関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

「関弁連がゆく」(「わたしと司法」改め)

従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが、このたび司法の枠にとらわれず、様々な分野で活躍される方の人となり、お考え等を伺うために、会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。

写真

商法学者
前田庸さん

とき
平成22年10月26日
ところ
みどり共同法律事務所(新宿区)
インタビュアー
会報広報委員会委員長 鈴木 周

 今回は,「わたしと司法」の100回突破を記念して,学習院大学名誉教授の前田庸(ひとし)さんにお越し頂きました。前田教授は,昭和6年生まれの79歳,秋田県で銀行員をされていたご家庭で育ちました。幼少時に大病を患い,長い闘病生活を強いられましたが,大検を経て昭和29年,22歳のとき東京大学に入学されました。卒業後は,銀行への就職を希望されていましたが,健康状態を理由に断念せざるを得なくなり,昭和33年の卒業時に鈴木竹雄教授の研究室に入られました。その後のご活躍は皆さんご存知のとおりですが,手形小切手法の分野で独創的な二段階創造説を構築され,商法・会社法の分野でも法律の改正作業に深く関わってこられました。
 喜寿を過ぎた現在でも頭脳明晰,東京証券取引所の社外取締役や住友信託銀行の監査役を務められる傍ら,著書「会社法入門」の改定も毎年のように行われ,日本の手形小切手法,商法・会社法の大家として,従前と変わらぬ活躍を続けておられます。

前田先生はじめまして。今日は大昔のテキスト引っ張りだして二段階創造説を勉強してきました(笑)。宜しくお願い致します。

前田さん こちらこそ宜しくお願い致します。

先生は,昭和6年のお生まれですが,お子さんの頃,随分な大病を患ったそうですね。

前田さん そうです,小学校6年生のときに肺結核になってしまったのです。それで1年間休学して,旧制中学でも2年の終わりから3年生にかけて休学したのですが,新制高校1年のときに学業は完全に中断して療養所に入ったのです。

肺結核は,現在ではそれほど恐ろしい病気ではありませんが,当時は生死に関わるような病気だったんですよね。

前田さん そのとおりです。闘病の初期は終戦後1,2年たった頃だったのですが,当時出回り始めたストレプトマイシンを父が内緒で進駐軍から入手してくれて,肺の手術を受けて,なんとか助かったのです。

長い間学業を中断されていたわけですが,そこから勉強して東大に合格するのは大変だったでしょう。

前田さん そうですね,普通の人から4年遅れました。高校も出ていませんから,まずは大検からやったのです。 

先生は,大学時代から教職といいますか学会を目指していたのですか。

前田さん いや,私は,父が秋田銀行にいたものですから,卒業後は金融業界に進みたかったのです。しかし,就職試験を受けた銀行からは,「既往症の関係で健康に不安があるし,年齢もいっているので」ということで断られてしまったのです。それで,ゼミで教えて頂いていた鈴木竹雄先生に「全部だめでした。申し訳ないのですが,研究室に残して頂けませんでしょうか。」と頼み込んだんです。今思えば大変失礼な話なのですが(笑),鈴木先生は「そうか。じゃ,これからは研究職で頑張れ。」と励ましてくれました。本当に先生には頭が上がりません。

人生何が幸いするか分からないものですね。もし銀行が採用していたら,二段階創造説は誕生してなかったんですね。卒業後は,修士,博士,兼任講師と進んで行かれたのでしょうか。

前田さん いや,私は,院には行かないで,直接鈴木先生の助手になったのです。

えっ? それは珍しい。おそらく突出して優秀だったということなのでしょう。それにしても,前田先生ほどの大物が博士でなくて学士なのですか。ちょっと驚きですね。

前田さん そうでしょうかね。当時の東京大学は割と自由に助手を採っていたと思います。

その後は,立教大学を経て,学習院大学で教授になられたんですね。

前田さん そうですね。立教には9年いて,その後はずっと学習院ですね。

立教や学習院は東大出身の大物教授が多いですよね。刑訴の田宮先生とか,憲法の芦部先生とか。何か理由があるのでしょうか。

前田さん 当時から立教大学は,東大で定年になった先生が行って教えるという流れが出来上がっていましたから,そのためだと思いますよ。私も先生方から引っ張って頂けたんです。学習院も程度の差はあれ同じような感じですね。

研究活動は,やはり手形小切手法から始められたのですか。

前田さん そうです。私は学部生時代に鈴木竹雄先生に教わって,先生の書かれた法律学全集の手形法にすっかり惚れ込んでいたんです。商法・会社法よりも手形小切手法が好きで研究を始めました。

前田先生の代名詞といえば二段階創造説ですよね。私も受験時代これで書いていました。今は残念ながら受験界では主流ではないようですが,理論的にとてもすっきりしていて分かりやすいと思います。鈴木先生の流れを汲んで前田先生が研究を進めたのでしょうか。

前田さん そうですね。鈴木先生は創造説を採られていたのですが,必ずしも手形債務負担行為と権利移転行為を明確には区別されず,したがって権利移転行為については明確に有因とまでは言い切らず,原因関係が不存在の場合は権利濫用で処理しておられたんですね。けれど私としては,鈴木先生の創造説にすっかり魅せられてしまっていたものですから,僭越ながら「ここまできたら権利濫用とかじゃなくて,はっきりと二段階にしたほうがいいんじゃないか。」と考えたのです。兄弟子の竹内昭夫先生も交えていろんな議論がされたのですが,鈴木先生も最終的には二段階創造説に賛成して下さいました。今でも,先生から「いやー,前田君。手形法はずいぶん進歩したね。」とおっしゃって頂いたのが忘れられません。

そうですか。「創造説に魅せられて」とは受験生からは到底出てこないお言葉です(笑)。そこまで惚れこまないと,大きな研究成果はあがらないんですね。それで,先生,手形小切手の研究を熱心にやっておられた一方,商法や会社法の研究もしておられたのでしょうか。

前田さん しておりました。が,手形小切手の方の研究のほうが熱心でしたね。

そうですよね。憲法で言えば人権と統治みたいなもので,手形小切手と商法・会社法なら,手形小切手のほうが絶対面白いですよね。やっぱり,組織論は暗記が主になるし,ダイナミックさがないですよね。

前田さん まあ,受験生の方はそうかも知れませんね。どうしても覚えるのが中心になりますからね。だけど,我々研究者は,別に暗記する必要はないわけで,いくらでも文献を参考にして考えていいわけですよ。そうやって考えをまとめていく過程は楽しいものですよ。それに,法律を作る側にも回るわけで,そこではいわば白地のカンバスに絵を描くような楽しみもあるのです。

なるほど,法務省の法制審議会で商法の改正をされたときのお話ですね。

前田さん そうです。「鈴木先生がお元気なうちに,商法の基本的な改正をしよう」ということで発足しまして,昭和56年の会社法大改正のときは私も幹事として参加し,以来定期的に委員として会社法の改正作業に携わってきました。

会社法は,実務の要請に基づいて迅速に改正が進みますものね。有限会社もなくなっちゃいましたし。あ,そうだ,私ずっと疑問に思っていたんですが,未だに合名会社を見たことないんですよ。どうせ一人親方の会社なんでしょうから,一人で業務執行やって一人で無限責任を負うわけですよね。「これって個人事業主とどこが違うのか」ってずっと思っていたんです。先生,合名会社見たことあります?

前田さん ふふふ,私もないね(笑)。

そうでしょう(笑)?

前田さん あ,でも子どもの頃に近所にあったような気もしますね。合資会社は今でもたまに見ますよ。あと,合同会社も匿名組合に代わってどんどん増えてますね。

最近の大改正はなんと言っても平成17年の会社法の分化ですが,先生も委員で改正作業をやっておられたのですか。

前田さん いや,私は平成14年に70歳のときに法制審議会を退いていますので,一つ若い世代の江頭憲治郎さんが中心でやっています。審議会は慣例で70歳で退任なんですよ。

そうなんですか。すると,先生が携わった改正というと,一人会社設立とか,株式の譲渡制限なんかがそうですか。

前田さん それもずいぶん古い話ですね(笑)。あと株式交換とか会社分割とかもそうですよ。あれを作った当時は,それがこんなに沢山の企業で使われることになるとは思いませんでした。

昨年,「会社法入門」の改訂をされてます。ネットで書評を見ると,すごく評判がいいようですね。「この厚さで『入門』もなにもないだろう」という感想も散見されますが(笑)。平成17年改正についても,一から勉強されて教科書改訂されたのですか。

前田さん もちろんそうですよ。

大変失礼ながら,先生くらいのお齢になって,条文から構造から全部変わっちゃって,それをまた教科書に作り直すというのは,大変なご苦労だったんじゃないでしょうか。私だったら,「もう,余計なことするな!」とか思ってしまいそうですが。

前田さん 確かに条文が全部変わってしまいましたから,まずはその読み込みから始めました。最初は何が書いてあるのか分からなかったものもありましたが,じっくり何度も読み込んでいくと,だんだん分かってくるんですよ。大変でしたけど,勉強していて楽しかったですよ。

そうですか。やはり人間,向上意欲があれば,いくつになっても第一線でやれるんですね,失礼致しました。それから,先生は,今,学習院大の名誉教授と,東証の取締役と住信の監査役をやっておられますよね。どちらもアクティブにやっておられるのでしょうか。

前田さん 名誉教授のほうは,ほとんど名前だけですけど,東証と住信のほうは一生懸命取締役や監査役として業務を行っています。

東証の業務時間延長の件が問題になっていますね。今は昼休み1時間半もありますものね。こないだ上海に取引量で抜かれてしまいましたし,日本株をもう一段活性化したいところですよね。

前田さん ええと,そのあたりは,コメントしかねます(笑)。すみません。

今後の活動予定をお聞かせください。

前田さん 今後も,会社法の改正に伴って,教科書のフォローはしていきたいと思っております。あと,国際会計基準が来年から任意適用になります。要するに簿価から時価へという流れになるといってもよいかと思います。これは昭和37年以来の大変革ですが,国際会計基準適用会社とそれ以外の会社とに適用企業が分かれてしまいますので,ダブルスタンダードになってしまいます。これは難問だと思いますね。国際基準もまだまだ最終的には定まっていないようですので,今後の運用状況を注意して見ていきたいです。

今後も10年と言わず,20年くらい現役でご活躍されるようお祈りしております。本日はどうもありがとうございました。

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