関東弁護士会連合会は,関東甲信越の各県と静岡県にある13の弁護士会によって構成されている連合体です。

「関弁連がゆく」(「わたしと司法」改め)

従前「わたしと司法」と題しインタビュー記事を掲載しておりましたが、このたび司法の枠にとらわれず、様々な分野で活躍される方の人となり、お考え等を伺うために、会報広報委員会が色々な場所へ出向くという新企画「関弁連がゆく」を始めることとなりました。

写真

棋士
米長邦雄さん

とき
平成15年8月13日
ところ
日本将棋連盟会館
インタビュアー
川崎直人(会報広報委員会委員長)

 今回のゲストは,棋士の米長邦雄さんです。米長さんは,昭和38年にプロ棋士,昭和46年に八段になられ,タイトルを19回獲得された将棋のトッププロのお一人です。平成5年には,50才で7度目の挑戦で名人になられました。現在は,東京都教育委員会の委員として積極的に教育問題に取り組まれており,講演や執筆活動においては独自の勝負観,人生観を展開されています。本日は,将棋だけではなく,教育問題などを含めていろいろとお聞きしました。

将棋のプロとしての勝負哲学について,お聞かせ願えますか。

米長さん 将棋は勝ち負けがつきますが,勝つことが必ず正しいわけではなく,運命を司っている勝利の女神の判定で勝たなければ勝ちとは言えないというのが私の勝負哲学です。
例えば,私のことを誹謗中傷した記事を掲載した週刊誌がありましたが,そういうときに,自分は正しく相手が間違いだから,謝罪せよと申し入れること自体が負けだと思っていますので,そのようなことはしません。裁判をして勝ったから正しいということではなく,運気を損なうことには近づかないということです。その週刊誌は,その後発行部数が減ったと聞いていますし,私は,その後,教育委員に推薦され就任しています。法律家は,他人のトラブルを飯のタネにしているわけですが,勝利の女神が満足できるような解決ができるかどうかが大事ではないでしょうか。

運気を損なうとか損なわないという言葉は,どのようなイメージで使われているのでしょうか。

米長さん 運をそのときに使い切るのではなく幸せの箱に詰めておくということです。人生の転機は,自分の意思と関係ないところで突然来るものですが,そのようなときに,幸せの箱の中にある人脈等を使って,転機を乗り越えることができることがあるということです。

現在の世相について,どのようなお考えをお持ちでしょうか。

米長さん 現在1年間に3万人を超える自殺者が出ており,リストラなどによるものが増えています。自殺するような人は心の病にかかっているわけですから,頑張れなどと励ましてはなりません。むしろ,今までの学歴,職歴,肩書,資格,プライドなどを全て捨てホームレスをしなさいというアドバイスをします。ホームレスを始めて2日目が一番辛いといいますが,そのときに,仕事を選ばなければ,働き口は幾らでもあることが分かるわけです。

どうしても今までの経験を生かした仕事につきたいと考えてしまうのだろうと思いますが。

米長さん 今までの経験が会社で評価されずにリストラされたわけでしょうから,全部を捨て,真剣に生きるきっかけを与えられたことに感謝するという気持ちを持つことが大切です。奥さんには,仕事の内容や年収の全部を正直に話して,それでも一流のエリートサラリーマンでなければ嫌だということであれば別れるべきです。10年以上前に70万円で買ったパソコンより,現在10数万円で買うパソコンの方が遥かに性能がよいわけですが,過去の経験にしがみつくのは,70万円のパソコンにこだわるようなものです。このような人助けのアドバイスができる組織を立ち上げることができれば,年間3万人も自殺者が出ることはないと思います。

東京都教育委員に就任されたきっかけはどのようなものですか。

米長さん 石原都知事から直接に依頼され,都議会で過半数の賛成を得て就任しました。東京都の場合は,1人の教育長と5人の委員がいますが,皆さん教育については素人です。その素人が決めたことを校長や教師に指示,指導しているわけです。

例えば,校長には,どのような指示を出したことがありますか。

米長さん 東京都には約2300の公立学校がありますが,その校長には,教師ではなく経営者だと思って下さいと言っております。具体的には都立高校の校長には予算や人事についての権限を与えています。民間人の校長を採用するなどして,従来の校長に刺激を与えています。
例えば,病院の多くは赤字です。病院長には医学博士を据え,事務局長には事務屋だけを据えています。高度の治療をするために高価な機械を買い入れますが,それでペイするかという判断をする経営者がいないから赤字になるわけです。教育にも経営者が必要です。

現在の教育問題については,どのようにお考えですか。

米長さん 新学習指導要領では,ゆとりということが強調されています。今までのように知識を詰め込むだけでなく,時間的精神的にゆとりを持ち,その中で基礎,基本をしっかりと身につけて,生きる力を育むということです。ゆとりを確保する,ゆとりが大事だと言ったのですが,「ゆとり教育」や「ゆるみ教育」と勘違いをして,学力低下という批判をしている人が多いように思います。今までは学力だけが問題とされ,判断し,自分で決定する力が養われていません。学力が多少はなくとも,常識的で正しい判断ができることが大事ではないでしょうか。そうすれば,高い学歴の人が問題のある宗教団体に入るようなことにはならないと思います。
将棋は,判断をして決定をしなければなりませんし,エチケットやマナーを教えることができるものですので,総合学習の中の一つに取り入れたらよいと考えており,関係者への理解を深めて行きたいと思います。

司法界について何か感想があればお願いします。

米長さん 現在,どの分野でも今までのやり方では色々な問題があって行き詰まっていますが,こうすればよいという部分が漠然としています。駄目な部分を改革しようとするときは,その分野の専門家に任せるのは駄目です。政治家に政治改革をさせても政治は良くならないわけです。異業種の人の思いもよらぬ発想を入れることが大切です。教育委員は教育の素人ばかりですが,その素人がプロの教師を指示しているわけです。司法改革でも,法曹内部の人だけで決めるべきではなく,法律の素人の発想を取り入れることが大切です。サポートする専門家は必要ですが,最高裁の裁判官は法律の素人だけにするという案があってもよいのではないでしょうか。

インターネットをみると平成の五輪書を書き上げたいという記載がありますが,これは,どのような趣旨でしょうか。

米長さん 行き詰まっている問題の中で,こうすればよいという部分が漠然としていますので,いろいろな分野の人の力を結集して,その具体策を示したいということです。

本日は,どうもありがとうございました。

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