
2025年(令和7年)11月27日
関東弁護士会連合会
国は、特定継続的役務提供のうち、美容医療及びエステティックサービス(以下「美容サービス」という。)について、事業者が消費者から受領した前受金の保全措置を講ずることを義務付けるため、特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)を速やかに改正すべきである。
その制度設計に当たっては、資金決済に関する法律(以下「資金決済法」という。)が定める発行保証金制度を参考に、事業者の負担にも配慮しつつ、消費者保護の実効性を確保する枠組みを構築すべきである。
特定商取引法は、美容サービスを「特定継続的役務提供」と位置付け、書面交付義務やクーリング・オフ、中途解約権等の消費者保護規定を設けている。
しかし、倒産時における消費者の損害を回復するための最も重要な「前受金保全措置」については、事業者にその実施を義務付けていない。法律が要求するのは、契約書面に「前受金保全措置の有無」及び「措置を講じている場合はその内容」を記載することのみである(特定商取引に関する法律施行規則92条1項1号ヌ)。
これは、保全措置を講じるか否かを完全に事業者の任意に委ねるもので、現実の市場では全く機能していない。保全措置には費用を要するため、熾烈な価格競争の中で、事業者が自主的に措置を講じることを期待するのは不可能である。むしろ、保全措置を講じない事業者ほど価格競争において有利になるという「悪貨が良貨を駆逐する」状況を招いている。
現行制度は、結果として危険な事業慣行を助長し、その最終的な費用を消費者に一方的に負担させており、法律が意図した消費者保護の目的を達成できていない。
他方、我が国には、消費者から預かった前払金を保全するための実効性が高く、確立された法制度として資金決済法が存在する。同法が定める「発行保証金制度」は、美容サービスの前受金問題を解決するための優れたモデルとなる。
以上の分析に基づき、美容サービスにおける消費者保護を実効的に図るため、以下のとおり特定商取引法の改正を提案する。
特定継続的役務提供事業者が、前受金残高(未消化役務に対する前受金の総額)として1000万円を超える金員を保有する場合には、資金決済法に準じ、前受金残高の2分の1以上の額について保全措置を講ずることを法的に義務付ける。
保全方法は、資金決済法と同様に、供託、金融機関との保全契約、信託会社との信託契約から事業者が選択できるものとする。
また、事業者が倒産した場合に、消費者が保全された資産から優先的に弁済を受けることができる還付手続を創設する。
本提案による改正後の特定商取引法は、以下の表のとおり、現行法が抱える問題を克服し、資金決済法と同等の実効的な消費者保護を実現するものである。
| 項目 | 現行特商法(特定継続的役務提供) | 資金決済法(前払式支払手段) | 特商法改正案(立法提案) |
|---|---|---|---|
| 保全義務 | 任意。保全措置の有無の表示義務のみ。 | 義務。未使用残高1000万円超で発動。 | 義務。前受金残高が基準額(例:1000万円)超で発動。 |
| 保全額 | 規定なし。 | 未使用残高の50%以上。 | 前受金残高の50%以上。 |
| 保全方法 | 規定なし。 | 供託、保全契約、信託契約から選択可能。 | 供託、保全契約、信託契約から選択可能。 |
| 監督官庁 | 消費者庁(表示義務の監督に限定)。 | 金融庁・財務局(包括的な監督・検査)。 | 消費者庁(報告徴収、検査、行政処分権限を強化)。 |
| 消費者救済 | 破産手続における無担保債権者。優先権なし。 | 保全資産からの優先的弁済(還付手続)。 | 保全資産からの優先的弁済(還付手続)を創設。 |
| 実効性 | 極めて低い。大規模な消費者被害が頻発。 | 高い。確立された消費者保護制度。 | 資金決済法モデルの導入により高い実効性を目指す。 |
本改正法の施行に当たっては、現在前受金を受領している既存の事業者も含め全ての事業者が新制度へ円滑に対応できるよう、法の成立から18か月から24か月程度の十分な施行準備期間を設けるべきである。
また、国は、特に中小企業が新たな義務を円滑に遵守できるよう、分かりやすいガイドラインの策定や、金融機関と連携した利用しやすい保証契約商品の開発支援等、積極的な支援策を講ずるべきである。
以上のとおり、美容サービスにおける前受金に関する消費者被害は極めて深刻であり、その原因は、危険なビジネスモデルを許容する現行の特定商取引法の制度的欠陥にある。
消費者の財産を保護し、市場の健全な発展を促すため、国は、特定商取引法を速やかに改正し、資金決済法の発行保証金制度をモデルとした、義務的かつ実効性のある前受金保全措置を導入すべきである。