関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

「関弁連がゆく」(「わたしと司法」改め)

従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが、このたび司法の枠にとらわれず、様々な分野で活躍される方の人となり、お考え等を伺うために、会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。

写真

映画監督
佐々部清さん

とき
平成23年10月6日
ところ
株式会社シネムーブ応接室
インタビュアー
会報広報委員会委員長 中尾隆宏

 今回の「わたしと司法」は映画監督の佐々部清さんです。2005年映画『半落ち』で第28回日本アカデミー賞優秀監督賞及び最優秀作品賞を受賞され,今年8月下旬から公開された『日輪の遺産』の監督としても知られる日本を代表する映画監督のお一人です。何より皆様には現在公開中の映画『ツレがうつになりまして』の監督さんとしての印象が強いのではないでしょうか。思わず何度も見たくなってしまうほほえましいこの映画に隠された貴重なお話を伺ってまいりました。弁護士にとっても重要なテーマが扱われたこの映画を是非一度ご覧頂きたいと思います。とても癒されますし,とても考えさせられます。

『ツレがうつになりまして』を監督されることになった経緯は何でしたか。

佐々部さん 通常は「こういう企画があるのだけれどやらないか。」というオファーを受けてからやる,やらないを決めるのですが,この作品の場合,原作を4年前に読みまして,自分の周りにもうつ病の方がおられる中,非常におおらかにうつ病への取り組みを啓蒙していることに惹かれました。シネムーブ(注:この映画の製作会社)の社長に映画化しようと話し,良い脚本もできたので,いろいろな配給出資会社を回ったのですが,デリケートなテーマだけになかなかゴーサインが出ず,もう自分たちで借金して作ろうか,と思っていた時に,セントラルアーツという会社がOKしてくれた,という経緯です。

確かにテーマはデリケートですが,夫婦の愛情に光が当たっていますよね。

佐々部さん スタートはうつ病の啓蒙なんですけど,「ツレがうつになりまして」という題は奥さんの目線ですよね。うつ病を抱えた夫婦と,家事が苦手でどうでもよさそうな漫画を描いているというちょっとできの悪い奥さんの成長譚にしたかったんです。僕は,いつも平均点より下の人たちがたくましく成長して一歩踏み出す,という姿を撮りたいと思っているんです。僕が尊敬する山田洋次監督の作品などもそうです。

だから何となくほっとさせられるのでしょうか。その成長譚の中で,宮﨑あおいさんの演じる奥さんが,自分のおかあさんに,「ツレ(注:映画の中でうつ病にかかる夫)がうつ病になった原因ではなく,うつ病になった意味を考えるようになった。」と話すシーンがすごく印象に残っているんですが,この意味を彼女は説明していません。これは観客が自分で考えることなんでしょうか。

佐々部さん 基本的に映画ってそうなんですね。僕はいつも映画作りの中で「余白」というものを考えます。余白の部分を観客が自分の中で咀嚼しながら考えるから映画は楽しい。例えば,弁護士会に関係の深い映画としては『それでもボクはやってない』という痴漢冤罪の映画がありましたね。あの映画も「冤罪というものがある。」ということを一杯観客に投げかけて終わるんです。そこからは観客が考える,そこが映画の楽しさであると思うのですが,今は,テレビでも映画でもすべて説明しようとするから観客が考えることを拒否するんです。でも僕は必ず観客に余白を与えて,考えてもらうようにしています。夫がうつ病になった意味って何だろう,とあおいちゃん自身も映画の中で考えますが,同時に観客の方にも考えて頂きたいのです。例えば奥さんと一緒に映画館を出て,コーヒーを飲みながら,「うつ病になった意味ってなんだろうね。」って語り合ってほしい。ついさっき見た映画のことはもう忘れちゃって「今度は予告編で見たあの映画見に行こうよ。」という話になっているだけではさみしいと思います。

非常にあとを引く映画ですよね。冒頭でイグアナが歩いていて,その低い目線で日本家屋の中を進むシーンからはじまり,「えっ」と驚かされたのですが,そのバックにマーラーの交響曲第5番第4楽章が流れていて,映像とのギャップにもどきっとしました。

佐々部さん あれは,ルッキーノ・ヴィスコンティ監督の「ベニスに死す」をイメージしたものだったんです(注:グスタフ・マーラー作曲交響曲第5番第4楽章は「ベニスに死す」の映画音楽として使われたことでも有名)。「ベニスに死す」に対抗して格調高くマーラーから入ろうかと思って。イグアナ目線にしたのは,子供の目線です。この夫婦には子供がいない。イグアナが子供です。朝,「お父さんとお母さんどこにいるのかな?」と子供が探しているシーンなんです。途中でカメが弟として入ってくる。そこで,あおいちゃんが「今度は私がこの子達のために頑張る。」と言うシーンも,クローズアップにしないで,夫婦とイグアナとカメがワンカットの中で収まるようにしたわけです。

「ベニスに死す」は大変重い雰囲気の映画で,マーラーを聴かされたとたん,「この映画って,もしかしたらものすごく暗くて重い映画なの?」とどきっとしましたが,実はノホホンとした雰囲気ですよね。

佐々部さん 原作がおおらかなテイストを持っていて,その原作のテイストを残したかったんですよね。だから,深刻な内容の家計簿にも原作者にイラストを書き下ろして頂きました。

映画の進み方も,何回もフェードアウトが入りながら進むという独特な進み方ですね。

佐々部さん おそらく22カ所ぐらいフェードアウトがあると思います。こんなに多いのは珍しい。僕は,その間に観客の方に考えてもらいたい,という思いがあるんです。

先ほどの「余白」ですね。では,キャスティングはどのように決まったんですか。

佐々部さん 宮﨑さんはセントラルアーツのプロデューサーが推してくれました。もちろんOKだったのですが,あおいちゃんは初めての方だったので,夫役は知っている方がいいなと。そこで『日輪の遺産』から引き続いて堺君ではどうですか,ということになりました。二人ともどちらかというと男でも女でもない「中性的」なんですね。この二人だから,ホワッとした原作のテイストにうまくはまったと思います。宮﨑あおいや堺雅人にハルさん(注:映画の中の奥さん)やツレをやれ,というのではなく,ハルさんやツレを宮﨑あおいや堺君に近づける,というやり方が僕の仕事のやり方です。

撮影中ご苦労されたことはありますか。

佐々部さん 期間が短かったので,僕よりセットを作ってくれたスタッフが大変でした。撮影で大変だったのは,イグアナのシーンですね。調教することはできないので,待つしかない。最初のシーンも3,4日かかったんです。それ以外はほんとにうまくいった。宮﨑さんと堺君という二人の主役の撮影中の居住まいが本当に素晴らしかったんです。二人ともスタジオに一回も台本を持ってきたことはありませんでしたが,台詞は完璧に入っていました。待ち時間は家から文庫本を一冊ずつ持ってきて,無駄話をすることもなく,それを読んでいる。時々あおいちゃんは編み物をしている,といった具合で,老夫婦を見ているようでした。その居住まいを壊さない雰囲気作りを僕たちはしていました。

この映画の一場面に実際の自分の生活の一部を重ね合わせる方も多いと思うのですが。

佐々部さん この映画に限らず,僕の映画は,見終わったあとに「かみさんに,苦労かけてお礼言おうかな」とか「ちょっと頑張ろうかな。」と思って欲しいと考えています。この映画の試写会で,観終わった後で女の子が「なんかさぁー,結婚したくなっちゃわない?」って言ってくれたり,地方ではお客さんが「監督,俺この映画かみさんと一緒に見に行くわ。」て言ってくれました。そういう感想がうれしいですね。あおいちゃんが「病める時も,健やかなるときも」という結婚式でよく聞く言葉を話すシーンがありましたが,あの言葉がこんなに良い言葉だったなんて,とあらためて思いました。

音楽にドビュッシーやシューマンが使われたりしておりますが,監督の選曲ですか。

佐々部さん 全部僕の選曲です。この映画には分厚いオーケストラの音楽は要らないと思いました。オーケストラ曲をあてたりもしたのですが,どうしてもぶつかっちゃうんです。そこで,作曲の加羽沢美濃さんにも,ハルさんはピアノ,ツレはチェロ,イグアナはオーボエ,という感じで作ってもらいました。実際のツレさんは日本で出ているクラシックのCDを全部持っている方で,最初に出てくるマーラーを聴かれた時に,「日本で出ているどのCDにもないけど,どこから引っ張り出してきたの?」と尋ねられました。そのぐらいの人なんですよ。確かに映画音楽では著作権フリーの演奏でなければ使えないので,発売されてはいない演奏なんです。そこで,クラシックも一つのモチーフにしました。日本家屋とのミスマッチも良いなと思いました。日本家屋の方がマンションよりイグアナとの距離も近いので,親子間の距離も近くなります。また,奥行きが出てやわらかい雰囲気になります。そして,庭がないと季節感が出せません。スタッフは大変でしたが。

最後にどんな方に見て欲しいですか。

佐々部さん 弁護士さんに・・・いや,これは冗談(笑)。どんな方というよりも,できたら,ひとりじゃなくて大切な人と見て欲しいなと思っています。

有り難うございました。

佐々部 清さん略歴
1958年,山口県下関市生まれ。明治大学文学部演劇科,横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)を卒業後,フリーの助監督を経て,2002年『陽はまた昇る』で監督デビュー。以後,『チルソクの夏』,『半落ち』(日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞),『四日間の奇蹟』,『カーテンコール』,『出口のない海』,『夕凪の街 桜の国』,『結婚しようよ』,『三本木農業高校,馬術部』と立て続けに作品を発表。近年はテレビドラマ『告知せず』や舞台『黒部の太陽』の演出など手掛け,活躍の場を広げている。新作ドラマ『看取りの医者』(TBS月曜ゴールデン),2011年公開映画は『日輪の遺産』(8月27日公開),『ツレがうつになりまして。』(10月8日公開)

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