関東弁護士会連合会は,関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

「関弁連がゆく」(「わたしと司法」改め)

従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが,このたび司法の枠にとらわれず,様々な分野で活躍される方の人となり,お考え等を伺うために,会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。

写真

医師・宇宙飛行士・東京理科大特任副学長
向井 千秋さん

とき
令和2年7月
ところ
東京理科大学神楽坂キャンパス
インタビュアー
会報広報委員会委員
高橋辰三,小南あかり

今回の「関弁連がゆく」は,日本人女性初の宇宙飛行士として1994年にスペースシャトル・コロンビア号で宇宙飛行に参加し,1998年にスペースシャトル・ディスカバリー号に搭乗,現在は東京理科大学特任副学長として大学運営に携わっていらっしゃる向井千秋さんです。宇宙飛行士としての体験や,医学博士・教育者として,現在起きている様々な社会問題に対するお考えを伺ってまいりました。

向井さんのご出身は,群馬県ですね。

向井さん 出身地は群馬県館林市です。人を助けるために医者になりたくて,14歳で親元を離れて東京に出てきました。ただ,人生で一番長く住んだ街はアメリカのヒューストンなので,長く住んだ場所を故郷というならば,故郷はヒューストンでしょうか。

ヒューストンには,NASA(アメリカ航空宇宙局)の施設がありますね。

向井さん 私が住んでいたのはヒューストンのクリアレイクという町で,NASAのミッションコントロールセンター(宇宙機の運用を地上から管制する施設)があるところです。当時は,日本の宇宙飛行士が順次宇宙に飛べるという状況ではありませんので,宇宙飛行士に選ばれた後,実際に宇宙に向かって飛ぶまでに9年,ヒューストンに住んで20年も経ってしまいました。

宇宙関係の産業にいる方はどのような人たちだったのでしょうか。

向井さん 私がアメリカで生活していた頃は,女性も含めてマイノリティを積極的に登用しようとしていた時代でしたので,ミッションコントロールセンターにも女性のほか,ヒスパニック系や,アフリカ系アメリカ人の人々もかなり多かったです。逆に,一緒に仕事をしていた白人男性たちは,「アングロサクソンの人たちが逆差別されている」「アファーマティブアクション(積極的格差是正措置)のせいで同じ能力があっても自分たちは不利に扱われるんだ」と言っていました。

現在,アメリカでBLM(Black Lives Matter)運動が起きていますが,当時アメリカでの生活でレイシズム(人種主義)を感じたことはありましたか。

向井さん ヒューストンは,NASAや宇宙関連企業に勤めている人が多い地域です。私が仕事で関わる人はコスモポリタン(世界市民主義者)とか,インターナショナルな視野を持つ人たちが多く,自分の生活の中ではそういうものを感じることはなかったです。一度だけ,1986年頃に空港で「ジャップ」と言われたことがあり,いまどき,そういうことを言う人もいるんだなぁ,と驚いたことはあります。

宇宙飛行士になろうと思われたきっかけは何ですか。

向井さん 80年代に「日本が宇宙を科学利用する目的で,科学者・医者・技術者を宇宙に送るために宇宙飛行士を募集する」という新聞記事を見たのがきっかけです。20世紀の科学技術ってこんなにも進んでいて,横移動で海外で仕事するようなイメージで,縦移動で宇宙に行って自分が持っている力を出せるという時代に,今,私が生きているのだ,ということに,とても感激したのです。自分の故郷を知るためには,故郷を出ないとわからない。地球を知るためには地球を出ないとわからない。宇宙から地球を見たら自分の視野が一気に広がるだろうと。宇宙飛行がしたいというよりは,宇宙から自分の目で地球の全体像を見たいと思ったんです。

日本で宇宙飛行士として選ばれてから,実際に宇宙飛行が実現するまでの間で,苦労したことは何ですか。

向井さん 宇宙飛行士としての準備や訓練は面白いので,それ自体は辛いとは思いませんでした。一番の苦労といえば,予定が立たないことでしょうか。当初の計画では,日本人飛行士の飛行枠が1席しかなかったし,スペースシャトルの機体が繊細なので風の状況で打ち上げ延期になることも多かったのです。そのうえ,1986年にはスペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故もあり,なかなか打ち上げの予定が組めませんでした。そうなると,自分がいつ飛べるかわからず,ゴールのないマラソンをやっているような気分で,日々の訓練もどこに照準を合わせていったらよいのかわからなかったのが辛かったです。

飛行の予定が確定するまでが大変,ということなんですね。

向井さん はい。飛行の予定とミッションが決まりさえすれば,その後は,その役割,目的に向かって,しっかりとしたトレーニングのチャートが作られますので,それに従って順番にやっていけばいいのです。そして,スペースシャトル打上げ当日に,各自の役割に従ったトレーニングを経た宇宙飛行士たちが打上台に集合するという段取りになっているのです。

宇宙飛行士になるためには,どのような訓練があるのですか。

向井さん 緊急時のサバイバルトレーニングばかりやっているイメージかもしれませんが,それだけではありません。与えられた任務に関するトレーニングが大半です。私の場合には,2週間の飛行期間中に,スペースラボラトリーという宇宙実験室で環境利用,微小重力を使った実験を行う役割でしたので,100くらいの技術系,ライフサイエンス,医学,流体力学などの実験手法等を勉強することが訓練の大半でした。

弁護士が宇宙飛行士として宇宙に行く時代になるのでしょうか。

向井さん 宇宙開発の法律問題としては,例えばアメリカの人工衛星を日本が打ち上げて,それが第三国に落下した場合に誰が損害賠償責任を負うか,という議論が想定されます。また,今の乗組員同士はお互いに訴訟をしない約束をしていますが,これから民間の宇宙飛行が始まり,より多くの一般の人たちが宇宙に行くようになると,紛争が起こる可能性もあるので,宇宙での問題を扱う弁護士が必要になるかもしれません。

地球から宇宙空間に出るときにはどのくらいの重力がかかるんですか。

向井さん いわゆる重力加速度というものですが,せいぜい3Gくらいしかかかりません。3Gとは,体重が3倍になるというイメージですが,持続時間は1分間くらいです。なお,ジェットコースターなどでは4Gくらいが一瞬かかりますが,重力加速度も普通の健康体であれば,十分耐えられます。

ジェットコースターが怖いという人ですと,スペースシャトルに乗っても同じような恐怖を感じるんでしょうか。

向井さん ジェットコースターは,むき出しですから風の早さとか景色が見えて怖いかもしれません。スペースシャトルは閉鎖空間の中で寝た姿勢をとりますので,それほど怖いということはないと思います。しかも,今のロケットは,時間をかけてスピードを徐々に上げて地球を脱出するので,昔ほど重力加速度はかからないですよ。下からグワーッて持ち上げられるような感覚ですね。むしろ,宇宙から地球に帰ってくるときのほうがキツイでしょうね。地球上の重力は1Gですが,地球に戻るときには,スペースシャトルだと1.5Gくらいかかります。しかも,宇宙飛行士の身体も宇宙の無重力に慣れていますから,そこで1.5Gかかると,地球上で感じる4G,5Gにも相当するくらいの重さを感じますね。健康な人が風邪で数日寝込むと,回復した後に体が重く感じるみたいなイメージです。

将来私たちが宇宙旅行に行けるようになった時に備えて,基礎体力や運動能力を鍛えるトレーニングをしておいた方がよいのでしょうか。

向井さん 60年代の古い発想ですね(笑)。職業宇宙飛行士はミッションがあり,その途中に体調を崩したら困りますので,健康維持管理はとても大事ですが,民間の人が行く場合は観光旅行なので,必ずしも基礎体力や運動能力を特別に鍛える必要はないですよ。例えば,FAA(アメリカ連邦航空局)では,多くの一般の人が宇宙飛行をするための医学基準を作成しています。それは,宇宙飛行士が宇宙ステーションに行く医学基準をベースにして,一般の人用に基準を下げる形の内容になっています。たとえば,血圧の高い人でも,このぐらいまでは許容範囲だとか,胃痛持ちの人でも薬持参ならば大丈夫だとか。この基準作りは,NASAの宇宙飛行士や宇宙飛行士を診ていた医師が行っています。

宇宙に行かれる前に,果たして生きて帰って来られるのだろうかという不安はありましたか。

向井さん 飛行機に乗る場合でもリスクがあるのと同じですね。宇宙でなくても,地球で生きている限りリスクはあります。医師の仕事をしていたときに,朝,家を出て,交通事故に遭い,夜には亡くなっているなど不本意に命を落とした人たちを何度も見ていますので,宇宙飛行だけが特別に不安ということはなかったですね。ただ,遺言書は書きましたし,軍人が出征するときと同じく,NASAに対して自分の万一の際に自分のNASAの事務所の後始末をだれに任せるか等の事項につき事前に申告しました。あとは,たとえば,自分が宇宙にいる間に自分の親族が亡くなった場合に,ミッションが終わるまでに知らせないでほしいか否かという確認もありました。私は,「ミッション中でも知らせて欲しい」という選択をしました。

向井さんが宇宙開発に関わってきた期間に宇宙開発に関するアメリカと日本との差は縮まりましたか。

向井さん アメリカでは,NASAにパイロットや気象予報士を派遣するなど米軍が関与していますので,宇宙開発に関しても米軍の設備や予算が使えます。しかし,日本の場合には,自衛隊は宇宙開発に関わりませんので,宇宙開発という科学利用の予算だけでやっています。宇宙開発には莫大な費用が掛かるのでアメリカと日本の差はまだ大きいと思います。
ちなみに,日本は,国際宇宙ステーションを運営するパートナー(アメリカ,ロシア,カナダ,日本,欧州宇宙機関)の中でアメリカ,ロシアに次いで大きな割合でリソースをもっていて,国際協定でそれに応じたリターンがくるようになっています。たとえば,電気を使用する量,施設利用,何人乗組員として飛べるかということなど。その結果,今は,2年に3人くらいの日本人飛行士が宇宙に飛べるようになっていて,ロシア・アメリカに次いで,日本は宇宙飛行士の宇宙滞在時間が3番目に長い国という時代になっています。

向井さんは医師という肩書もお持ちですが,新型コロナウィルス感染拡大の現状に関して何かお考えはありますか。

向井さん 前線で働いている医療従事者の方には頭が下がります。そのおかげで今のところ医療崩壊せずに済んでいると思います。今,世界は,それぞれ○○○ファーストと言って分断しているけれど,宇宙から見ると地球って小さいんです。その小さい地球上で人間の活動範囲の幅は広がり,スピード感も増しているから,こういう感染症はあっという間に広まってしまう。私は,こういうパンデミックは,人類への警告であると思いますね。小さい地球上で人間同士が分断している場合ではなく,ダイバーシティ・インクルージョンを意識してみんなで力を合わせて協力しないと,人類は滅亡してしまうよ,という警告ではなかろうかと。

2015年から東京理科大の特任副学長として学校運営に参画されていますが,特任副学長として今後の目標はありますか。

向井さん 東京理科大は,国造りのためには科学技術が必要であると考え,その教育を行うために1881年に設立された東京物理学校が前身です。そのDNAは,実力を備えた学生のみを卒業させるという「実力主義」として,今でも脈々と引き継がれています。そういう意味では,社会実装,つまり学問をいかに社会に還元していくかということを推進していけたら良いなと思っています。
実際,東京理科大は,いろいろな地球上での社会実装に取り組んできました。そして,これまで縦割りで宇宙には関係のなかった専門分野を,「宇宙」という機軸を通してインターディシプリナリー(学際的)に結び,エネルギー問題や食料問題などの衣食住に関わる研究を推進する試みで,千葉県野田市に「スペース・コロニー研究センター」を設置しました。宇宙で人が生活するには,空気や食べ物が必要ですから。
それと,私は,医者になりたくて医者になり,宇宙に行きたくて宇宙飛行士になりました。そういう自己実現や,夢を叶えるためには,教育というものは本当に大事なので,自分の夢に向かっている人たちの後押しができるような教育ができたらいいなと思っています。

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