関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

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平成30年度 声明

歴史史料として重要な民事裁判記録の保存、管理を求める理事長声明

 新聞報道によれば、民事訴訟などの裁判記録のうち、歴史史料などとしての価値が高い記録を永久保存するための制度が東京地裁でほとんど活用されておらず、「史料または参考資料」として特別保存されたものは11件しかないとのことである(2019年2月5日朝日新聞朝刊)。
 当連合会は、2018年9月の第65回定期弁護士大会において、「地方公共団体に対して公文書管理法制の実効的な体制確立を求める宣言」を採決・公表し、さらに同年12月に、「刑事裁判記録及び死刑執行記録の公開にかかる理事長声明」を公表したが、民事裁判記録についても、歴史史料として重要な記録の保存・管理を求めて、以下のとおり理事長声明を発表する。
 最高裁判所規則である「事件記録等保存規程」は、9条2項において「記録又は事件書類で史料又は参考資料となるべきものは、保存期間満了の後も保存しなければならない。」と定めている。これを受けて「事件記録等保存規程の運用について」(平成4年2月7日事務総長依命通達)では、第6、2(1)において、特別保存すべき記録又は事件書類の選定の指針として、

  1. 「ア 重要な憲法判断が示された事件
  2.  イ 重要な判例となった裁判がされた事件など法令の解釈運用上特に参考となる判断が示された事件
  3.  ウ 訴訟運営上特に参考になる審理方式により処理された事件
  4.  エ 世相を反映した事件で史料的価値の高いもの
  5.  オ 全国的に社会の耳目を集めた事件又は当該地方における特殊な意義を有する事件で特に重要なもの
  6.  カ 民事及び家事の紛争、少年非行等に関する調査研究の重要な参考資料になる事件」

を例示している。
 また、同通達第6-2(2)および(3)は、特別保存事件の選定手続について、「弁護士会、学術研究者等から、事件及び保存の理由を明示して二項特別保存の要望があったときは、事件簿又は裁判原本等保存簿の当該事件の『備考』の箇所にその旨を記載する」ものとし、この「要望があったときは、特別保存に付するかどうかの判断に当たって、その要望を十分に参酌する」こととしている。
 ところが、上記朝日新聞記事にかかる調査によれば、東京地方裁判所において9条2項により特別保存された記録は、11件であるにとどまり、これ以外の貴重な記録は、保管期間を経過したものでまだ保存されているものが約270件あるほか、朝日訴訟、八幡製鉄事件、三菱樹脂事件、マクリーン事件、レペタ事件、在外邦人選挙権制限違憲訴訟、国籍法違憲訴訟などを含め、全て廃棄されてしまったとのことである。上記最高裁平成4年2月7日事務総長依命通達に反し、最高裁大法廷で憲法判断がなされた著名事件の記録が処分されている。裁判所は法の番人であるにもかかわらず、公文書が「民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」(公文書の管理に関する法律1条)であるという立場から民事裁判記録を保存しようという、アーキビスト的視点が欠落しているのである。
 一方、平成21年8月5日内閣総理大臣・最高裁判所長官申合せ「歴史資料としての重要な公文書等の適切な保存のために必要な措置について」(以下「平成21年8月5日内閣総理大臣・最高裁判所長官申合せ」という。)及びこれに基づく平成25年6月14日内閣府大臣官房長・最高裁判所事務総局秘書課長・最高裁判所事務総局総務課長申合せ「歴史資料として重要な公文書等の適切な保存のために必要な措置について(平成21年8月5日内閣総理大臣・最高裁判所長官申合せ)の実施について」(以下「平成25年6月14日申合せ」という。)が、それぞれ申し合せられている。平成25年6月14日申合せによれば、民事事件の事件記録は、事件記録等保存規程(昭和39年最高裁判所規程第8号)4条に規定する保存期間が満了し、かつ、保存期間の満了後も同保存規程9条2項の規定に基づき史料又は参考資料となるべきものとして保存されているものについては、裁判所において保存するものを除き、歴史資料として重要な公文書等として裁判所から内閣総理大臣に移管すべき裁判文書とされている。
 そもそも、公文書の管理に関する法律14条1項は、裁判所も、内閣総理大臣と協議して定めるところにより、裁判所が保有する歴史公文書等の適切な保存のために必要な措置を講ずるものとされているところ、同法附則3条の規定により同法14条1項の規定による定めとみなされる平成21年8月5日内閣総理大臣・最高裁判所長官申合せを実施するために、平成25年6月14日申合せがある。また、国立公文書館では、プライバシー等を保護するために、50年、80年、100年という利用拒否措置も予定している。それにもかかわらず、歴史史料として重要な民事裁判記録について、国立公文書館へ移管する途が拓かれていないのである。
 他方、上記朝日新聞記事によれば、教科書検定の合憲性が争われた家永教科書裁判や薬害訴訟など約270件の裁判の記録は保存期間が過ぎた後も、東京地方裁判所に特別保存も廃棄もされずに残っており、家永訴訟など40件は特別保存する方向で検討が進められているという。しかし、廃棄と特別保存をどのように区分して進めるか、そのプロセスは透明ではない。
 平成21年8月5日内閣総理大臣・最高裁判所長官申合せの前提とされる公文書の管理に関する法律1条は、「国・・・の諸活動や歴史的記録である公文書等が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源であり、主権者である国民が主体的に利用し得るものであること」を宣言しており、「国・・・の諸活動」には当然のことながら、裁判所の諸活動も含まれているのである。しかし、裁判所内には歴史史料として重要な民事裁判記録を認定するアーキビスト的視点を有する公文書管理の責任者が設置されているとは認めがたい。
 よって、当連合会は、すべての裁判所に対し、歴史史料として重要な民事裁判記録の保存、管理を求め、事件記録等保存規程に基づく、民事特別保存記録の指定について、例えばアーキビスト的視点を有する外部委員を含めた諮問委員会を設けるなどして、指定のプロセスを透明化すること、及び東京地方裁判所に対し、その保管されている約270件の裁判記録について、検討されている40件を速やかに特別保存記録に指定するとともに、その余についても廃棄前に第三者の意見を聞き、さらに、平成21年8月5日内閣総理大臣・最高裁判所長官申合せに基づく民事裁判記録の国立公文書館への移管をも検討することを求める。


2019年(平成31年)3月19日
関東弁護士会連合会
理事長 三宅 弘

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