関東弁護士会連合会は、関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

「関弁連がゆく」(「わたしと司法」改め)

従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが、このたび司法の枠にとらわれず、様々な分野で活躍される方の人となり、お考え等を伺うために、会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。

写真

俳優
川口啓史さん

とき
平成29年3月24日
ところ
東京都千代田区霞が関(弁護士会館)
インタビュアー
会報広報委員会委員 西岡毅

今月号の「関弁連がゆく」は,劇団俳優座に所属されている俳優の川口啓史さんです。
川口さんは,1974年に劇団俳優座に入団されて以来,俳優として多数の作品に出演されておりますが,2013年には,「気骨の判決」という舞台の演出も担当されています。この舞台の原作は,戦時中の昭和20年,政府の圧力に負けずに選挙無効判決を出した,大審院第三民事部の吉田久裁判長の実際の物語をベースにしたものです。
そんな川口さんに,俳優業や演出家の色々についてお話を伺ってまいりました。

川口さんの略歴を教えてください。

川口さん 7歳ごろまで熊本の水前寺という所にいて,小学校1年生の途中で父の転勤で東京に来まして,その後はずっとこちらです。中学,高校と東京にいまして,高校の時は演劇部に所属していました。

その頃から俳優を目指されていたんですね。

川口さん 父が職場で演劇をやっていて,演出したり,本を書いたりしていたんです。その影響が大きかったと思います。その後,俳優座の養成所である桐朋学園の演劇科に入りました。当時は,そこを出ないと俳優座を受けられないというのがありましてね。そこを出て俳優座に入団したという経緯です。

目指す俳優像というのは当時からお持ちだったんですか。

川口さん 俳優座にいらっしゃった仲代達矢さんは,憧れの俳優でしたね。

俳優座に決めた理由は何だったんですか。

川口さん 父が好きだったということと,あとは,俳優座は思想的に無色で,非常にニュートラルな劇団だという点ですね。

いざ俳優業を始められて,やりがいや良かったところは何でしょうか。

川口さん ドラマって虚構なんですが,その虚構の中で,自由に自分の心情を発揮することができる世界なんですね。視聴者やお客さんと一体になって,一瞬ですけど,真実みたいなものを放出できるという喜びがあります。

演じられる役というのは,ご自身の性格に近い方が良いですか。

川口さん 舞台だと,離れている方がやりやすいと言いますね。

それはどうしてですか。素に近いほうがやりやすいのかと素人は思ってしまいますが。

川口さん 舞台だと自分と距離があった方が役を造形できるんですね。映像だと,割と素のまま出ても平気なんですが,舞台は,改めて人物を作り上げていくものですので。

舞台と映像では演じ方が違うんですね。

川口さん ちょっと違いますね。映像は飾らないといいますか,ナチュラルに演じないとかえっておかしいんです。そのまま,お茶の間に入っていきますから。でも,舞台は油絵のように塗って,立体的にしないといけないんで,そこにおもしろさがあります。

どちらがお好きですか。

川口さん どっちもそれぞれ魅力はありますね。映像は映像で,カット,カットの瞬間の演技なんで,10秒,20秒という瞬間にかける臨場感というものがあります。それに対して,舞台は1時間あるいは1時間半,幕が開いたら止まらないという醍醐味がありますよね。

俳優をされていて,ここが大変だったなということもありますか。

川口さん いつも自分がやりたい役に巡り合うとは限らないので,自分に合ってないんじゃないかなとかという役でも,前に進んでいかなきゃいけないというところですかね。そういうジレンマはありますね。

ちなみに今,やりたい役というのはありますか。

川口さん 自分の憧れだけですけど,若いころからシェイクスピアの「オセロ」をやりたかったんですよ。主人公のオセロが,嫉妬によって妻を殺してしまうというお話です。僕が俳優座に入団する前に仲代達矢さんがオセロをやっていたのを見ていた影響もあって,いつか演じたいと思っています。

川口さんは俳優だけでなく,演出もなさっています。演出と俳優とでは,どのような点が違いますか。

川口さん 視点が違いますね。演出は,一人の役を詰めるのではなく,スタッフの仕事も含めて全体を見ながらドラマを作り上げていって,お客さんにどんなインパクトを与えられるかという仕事です。それに対して,俳優は,自分の役だけ一生懸命やってればいいんですね。

映像の監督と舞台の演出家とは,やることが近いんですか。

川口さん 似ていると思いますよ。演出はほとんど監督的な視点でやります。

川口さんが2013年に演出なさった「気骨の判決」ですが,この作品を選ばれた理由は何だったんでしょうか。

川口さん たまたまこの作品の原作(「気骨の判決」新潮新書/清永聡著)を読んだのですが,作中の「吉田久」という裁判官に人間的魅力を感じました。と同時に,新劇・舞台の歴史を見ると,思想的な対立,権力と反権力,右や左といった政治的な色合いの対立構図が非常に多いんですが,僕はそうじゃなくて,もっと対立を超越した中立的な目で問題を見つめていったらおもしろいんじゃないかと思ってこれを取り上げることにしました。あとは,甥っ子が弁護士をやっていて,彼にもこの本を読んでもらったらおもしろいと言ってくれたというのも影響していますね。

私もこの原作を読ませていただきましたが,弁護士必読の書ですね。昭和20年当時の裁判官が東京から鹿児島まで証人尋問に行ったり,国の選挙の無効を宣言したりしていて,大変驚かされました。今の日本ではなかなか難しいのかなと思います。

川口さん 今でも,吉田久のような人物というか,視点が必要だなと思います。流されないというか,ぶれないというか,信義に忠実に生きていくといいますか。

配役は,演出家の方がお決めになるんですか。

川口さん はい,うちは演出に配役権がありまして,先輩だろうが後輩だろうが,劇団表を見ながら配役できるんです。例えば,「気骨の判決」では,岩崎加根子さんという俳優座の代表である大先輩にお願いして出て頂きました。

大先輩相手の演出は,遠慮してしまってやりづらいということはないですか。

川口さん 多少遠慮はありますね。でも稽古を重ねていくうちにこちらの思いを伝えて,コミュニケーションをとっていくと分かっていただけますね。先輩が思いを汲んでくれます。

演出家の方は,どの段階で作品の完成形を描かれるんですか。

川口さん 今回原作がありましたが,劇作家に台本を戯曲化してもらいました。台本が,第1稿,第2稿と出てきて,それを読んだあたりでだいたい世界が固まっていきます。

完成形は頭の中に映像として浮かぶんでしょうか。

川口さん はい,衣装や舞台セットなんかと同時に総合的に浮かびますね。時代や俳優の顔が浮かんできたり,吉田久の顔が浮かんできたり。

すごく大変そうですが,どれぐらいの時間がかかるんですか。

川口さん 3稿,4稿ぐらい書き直しましたんで,台本を作るだけで3~4ヶ月くらいかかってますね。予算の関係で,出演者を20人ぐらいに絞ってほしいとお願いしたりもしましたね。

台本が出来て,配役を決められて,いざ稽古場で皆さん集まられた際に,出演者の皆さんはもう台本を暗記されているんですか。

川口さん いえいえ,まず郵送で台本を送りまして,初顔合わせをします。そこで演出テーマを喋って,読み合わせというものをします。いわゆるテーブル稽古です。20人なら20人集まりまして,それを1週間から10日間ほどやります。そのテーブル稽古で,ああでもない,こうでもないとセリフをカットしたり,作家にここを膨らましてほしいと頼んだりして,台本に赤ペンが入ってぐちゃぐちゃになるんですよ。

数か月かけて作った台本が,またその読み合わせで変わっていくんですね。役者の方の意見が取り込まれることもあるんですか。

川口さん 多いですね。俳優が実際に喋ってみてリアリティがないんじゃないかという要求があるんですが,そこを調整するのが大変難しいです。

テーブル稽古が終わると台本は固まるんですね。

川口さん そうですね。その後は立ち稽古になります。舞台セットも稽古場に同じように建てるんです。背景については,装置家とディスカッションして決めていきます。実寸で仮設の舞台を作って,そこで立ち稽古をするんです。それがだいたい30日間ぐらい続きます。台本を受け取ってから40日後には本番,というスケジュールですね。

役者の方は,台本のセリフは一言一句そのまま言うんですか。それとも若干言い回しを変えたりするんでしょうか。

川口さん 若干変えるときは読み合わせのときに修正しますので,決定稿のとおりに言います。そうしないと,セリフが音響や照明のきっかけになっている場合があるのでまずいんですよね。ですから,基本的に舞台でアドリブというのはないですね。

「気骨の判決」を演出なさっていて,一番気を付けたポイントというのは何ですか。

川口さん 時代が戦時中のお話なので,お客さんに現実感を持って感じてもらいたいというのと,裁判の話というのはなかなか難しいので,吉田久の家庭,家族も描いて,家族を通して当時の問題を考えて欲しいという点です。舞台の前には,吉田久が住んでいた東京都北区滝野川近辺へ出演する役者と訪ね,雰囲気をつかんできたりしました。

法律の専門用語もたくさん出て来ると思いますが,法律監修をどなたかにお願いされたんですか。

川口さん 甥っ子の紹介で,元最高裁判所判事の弁護士の才口千晴先生にお願いしました。

才口先生はどのような方でしたか。

川口さん とてもざっくばらんで,庶民的な方でしたが,押えるところはしっかり押さえてくださいました。書(しょ)もうまくて,吉田久の家庭のシーンで額をかけたいとお話ししたら,毛筆で「正義」と書いてくださいました。それは今でも大事にとってあります。

この舞台は何日間公演されていたんですか。

川口さん 紀ノ国屋ホールで当時10日間でした。

10日間されていて,舞台の出来というのはどんどん良くなるものですか。

川口さん 良くなっていきますね。お客さんとの馴染みも良くなっていきますし。

では舞台鑑賞するときには,千秋楽がいいんですね。

川口さん そうだと思いますが,初日が好きだという方もいらっしゃいますね。初日には独特の緊張感がありますので。

10日間の公演が終わった後というのはどういったお気持ちなんでしょうか。しばらくは魂が抜けたような感じになるのでしょうか。

川口さん いえ,終わればすぐに次の仕事という感覚ですね,みんな。もう慣れてますからね。ちなみに,この舞台は去年の秋に再演でまた神奈川県内を回ったんですよ。みんなはまたこれで全国にも行きたいと言っています。

私も舞台を拝見したいので,是非ともお願いします。最後になりますが,弁護士のイメージはどういったものでしたか。

川口さん いろんな問題がある中で人助けをする,人のために尽くすというお仕事なんで,大変だなという印象を持っています。

弁護士に期待されていることがありましたら,教えてください。

川口さん 吉田久から感じたことも含めて申し上げますと,やはり弱いものの立場に立って頂きたいという思いがありますね。「気骨の判決」の原作の中に,正義とは何かと問われたら,「倒れているおばあさんがいれば救ってあげることだ」というような言葉が出てくるんですが,弱い人のために法律というのがあるんだという思いがありますね。「医は仁術なり」という言葉がありますが,僕は,それにかぶせて「法は仁なり」という字を当てているんです。

本日はありがとうございました。

【劇団俳優座の今後の主な上演ラインナップ】
 8月  「転がる石に苔むさず」(LABO公演)(劇団俳優座5F稽古場)
 9月  「詩森ろば書き下ろし作品」(俳優座劇場)
 10月 「クスコ−愛の叛乱−」(劇団俳優座5F稽古場)

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