関東弁護士会連合会は,関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

宣言・決議・意見書・声明等宣言・決議・意見書・声明等

2020年度(令和2年度) 声明

感染症法・新型インフル特措法の改正法案の見直しを求める理事長声明

  1.   2021年1月22日,政府は,「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下「感染症法」という。)及び「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(以下「新型インフル特措法」という。)の改正案を閣議決定した。
     病床がひっ迫し,希望する十分な医療を受けられない者が増える中,医療従事者の方々の負担を軽減し,一日でも早く平穏な社会生活を取り戻すためにも,新型コロナウィルスの感染拡大阻止のための抜本的措置を講じることは必要不可欠である。
     しかしながら,本改正案には,基本的人権の擁護や適正手続の保障,感染拡大防止の目的と罰則という手段の有効性の観点から問題点があり,以下の通り見直しを求める。
  1. 1 入院措置に従わない者等への罰則の導入の点について
     本改正では,当初,入院措置に応じない者に対し刑事罰である1年以下の懲役又は100万円以下の罰金を,都道府県知事又は保健所設置市等の長が行う積極的疫学的調査に対し,忌避や拒否,虚偽答弁をした者に50万円以下の罰金を科すとする改正案が提案された。上記刑罰の案については,1月28日,「罰則が重すぎる」という世論の意見や「基本的人権の擁護や適正手続の保障に欠ける」との日本弁護士会連合会の会長声明等を受けた形で修正され,刑事罰ではなく行政罰である過料とすることとされた。
     しかし,たとえ刑事罰を行政罰に変更したとしても,上記懸念が本質的に解消されるものではない。また,当該罰則が感染拡大防止につながらないことは,既にロックダウンに罰則等の強制力を持って臨んでいる諸外国の感染拡大の例を見れば明らかである。
     また,陽性者に対する全体の入院要請数や積極的疫学的調査数の中で,入院拒否や調査拒否あるいは虚偽回答が何件あり,それらが感染拡大にどのように寄与しているか,十分な吟味がなされているかについても疑問である。
     報道によれば,東京都だけでも数千人の自宅療養者がおり,入院待機者も日々増え続けている。入院を希望しても入院できず,在宅で症状が急変し死亡に至った事例も増えている。陽性者の受入れ先が十分に用意されていない状態で,感染が拡大するのはむしろ当然であり,現在の感染拡大状況が,罰則をもって感染対策に臨まなかったことの結果であるとするのは余りに早計である。
     そもそも我が国においては,新型コロナウィルス感染者や感染者が発生した事業者に対する偏見や差別,風評被害が極めて大きい。当連合会でも新型コロナウィルス感染による差別についてこれまでも取り組んできたが,一向に解消に至っていないのが現状である。
     新型コロナウィルスの感染隠しや調査拒否が起きる要因には,新型コロナウィルス感染者に対する差別や風評被害の大きさが多分に含まれており,これらに対する抜本的な取り組みをせずに,罰則だけを設けても,かえって検査逃れや感染隠しを助長することになり,感染拡大防止との関係では,逆効果になる可能性さえある。
     次に,規定の明確性からも問題がある。
     積極的疫学調査の拒否や忌避について刑罰が定められているが,どのような場合に拒否や忌避にあたるか不明確であり,恣意的な運用がされるおそれがある。
     また,新型コロナウィルス感染症は,科学的に未解明な部分が多く,今後の医学的知見や流行状況の変化によって,積極的疫学調査の内容,対象者が変わり得るし,流行状況によって入院措置の対象の範囲も変わる。現時点でも全国一律の対応はされておらず,地域によって不公平な行政罰の適用がなされるおそれもある。
  2. 2 事業者への営業時間等の変更等の措置,要請について
     新型インフル特措法の改正案は「まん延防止等重点措置」として都道府県知事が事業者に対して営業時間の変更等の措置を要請・命令することができ,実効性の確保と称して事業所へ立ち入り,帳簿・書類等の検査を認め,措置命令に応じない場合は過料を科し,要請・命令をしたことを公表できるとしている。
     まず,具体的にどのような場合に「まん延防止等重点措置」を行うかの要件や,命令内容,対象業種にどこまで含まれるかについても不明確である。本改正は,都道府県知事に広範な権限を付与することになるが,知事の裁量が広いため,地域によっては,例えば地元での政治的発言力が強い一定の基幹産業を守るためにあえてその業種を外し,発言力が弱い他業種ばかりに犠牲を強いる様な恣意的な運用が生じるおそれもある。
     また,これらの措置を免れるための「正当な理由」についても,具体的な内容は明らかではないし,どのような方法,手続きで判断されるのかも定かではない。
     当連合会は,2020年4月27日にも,事業者に対する事業活動停止の要請に対して十分な補償を求める趣旨の声明を発出しているが,これまで1年近くの猶予期間があったにも関わらず,政府あるいは自治体からの自粛要請に対して,十分な補償制度がされてきたとは言い難い状況である。
     少なくとも現行の営業補償のように,売上高,従業員の人数,通常の営業時間,業態等を無視して,一律一定額の補償を行う制度では,多くの事業者の理解が得られるわけがなく,事業者間でも不公平感が生まれる。
     現在,飲食業を中心とした営業時間の短縮要請が出されているが,十分かつ公平な補償制度も準備しない状況下で,罰則を設けなければ事業者を従わせることができないとするのは説得力に全く欠ける。
     報道によれば,既に十分な補償がされなければ企業名を公表されたとしても営業を続けるという事業者も現れており,このような状況に鑑みれば,本改正に実効性があるか大いに疑問である。
  3. 3 最後に
     第一波の緊急事態宣言の折には,まさに国民が一丸となって感染拡大を防止することができた。これは国民一人一人が感染拡大を防止する必要があることを理解し,納得して対応をした結果である。
     感染拡大防止のためには,罰則や責任追及をもって威迫する方法ではなく,協力が不十分である原因を分析し,国民一人一人が進んで協力できる体制を構築することこそがまず肝要である。
     以上から,当連合会は今回提案されている感染症法及びインフルエンザ特措法の改正法案に対しては,さらに抜本的な見直しを求めるものである。

以上

2021年(令和3年)1月29日
関東弁護士会連合会 
理事長 伊藤 茂昭

PAGE TOP