関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

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2023年度(令和5年度) 大会決議

大会決議

敵基地攻撃能力(反撃能力)保有の方針を明らかにしたいわゆる安保三文書の改定を決定した閣議決定に対し、立憲主義の見地から強く抗議し、撤回することを求める決議

 政府は、2022年12月16日、「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」のいわゆる安保三文書の改定を閣議決定し、敵基地攻撃能力を保有し活用していく方針を明記したが、これは、憲法9条の下では、武力の行使は日本に対する外国からの武力攻撃の排除のために必要な最小限度のものに限られ、相手国の領域に直接的な脅威を与える攻撃的兵器の保有は戦力の保持にあたるので許されないとの、いわゆる安保法制より前に政府及び国会が長年に亘って確立してきた憲法解釈に反し、違憲であって許されない。
 さらに、いわゆる安保法制が施行されている現状においては、日本が武力攻撃を受ける危険が一切生じていない状況であっても、敵基地攻撃の手段が集団的自衛権の行使を通じて他国の防衛の目的で用いられることになり、そうなれば、敵基地攻撃を行った結果、日本もまた戦争の当事国となる。それは安保法制の危険性の現実化であり、武力の応酬の結果、再び日本に戦争の惨禍がもたらされることになりかねない。
 このように、現行憲法の枠を踏み越えるものであり、日本の行く末に致命的な結果をもたらしうる重大な選択を、憲法改正手続をとることなく単なる一内閣の閣議決定で行ったことは、立憲主義に悖る行為であり、断じて看過できない。
 よって、当連合会は、政府が閣議決定によりいわゆる安保三文書を改定し敵基地攻撃能力保有・活用の方針を明らかにしたことに対し強く抗議し、撤回することを求める。

2023年(令和5年)9月29日

関東弁護士会連合会

提案理由

  1. 1 政府は、2022年12月16日、「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」のいわゆる安保三文書(以下「三文書」という。)の改定を閣議決定し、敵基地攻撃能力を保有し活用していく方針を明記した。
     三文書では、これまで政府が使用してきた「敵基地攻撃能力」に代えて「反撃能力」という用語が用いられている。「反撃能力」という用語は、2022年4月26日の自民党提言によって打ち出されたものであるが、「反撃」という用語を用いることで先制攻撃にあたる可能性が全くないかのような誤解を与えるものであり、現実には、相手国がミサイル等を発射する前の段階で「攻撃に着手した」とみなして攻撃することや、集団的自衛権の行使を容認した2015年のいわゆる安保法制下では、我が国と密接な関係にある他国に対する攻撃を行った国への攻撃も含まれることも想定されているため、「反撃」という用語は不適切である。
     他方で、「敵基地攻撃能力」という用語は、我が国の武力行使の対象が相手国のミサイル基地等に限定されるかのような誤解を与える点で、必ずしも適切でない部分がある。上記の2022年4月26日の自民党提言においても、反撃能力の対象範囲は相手国のミサイル基地に限定されるものではなく、相手国の指揮統制機能等も含むものとされ、三文書でも、想定される攻撃対象についての限定はなされていない。
     そうすると、正確には「敵基地等攻撃能力」と言い表すべきところであるが、「敵基地攻撃能力」という用語がこれまで広く用いられてきたことを踏まえ、本決議では、「敵基地攻撃能力」という用語を用いることとする。
  2. 2 三文書では、敵基地攻撃能力を「我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、武力の行使の三要件に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力」と定義しているが、同時に、1956年2月29日の政府見解を引用して「この政府見解は、2015年の平和安全法制に際して示された武力の行使の三要件の下で行われる自衛の措置にもそのまま当てはまるものであり、今般保有することとする能力は、この考え方の下で上記三要件を満たす場合に行使し得るものである」とも述べており、2022年5月に閣議決定された「存立危機事態」でも敵基地攻撃が可能とする答弁書と同様、武力の行使の三要件を満たせば行使しうる(我が国に対する武力攻撃が発生していなくても「我が国と密接な関係にある他国」に対する武力攻撃が発生した場合には行使できる。)との立場に立っていることは明らかである。
  3. 3 1956年の政府見解は、急迫不正な侵略があり、そのままにしておればただ座して(国家としての)自滅を待つのみという場合において他に方法がないときには、敵地をたたくということもあり得、それは法理的に自衛の範囲である旨を述べたものであるが、安保法制より前の政府見解は、長年に亘り、法理的に自衛の範囲に含まれるかどうかという問題と、危険があるからといって平生から他国を攻撃するような攻撃的な脅威を与える兵器を保有することが許されるかという問題とを区別し、自衛力は全体として他国に脅威を与えるものであってはならず、個々の兵器に関しても、他国の領域に対して直接脅威を与えるもの、外国が脅威を感ずるような攻撃的兵器(ICBM、中距離・長距離弾道弾、長距離核戦略爆撃機、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母等)の保有は、直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるため、許されないとしてきた。これは、かつての政府の憲法解釈が述べていた自衛権発動の三要件(①我が国に対する急迫不正の侵害があること、すなわち武力攻撃が発生したこと、②これを排除するために他の適当な手段がないこと、③必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと)のコロラリーであり、自衛権発動の三要件と同様、憲法規範の問題であり、単なる政策選択の問題ではない。三文書改定による敵基地攻撃能力の保有は、このような確立した憲法解釈を、安保法制同様、憲法改正手続を潜脱して大きく変更するものであって、このように規範として骨肉化した憲法解釈を十分な理由も合理性もなく変更することは、立憲主義の観点から許されない。
  4. 4 敵基地攻撃能力の保有について、政府が掲げる理由は安全保障環境の変化のみであるが、具体的に何がどのように変化したのか、その変化を踏まえて敵基地攻撃能力の保有が我が国の安全保障に資するといえるのか、そのような能力を持つことが憲法上なぜ許されるのかについて、十分な説明がなされたとはおよそ言いがたい。
     発動要件の「急迫不正の侵害」である他国による攻撃着手については、弾道ミサイル等が飛来する段階でさえ、我が国に対する武力攻撃がなされようとしているのか否かを正確に判断することは困難であるのだから、ましてや発射前の段階ではなおさら正確な判断ができるものではない。判断を誤れば、国際法上も違法な先制攻撃になる。
     そして、抑止力を高めれば、相手もさらに軍備を増強することが容易に予想されるところであり、抑止力を高めることが我が国の平和に資する保証はなく、むしろ東アジア地域の軍拡競争を招く恐れの方が大きい。日本が外国から武力攻撃を受けた場合に限り必要最小限度の武力を行使するという安保法制より前の政府の憲法解釈が周辺諸国に対する安心供与として機能していたという面を無視し、抑止力論のみに安易に依拠した安全保障の考え方は、我が国と近隣諸国の間の、ひいては全世界の緊張を高めるものであり、「平和のうちに生存する権利」を謳った憲法の恒久平和主義の理念に反するものである。東南アジアには米中対立を懸念し双方に対し協調を呼び掛ける国々があることは、同盟政策に基づく抑止力強化が唯一の選択肢ではないことを我々に教えてくれる。
     さらに、集団的自衛権の行使として行われる敵基地攻撃は、我が国に対する武力攻撃に着手すらしていない国の領域を先制的に攻撃することにほかならず、当該国による激烈な反撃を自ら招来することが容易に予想できる。これは、安保法制の危険性の現実化というほかない。
  5. 5 三文書改定による敵基地攻撃能力の保有は、憲法改正手続をとることなく、規範として骨肉化した憲法解釈を十分な理由も合理性もなく変更したものであるから、明白に違憲である。そして、安保法制の危険性を現実化させ、日本を戦争当事国とし日本の行く末に致命的な結果をもたらしうる重大な選択を、憲法改正手続を履践し憲法改正手続に国民を参加させた上でではなく、単なる一内閣の閣議決定のみによって行ったことは、立憲主義に悖るものといわざるを得ず、断じて看過できない。
  6. 6 2014年以降、当連合会は、長年にわたって確立された憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使等を容認した安保法制に対し、憲法9条の恒久平和主義に違反し、立憲主義・国民主権をないがしろにするものとして、強く反対し、撤回を求めてきた。
     今回の政府による三文書の改定、敵基地攻撃能力の保有は、安保法制と同様、憲法改正手続を潜脱して憲法の恒久平和主義を骨抜きにし、憲法改正権者である国民の憲法改正手続への参加が一切ないままにこの国のかたちを作り替えてしまうものであり、当連合会は、立憲主義を守り抜く立場からこれに強く抗議し、撤回することを求めるものである。
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