平和と独立を守り,国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず,そのための実力組織として,法律の定めるところにより,内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
      ② 自衛隊の行動は,法律の定めるところにより,国会の承認その他の統制に服する。」
     自民党は,今後,上記条文案を軸に憲法審査会での議論を進め,憲法改正原案の策定と発議を目指すとしている。
     しかし,なぜ,今,このような憲法改正を行う必要があるのか,また,このような憲法改正によって,自衛隊ひいてはわが国の在り方にどのような変化がもたらされるのかについては,未だ自民党から十分な説明はなく,同党内でも議論が尽くされているとはいえない。これまで政府からは「現在の自衛隊をそのまま憲法に位置づけるものであり,自衛隊の任務や権限に変更が生じることはない」との説明が繰り返し行われているが,本当に「自衛隊を憲法に書き込んでも何も変わらない」のであれば,逆に莫大な費用を投じて改憲を行う必要はない。
     そこで,当連合会は,基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の団体として,日本国憲法の基本原理である恒久平和主義とそれを支える理念である立憲主義を堅持する責務を負う立場から,本決議において,自衛隊明記案により,恒久平和主義と立憲主義が危険にさらされるおそれがあることを明らかにする。
     また,同じく日本国憲法の基本原理である国民主権の観点から,国民が,憲法改正の是非について,十分かつ正確な情報に基づき熟慮の上で主体的な判断ができる環境を整えるべく,本決議で指摘した点も含め,憲法改正の必要性やその要件・効果,基本原理との整合性などについて十分な議論や説明がなされることを求めるとともに,国民の意思の適正な反映などの点で様々な問題を抱える憲法改正手続法の抜本的改正を行うことを求める。
  2. 第2 日本国憲法の恒久平和主義と立憲主義の意義
    1 日本国憲法の恒久平和主義の意義
    1. (1) 恒久平和主義の先駆的意義とそれが採用された背景
       日本国憲法は,全世界の国民が平和のうちに生存する権利を有することを確認するとともに(前文),武力不行使(9条1項),戦力不保持,及び交戦権否認(同条2項)を定めたところに特徴があり,世界の平和主義の系譜において比類のない徹底した平和主義(恒久平和主義)を採用している。
       このように徹底した平和主義が採用された背景には,戦前の歴史に対する痛切な反省と,そこからくみ取った教訓がある。
       わが国は,戦前,軍部の暴走を抑えきれずに無謀な戦争へと突き進んだ結果,アジアで夥しい数の命を奪うこととなってしまった。この戦争による日本人の犠牲者数も,310万人にのぼるとされている。こうした歴史から,「戦争は最大の人権侵害である」という基本認識が共有されることとなった。
       とりわけ,広島と長崎に原爆が投下され,あわせて20万人以上もの命が奪われたことは,決定的であった。このことによって,文明が戦争を滅ぼさなければ,戦争が文明を滅ぼしてしまう(1946年(昭和21年)8月27日貴族院本会議における幣原喜重郎国務大臣の答弁)との危機的な認識が生まれた。
       この認識は,わが国に,軍事によるのではなく,平和構想を提示したり,国際的な紛争・対立の緩和に向けて提言を行ったりして,専ら対話(外交)により平和を実現するための積極的行動をとることの中にこそ日本国民の平和と安全の保障がある,という確信をもたらし,「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しよう」との決意(前文)がなされることになったのである。
    2. (2) 恒久平和主義の規範的意義
      1. ア 恒久平和主義に関する政府解釈の変遷
         このような恒久平和主義のもとで,わが国では,自衛権の有無,及び憲法上許された自衛権行使の範囲が,憲法制定当時から今日に至るまで,解釈上の争点とされてきた。
        1. ア)憲法制定当時の徹底平和主義
           憲法が制定された1946年(昭和21年)当時,日本政府は,日本国憲法の下では,自衛戦争も含めて一切の戦争を放棄したと説明していた(徹底平和主義)。
           この徹底した平和主義の下,個別的自衛権及び集団的自衛権は,いずれも憲法上行使できないと解釈されていた。
        2. イ)自衛隊創設後の専守防衛型平和主義
           ところが,1954年(昭和29年)に自衛隊が創設されて以降,政府は,平和的生存権(前文)や幸福追求権(13条)を根拠として,「自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置」をとることまでは禁じられないとし,自衛のための必要最小限度の実力組織である自衛隊は「戦力」に該当しないと説明するようになった。
           ここでいう「自衛の措置」の範囲は,国際法上は個別的自衛権と称されているが,①わが国に対する武力攻撃が発生した場合,②それを排除するのに適当な手段がないときに,③それを排除するために必要最小限度に限定して認められるものとされた。
           このため,他国に対する武力攻撃への反撃を内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は,上記①の要件を欠くため許されないとされた(以下「昭和47年見解」という。)
           すなわち,憲法上許される自衛権の行使の範囲は,必要最小限度の個別的自衛権行使に限定されるのであり,日本国憲法の平和主義の内容もそのように解釈されていた(専守防衛型平和主義)。
        3. ウ)2014年閣議決定後の存立危機事態型平和主義
           2014年(平成26年)7月1日の閣議決定により,昭和47年見解は次のとおり改められた。
           すなわち,わが国に対する直接の武力攻撃が発生した場合のみならず,わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し,これによりわが国の存立が脅かされ,国民の生命,自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合(存立危機事態)において,他に適当な手段がないときに,必要最小限度の実力を行使することは許されるとの見解である(以下「7.1閣議決定」という。)
           7.1閣議決定を受けて2015年(平成27年)4月27日,日米安全保障条約に基づく日米防衛協力のための指針が18年ぶりに改定され,米国と宇宙・サイバーを含むグローバルな安全保障環境のために協力し,切れ目のない日米協力を合意した。
           同年9月19日には安全保障関連法制(安保法制)が成立し,2016年(平成28年)3月29日施行され,自衛隊は存立危機事態における武力行使権限など新たな任務・権限が認められることとなった。
           7.1閣議決定及び安保法制によれば,憲法上許される自衛権の行使の範囲は,存立危機事態における集団的自衛権行使まで含まれるのであり,日本国憲法の平和主義の内容もそのように解釈されるに至っている(存立危機事態型平和主義)。
           なお,当連合会は,これまで,7.1閣議決定や安保法制は,恒久平和主義及び立憲主義に反する違憲立法であることを指摘し,これに反対する大会決議を行ってきており,その立場は現在においても変わりはない。
      2. イ 恒久平和主義の規範としての有効性
         上記のとおり,これまで政府は,自衛隊を創設し,あるいはその任務,権限,組織,装備等を拡大しようとする際には,常に,日本国憲法の恒久平和主義に反しないこと,とりわけ憲法9条2項の「戦力」に該当しないことを説明しなければならず,そのためにさまざまな政府解釈を生みだし,一定の限界を画することを余儀なくされてきた。
         このような憲法9条と現実政治との緊張関係は,政府による自衛隊の軍事的能力の拡張への大きな制約となり,恒久平和主義はこのようにして,憲法規範としてこれまで有効かつ現実的に機能してきたのである。
    2 日本国憲法の立憲主義の意義~自衛隊に対する統制の観点から
    1. (1) 立憲主義の意義
       立憲主義の概念は多義的であるが,個人の人権を守るために憲法によって権力を統制するというのが,近代立憲主義の基本である。日本国憲法の根本にある立憲主義は,近代立憲主義の考え方を継承し発展させた,「個人の尊重」と「法の支配」原理を中核とする理念であり,国民主権,基本的人権の尊重,恒久平和主義などの基本原理を支えている。
    2. (2) 立憲主義の最大の課題と日本国憲法の選択
       権力の統制を目指す立憲主義において,軍部の権力をいかに統制し,暴走を防ぐかということは核心的な課題である。強力な実力組織である軍隊の統制が失われ,その権限の濫用に歯止めをかけることができなくなれば,個人の人権は容易に蹂躙されるおそれがあるからである。日本国憲法は,軍部の暴走に歯止めをかけられず多数の命が失われた戦前の歴史に対する痛苦の反省から,「戦力」を保持しないという究極的な形で,この課題に応える途を選んだ。
    3. (3) 自衛隊に対する統制の現状
      1. ア 憲法9条による統制
         このように,日本国憲法は「戦力」を保持しないという形を選んだことから,「戦力」に対する統制の規定は存在しない。
         しかしながら,「自衛隊は『戦力』に該当してはならない」という憲法9条2項による制約の下,自衛隊には現在,以下のような統制が及んでいる。
        1. ア)自衛隊の任務・権限・活動に対する制約
           前記のとおり,自衛隊に対しては,その創設当初から,憲法9条2項によって「戦力」にあたってはならないという限界が画されてきた。このため,自衛隊は,自衛のための必要最小限度の実力組織とされ,専守防衛政策がとられてきた。
           このことから,自衛隊には,集団的自衛権の行使や,海外派兵,それに「攻撃的兵器」の保有が禁止されてきた。
        2. イ)安保法制に対しても及んでいる統制
           また,安保法制においても,例えば,集団的自衛権の行使要件として存立危機事態にあたることが要求されるなど,一定の統制が機能している。
           つまり,憲法9条の下では専守防衛政策を完全に放棄することができなかったために,わが国の安全とまったく関係がない戦争への関与を正面から認める制度をつくることもできなかったのである。
      2. イ 文民統制の限界と問題
         自衛隊に対する統制は,現在,憲法9条によるものとは別に,文民統制の原則の下で,行政機関や国会による民主的統制,裁判所による司法的統制及び憲法83条による財政規律が及んでいる。
         しかしながら,行政機関や国会による民主的統制については,もともと自衛隊を民主的に統制する制度が十全とはいえない上,特定秘密の保護に関する法律(秘密保護法)が軍事機密に関する情報開示を規制する機能を持ちうることもあわせ考えると,十分な統制を果たすことは期待できない。
         また,裁判所による司法的統制については,いわゆる統治行為論により,司法判断の回避が繰り返され,実効的な統制が及んでいない。
         憲法83条は,国の財政を処理する権限を国会に委ねているが,防衛費に対する制限規定を設けていないため,財政規律も不十分である。
  3. 第3 自衛隊の明記は恒久平和主義にどのような影響を及ぼすか
    1 自衛隊の実情
    1. (1) 軍事的能力を備えた実力組織
       自衛隊は,現在,22万5000人の常備自衛官,戦車・護衛艦・戦闘機など,世界第8位とも言われる人員と装備を備えている。また自衛隊は,日米安全保障条約の下で,米軍その他の国の軍隊と共同訓練を行っている。
       政府は,自衛隊の英語表記について“Self-Defense Forces”との訳語を採用しているが,これを直訳すれば「自衛軍」となる。また,政府は,質問趣意書に対する2002年(平成14年)12月6日付け答弁書において,自衛隊がジュネーブ条約上の「軍隊」にあたるとしている。
       このように,自衛隊が軍事的な能力を有する実力組織であることは明らかである。
    2. (2) 安保法制によって大きく変わった自衛隊
       安保法制によって,自衛隊の任務や権限は大きく広がった。それに伴い,組織や装備も大きく変容を遂げつつある。
      1. ア 任務・権限
         前記のとおり,安保法制によって,存立危機事態における集団的自衛権の行使が可能とされた。小野寺防衛大臣は,北朝鮮のミサイルが日本の上空を通過しグアムを攻撃する場合も存立危機事態にあたりうると国会で答弁している。国際航空連盟が高度100㎞より上を宇宙としていることや大気圏が概ね120㎞程度であって,グアム攻撃のためには宇宙空間をミサイルは飛ぶので,日本上空とは言えないことを充分承知の上での答弁である。
         また,安保法制によって,従前は個別に特別措置法を制定して行っていた後方支援を「恒久的に」行うことが可能とされた。戦闘地域での活動,他国の軍隊への弾薬の提供,発進準備中の他国軍戦闘機への給油など,従来は他国の武力行使と一体化してしまうためにできないとされていたことも行えることとされた。
         さらに,自衛隊の任務に,駆けつけ警護や治安維持活動が加わった。そして,隊員には,これらの任務遂行に必要な限りで武器を使用する権限が認められた。
      2. イ 組織
         本年3月,陸上自衛隊内に「陸上総隊」が創設された。陸上総隊の司令官は,海上自衛隊における「自衛艦隊司令官」や,航空自衛隊における「航空総隊司令官」に相当するものであり,防衛大臣の指揮監督下で,全国の陸自部隊を一元的に運用する。この組織改編によって,陸海空の3自衛隊の統合的な運用が可能になり,米軍との連携もこれまでより容易かつ迅速に行えるようになった。
         また,陸上自衛隊内に,新たに「水陸機動団」が編成された。これは離島防衛を主たる任務とする特殊部隊であり,「日本版海兵隊」とも呼ばれている。
      3. ウ 装備
         ヘリコプター搭載型護衛艦の「いずも」を空母に改修して,短距離離陸・垂直着陸型ステルス戦闘機F35Bを搭載することが検討されている。また,長距離巡航ミサイルの導入のための費用も本年度予算に計上された。
         こうした装備変更の動きに対しては,「いわゆる攻撃型兵器を保有することは,直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるためいかなる場合にも許されない」という政府見解と整合しないとの指摘もある。
    2 自衛隊の明記により何が変わるか
    1. (1) 従来の自衛権解釈がご破算になり憲法9条2項が死文化する
       前記のとおり,自衛隊は創設後一貫して憲法9条2項の「戦力」にあたってはならないという制約のもとにあり,それが政府に「自衛隊は『戦力』にはあたらない」との憲法解釈の責任を課すことで,自衛隊には一定の限界が画されてきた。
       しかし,自衛隊が憲法に明記されれば,自衛隊は憲法9条2項の「戦力」には該当しないと解釈されるか,あるいは「戦力」の例外に該当するとして許容されることとなろう。
       そうなれば,政府は「自衛隊は『戦力』にあたらない」との解釈をする責任から解放され,これまで積み重ねられてきた従来の政府解釈とそこから導かれてきた自衛隊の限界もすべてご破算となり,憲法9条2項は完全に死文化することとなる。
    2. (2) 安保法制を追認し,恒久平和主義に根本的な変容がもたらされる
       そして,憲法に明記されるのは,上記1(2)記載の安保法制によって大きく変わった自衛隊である。
       安保法制の施行とそれに伴う組織や装備の変更により,専守防衛政策は大きく変容したが,そうした自衛隊が憲法に書き込まれれば,その流れが一層加速し,恒久平和主義に根本的な変容をもたらしかねない。
    3. (3) 安保法制を超えたさらなる自衛隊の任務・権限等の拡大につながる
       冒頭に記載した自民党の自衛隊明記案は,同党内で当初検討されていた「必要最小限度の実力組織として,内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する」との案から「最小限度」の限定を外し,「必要な自衛の措置」をとるための実力組織としたものであり,自衛隊の任務や権限を限定するような規定は設けられていない。
       また,同案では,「前条の規定は(中略)妨げず」とされているため,新設される9条の2が,9条の禁止規定の例外に位置づけられることが条文構造上も明らかとなっている。
       したがって,政府及び国会が「自衛のために必要である」とさえ判断すれば,憲法上の制約を受けることなく,存立危機事態以外でも,集団的自衛権を行使することが可能となる。これは,安保法制における「限定された集団的自衛権」の範囲を超えた,いわゆるフルスペックの(制約のない)集団的自衛権である。
       そうなれば,もはや,前記の日本国憲法の恒久平和主義の意義は完全に失われることとなる。
    4. (4) シビリアンコントロールの一層の形骸化が進む
       憲法66条2項は大臣を文民に限定しているが,2017年(平成29年)2月7日,イラクPKOの日報を廃棄済みとして国会に提出しなかったが実際には存在した事件が起きるなど,自衛隊幹部に対して防衛大臣のコントロールが及んでいない事態が露見した。さらに本年4月9日,南スーダンPKO日報についても内閣のコントロールが及んでいないことが明らかになった。
       現に内閣が情報すら把握できていない状況下で,自衛隊を明記することによる自衛隊の権限の増大が進めば,重要な情報が開示されないという懸念がある。
  4. 第4 自衛隊の明記は立憲主義(自衛隊の統制)にどのような影響を及ぼすか
    1 従来の憲法9条の統制が及ばなくなること
      前記のとおり,自衛隊が憲法に明記されれば,憲法9条2項は死文化し,同条項による統制は及ばなくなる。
    2 自衛隊に対する新たな憲法上の統制が確保されていないこと
     このように,憲法9条の統制が及ばなくなることから,仮に憲法に自衛隊を明記するのであれば,同時に自衛隊を統制する規定を憲法に盛り込む必要がある。
     しかし,前記のとおり,自民党の自衛隊明記案には,憲法上,自衛隊の任務・権限を限定し,自衛隊の活動に対してコントロールを及ぼしうるような規定は,何ら盛り込まれていない。自衛隊の統制の具体的内容については,すべて「法律で定める」とされており,憲法上の統制は確保されていない。
     仮に,今後,何らかの統制規定が盛り込まれるとしても,それが果たして現在憲法9条が果たしているのに匹敵するほどの強力な統制を及ぼすものであるかは,厳しく吟味されなければならない。
     そもそも,世界各国の軍事情勢,とりわけ憲法に軍事に関する詳細な統制規定を盛り込んだ上で再軍備を行ったにもかかわらず,なし崩し的に海外派兵が拡大しているドイツの例をみたとき,果たして,憲法の規定によって軍隊を統制することがどこまで可能なのか,我々は,今一度,戦前の歴史への反省に立ち返り,真摯に考える必要がある。
  5. 第5 国民投票を行う上で必要なこと
    1 正確な情報提供が行われるべきこと
      憲法改正の国民投票では,主権者である国民に判断を仰ぐこととなる。
     そのためには,国民が,憲法改正の是非について,十分かつ正確な情報に基づき,熟慮の上で主体的な判断をできる環境が整えられなくてはいけない。
     なぜ,今,憲法改正を行う必要があるのか,このような憲法改正によって,自衛隊ひいてはわが国の在り方にどのような変化がもたらされるのかについて,議論を尽くし,国民に対して正確な情報提供が行われることは,最低限の条件である。
     この点,政府によって,自衛隊明記案は「現在の自衛隊をそのまま憲法に位置づけるものであり,自衛隊の任務や権限に変更が生じることはない」との誤った説明がなされているのは,重大な問題である。
     前記のとおり,安保法制によって自衛隊の任務や権限は集団的自衛権を一部認めるまでに大きく拡大し,自衛隊の組織や装備も大きく変わりつつあるから,まずはそのことを国民に正しく伝えるべきである。
     そして,これまでに指摘してきたとおり,自衛隊を憲法に明記することで,恒久平和主義に根本的な変容がもたらされること,立憲主義の観点から自衛隊に対する統制に深刻な懸念が生じることも,正しく伝えられる必要がある。
    2 憲法改正手続法の問題点
     また,国民投票を実施するにあたっては,主権者の意思が適正に反映される制度と運用が保障されなければならない。しかし,憲法改正手続法には,以下に述べるような問題が残されており,主権者の意思が適正に反映されないおそれがある。
    1. (1) 有料広告規制の不備
       憲法改正手続法では,テレビやラジオ等を利用した有料の意見広告のうち,「憲法改正案に対し賛成又は反対の投票をし,又はしないよう勧誘する行為」(国民投票運動)の一環として行うものについては,国民投票の14日前まで,テレビ・ラジオ等で自由に表明することを認めている。また,単に,賛成・反対の意見を表明する有料意見広告については,何らの規制も設けておらず,国民投票の当日にも自由に行うことができるとされている。
       テレビ広告等は,世論に大きな影響を与えうるが,膨大な費用がかかることから,資金力のない者がこれを利用することは困難である。このため,イタリア,イギリス,フランスなどヨーロッパ諸国では,テレビのスポットCMを禁止したり,時間配分を均等にしたりする規制が設けられている。
       有料広告に対する規制がない現在の制度のままで国民投票を実施した場合,資金力の差が投票結果を左右することは明らかであり,主権者たる国民の意思がゆがめられてしまうおそれがある。
    2. (2) 最低投票率の規定がないこと
       また,憲法改正手続法には,最低投票率の規定がない。
       このため,例えば,国民投票の投票率が40%しかなければ,全有権者の5分の1をわずかに上回るだけの賛成票しか得られなくとも憲法改正がなされることとなる。しかし,これでは,憲法改正に対する全国民の意思が適正に反映されたとは評価できないであろう。
    3. (3) 予定されていた再検討が行われていないこと
       これらの問題点については,憲法改正手続法を成立させた際,参議院の附帯決議で「本法施行までに必要な検討を加える」とされていた。しかし,今日に至るまでそのような検討は行われていない。仮に,今後,憲法改正案を発議するのであれば,その前に上記問題について必要な検討を行い,憲法改正手続法の見直しを行うべきである。
  6. 第6 おわりに
     当連合会は,基本的人権の擁護と社会正義の実現を旨とする弁護士の団体として,憲法価値の実現を図る責務があるとの認識のもと,2013年度(平成25年度)から毎年,日本国憲法についての決議を行ってきた。
     日本国憲法の基本原理である基本的人権の尊重,国民主権,恒久平和主義とそれを支える理念である立憲主義を堅持するため,その内容や意義を広く国民に浸透させるとともに,これらを害するおそれのある立法提案等について,その問題を明らかにし,国会による責任ある議論と国民の熟慮を促すことは,我々に課された使命である。
     よって,当連合会は,上記責任を果たすべく,今般議論されている憲法9条改正案が日本国憲法の恒久平和主義及び立憲主義を揺るがすという危険性を市民に明らかにするとともに,国民主権の実質化を図る方向で憲法改正手続法の抜本的改正を行うことを求めるべく,本決議を行うものである。

以上

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